288.魔神・脳筋鶩
「鬱陶しいな」
ザッカルが、飛び掛かってきた毒トカゲを”巨悪を穿て”で払い潰す。
「本当に、もう大丈夫なの?」
「カナ、心配しすぎだっての。本当なら、昨日出発しても良かったくらいだぜ」
「だって……」
私のせいで大怪我させたって言うのもあるけれど、魔法なんて物が無い世界から来た私には、あんな大怪我を負って、たった二日で問題なく動けるようになるなんて信じられない。
頭では、判ってはいるのだけれど。
「カナ、ここらのモンスターは弱いけれど、毒持ちばっかだから気をつけな」
シレイアも、大きなハチを切り払いながら注意を促してくれる。
「ハー、判ったわ」
昼前に八人でコテージを出発し、私達は林の中を進み続けている最中。
「そろそろ見えてくるわよ」
カオリさんがそう言った直後、緑の丘の横を通ってカーブした道を進んで行くと……いきなりボス部屋への扉と妖精が現れた!?
「なんだ、もう終わりかよ」
「てっきり……ここからダンジョンだと思ってた」
ここまでニ、三時間は歩いているのに、ザッカルもユイちゃんも元気ね。
毒モンスターは小さくてすばしっこいのが多かったから、私は精神的に強い疲労を感じているのに。
「じゃあ、私達から先に挑ませて貰うわね」
そう言って、さっさと三人で扉の中に消えていく《日高見のケンシ》。
カオリさんは年下だけれど……初対面が強烈だったからか、ついさん付けしてしまいたくなる。
「今のうちに、ボスについて説明しておくよ。ボスの名は、魔神・脳筋鶩」
シレイアが説明を始めてくれる……役目を奪われた白い妖精さんから、ちょっと哀愁を感じてしまうわね。
「物理防御能力が高くて肉弾戦しかしてこない完全なパワータイプだけれど、魔法耐性は著しく低いから、魔法系で畳み掛ければ楽勝だよ」
「て事は……私に掛かってるってこと?」
プレッシャーが……。
「”殲滅のノクターン”があるから、なんの問題も無いよ。ステージギミックは、定期的に発せられる大音響。魔神のダメージと比例して音が大きくなるから、一気に終わらせた方が良いだろうね」
このステージ、ジュリーちゃん達の方が向いていたんじゃないの?
もしかして、わざと不利になるような采配にしてたりするのかしら。
「あの……カオリさん達って、三人とも戦士でしたよね?」
「あ」
ノーザンちゃんの言うとおり、三人とも近接主体の戦士だったはず!
「まあ、なんで魔女の避暑地なのに戦士だけで来てるのか疑問だったけれど、最初から隠れNPCしか眼中に無かったらしいね」
それを言うなら、私達も大概だけれど。
「魔女オークションは、サキュバスが手に入ったら参加してみるつもり……だったらしいけど」
シレイアとユイちゃんが教えてくれる。
「それだけ、装備が充実してるってことなのかしら?」
「以前戦った時にメルシュが、全員AかSランクの武具を一つ以上所持しているって言ってましたよね?」
ノーザンちゃんが、私の知らない話をし始めた。
「実を言うと、大半がAランク以上で装備を固めていたらしくてね。手の内を晒さないように立ち回っていたから、まだまだ持ってるだろうとは思ってたが……あの三人の装備だけでも、中々のもんだよ。バッファはともかく、カオリの刀剣とアデールの鎧は、間違いなくSランクだ」
《龍意のケンシ》ですら、純粋なSランク武具を持っている人は半分も居ないのに。
「敵に回したら、負けないまでも死人が出そうだな」
「じゃあやっぱり、このまま穏便に過ごした方が良さそうですね」
ザッカルとノーザンちゃんが、少し悲壮な顔付きに。
あの三人と同格の人間が何人も居るレギオンと、いずれは事を構えなきゃいけないのか……こわ。
「終わったみたい……さすが、カオリお姉ちゃんとその仲間」
「へ、もう?」
物理防御能力が高いボスを、戦士三人だけで……強力なSランク武器を使ったって事なのかしら?
「行こっか」
「ええ!」
シレイアに促され、私達はボス部屋の中へ。
「装備セット2」
私の装備を魔法特化に変え、鎌の代わりにSランク装備、”殲滅のノクターン”をこの手に!
『ジュヴァァァァァァァァァッッ!!!』
黄色いラインが走ると、白いムキムキの岩石アヒル人間が動き出し……マッスルポーズを決めた?
「カナ、一気に決めちまいな!」
「わ、判ったわ!」
と言っても、私って魔法使いなのに、そこまで強力な魔法は使えないのよね。
「”二重魔法”、”暗黒魔法”――ダークバレット!!」
”殲滅のノクターン”の効果で威力が一点五倍になった闇の散弾が、魔神の下半身にダメージを与え、半壊させる!
「”影魔法”――シャドーバインド!!」
私の影で両脚を拘束し、回避される可能性を低下!
《《ジュヴァァァァァァァァァッッ!!!》》
「ぅッッ!!」
これが、ステージギミックの大音響――頭イッた!!
シレイアはああ言ってたけれど……これ、急がないとかなりマズい!
「頑張って、カナさん!」
「これで決めてください!」
ユイちゃんとノーザンちゃんの武器から出た青白い光が、私の”殲滅のノクターン”に流れ込んでいく!?
凄い……さっきまでと、杖から感じる力が全然違う!
「”二重魔法”、”暗黒魔法”――ダークカノン!!」
暗黒の砲弾を二つ、暴れる魔神・脳筋鶩に直撃させ……光に変わっていく。
「神代文字の力って……凄いのね」
この前は無我夢中で使っていたけれど……こんなにも威力が桁違いに上がるんだ。
○おめでとうございます。魔神・脳筋鶩の討伐に成功しました。
○ボス撃破特典。以下から一つをお選びください。
★脳筋鶩の石鎧 ★サブ職業:脳筋野郎
★大音響の指輪 ★低級のスキルカード
「次はいよいよ、二十ステージか……」
本当、こんな短期間でステージが上がっていくなんて思わなかったわ。
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「暑いな」
宝石島の端にある火山地帯へと、俺達は十八人で進んでいた。
「大丈夫、モモカちゃん? エリお姉さんがおぶってあげようか?」
人の顔のような紋様が浮かんだ黒い盾を身に着けた藍色の髪の女性が、今日もモモカにラブラブアピールをしている。
「やだ」
モモカが、俺のすぐ横に避難してきた。
「そんな~」
「あんまりベタベタするなよ、エリ。モンスターだって出るんだからさ」
注意したのは、エキゾチックな雰囲気の女性、ラウラ。
どうやら彼女が、隠れNPC、パイレーツの契約者らしい。
アテルがタイタン、ミユキという派手な赤いギラギラ鎧とランスが印象的な女性がガーゴイルと契約しているようだ。
よって、向こうは十一人だけなのに三パーティー。
「ハッ!!」
いつもエリさんと一緒にモモカにベッタリなカズコさんは、先頭で薙刀を振るい、真っ赤なトカゲを切り裂いている。
「皆さん、見えてきましたよ。ダンジョンの入り口です!」
彼女が指差したのは、煙を噴き上げている火山の麓。
そこに出来た、洞窟の入り口だった。




