274.ホテルの裏側
「明日は朝から宝石探索とかに時間を割くから、早めに寝ようか」
そう提案してくるメルシュ。
既に日は落ち、食事を済ませたのちに高層ホテルの一室に移動した。
部屋とはいう物の、一つのフロアの半分が俺達の貸し切りで、部屋の中に二階があり、ベッドなども幾つかの場所で区切られている。
風呂場も三カ所あるようだ。
たぶん、三世帯のファミリーが泊まるのを前提で作っているのだろう。
映像とかでなら、世界の金持ちが泊まるホテルのスイートルームって奴で、こんな感じの内装を見たけれど。
ていうか、ここにもプールがあるんだな。
内装も金の装飾や置物でキラキラして豪奢だし……正直、この空間は気持ち悪い。
「で、コセさんは誰と一緒に寝るの?」
「私! 私がコセと一緒!」
サトミさんの言葉に、真っ先に反応するモモカ。
「そうだな、良いよ」
船に乗ってからというもの、モモカと全然一緒に過ごせていなかったしな。
「マスター、トゥスカ、ちょっと一緒に出掛けない?」
「へ?」
「どこへ行くのですか、メルシュ?」
「ちょっとね」
行き先を言わないって事は、この場では言い辛いって事か。
「分かった」
「私も付いていこうか?」
「私も行きまーす!」
メグミとクリスまで付いてこようとする。
「うーん……ま、いっか」
この付いてきて欲しくなさそうな感じ……いったいどこに連れて行くつもりなのやら。
「モモカも! モモカも行く!」
「今日はもう遅いから、モモカちゃんは私とリンピョンちゃんと一緒にお風呂にでも入っていましょ」
サトミさんがモモカを引き留めようとしてくれる。
「昨日とは別のお風呂に入るんだろ?」
「私、今日は薔薇のお風呂に入りたいわ!」
「うーん……分かった!」
マリアとローゼがサトミさんに協力する形で、説得に成功……バトルパペットって、お風呂に入るんだ。
★
「ここ……もしかして」
ホテルのちょうど裏側辺りに、ひっそりと建っていた建物の中へと入っていくメルシュ。
「奴隷商館だよ。ただし、今までの場所とはちょっと違うタイプの」
ジュリーからは、十六ステージに奴隷商館があるなんて聞いていない。
「いらっしゃいませ。何歳頃の子をお探しでしょうか?」
ごまをすっているモヒカンのオッサンが、気持ちの悪い笑顔を向けながら尋ねてくる。
今まで、わざわざ年齢を聞かれた事は無かったはずだけれど。
「……ここには何人居るの?」
「現在は二十七人です」
「成人しているのは?」
「一人もおりません」
なんだ……この嫌な感じの会話。
心なしか、メルシュの声が固い気がする。
「全員を見たいわ」
「畏まりました。そのままお進みください」
五人で奥に進んだ先に居たのは……硝子で区切られた先で戯れている…………小さな子供達。
「……メルシュ……これはなんでぇすか?」
クリスが、激しく動揺している。
「ダンジョン・ザ・チョイスの中で産まれた子で、親に育児を放棄された子達が集まってるの。最初はこんな場所なかったみたいなんだけれど、憐れにでも思ったのか、後から観測者側が追加したみたい」
そのまま死なせるくらいなら……って事か。
「……酷いな。赤ん坊も結構居るじゃないか」
メグミさんの言うとおり、十人くらいはまだ立って歩くのも難しそうだ。
他は五歳や十歳前くらいだったりと、年齢はバラバラ。
NPCなのだろう。硝子の向こう側には聖母のような優しげな女性がおり、特に小さな赤ん坊をあやしている。
「責任を持てないなら、ガキなんて作ってるんじゃねーよ……」
怒りを堪えているメグミ。
「全員が全員、遊び感覚でってわけじゃないだろうけれど……酷いな」
この中の何人が、無責任な人間によって捨てられたのかは分からない。
中には望まぬ関係の末って事もあるだろうし、出産後に親が殺されてって可能性もゼロじゃないんだろう。
「メルシュ……まさか、この子達を買えとは言いませんよね?」
トゥスカの冷たい声は、怒りの裏返しなのか……それとも。
「さすがにね。もし成人に近い子が居たらって、それくらいのつもりだったんだけれど」
成人……この世界では十五歳だったよな。
「誘っておいてゴメン……行こっか」
「この子達は、今後どうなるんだ?」
「二十歳になっても買い手が付かなければ処分。一応、最低限の教育は施されるみたいだけれど」
処分……殺すって事か。
「私達で引き取ることはぁ……」
「誰かが攻略を諦めてずっとつきっきりになっていれば、何人かは育てられるかもね。先に進むなら、最低でもここのボス戦を子供と一緒にクリアしないといけないけれど」
二十ステージに行かないと魔法の家が使えない以上、本当に面倒を見るつもりなら、このステージでお別れしなければならなくなるだろう。
「そう……ですよね」
ある意味、子供を買わせないためにここを作ったようにも感じるな。
「十歳以上の子が見当たらないのが気になるけれど……只の偶然か?」
「さすがに、そこまでは分からないかな」
俺のふとした疑問は、メルシュにも晴らすことは出来なかった。
●●●
「アテルー、今日はアタシと一緒に寝よ~」
「ラウラ、ちょっとは自重してよ!」
ホテル内にて、僕にベタベタする日系ブラジル人のラウラさんに、エリさんが文句を言い出す。
「アタシは別に、エリと一緒でも全然良いよ~」
「クッ! モモカちゃんが居てくれれば、譲っても良かったけれど! あのコセって人の背中に逃げていくモモカちゃん……マジ天使!」
エリさんは、モモカちゃんが絡むと途端に変態に早変わりだな。前々からロリ好きとは聞いていたけれど。
「日本は幼い子にベタベタしてもそこまで問題にならないから良いけれど、ブラジルだと警察呼ばれるかもよ?」
ウェーブ掛かった水色の髪をその細長い腕で払いながら、背後から抱き付いてくるラウラさん。
ブラジル人は貞操観念が緩いなんて話を聞いていたけれど、彼女の猛アタックが切っ掛けで僕は多くの女性と肉体関係を結ぶことになってしまった……まあ、後悔はしていないけれど。
「日本は本当、色々平和だよねー。アタシが住んでた地域は日系ブラジル人が集まっててまだ治安が良い方だったけれど、銃を眉間に突き付けられた事もあるよ」
ブラジルの犯罪率の高さは、世界でもトップクラス。
何気に銃社会だしね。
日系ブラジル人……昔、ブラジルに奴隷同然で移住した日本人達の子孫。
奴隷制を廃止した事で代わりの労働力を求めた当時のブラジル人が移民の受け入れをし、なにも知らない日本人達は海を渡り……そこで日系ブラジル人の礎を築いた。
あの頃は、世界中に日本人が移住していたんだっけ。
「それとこれとは別でしょうが! ふざけんな!」
「ええー、ケチくさ」
しょっちゅう口論になるエリさんとラウラさんだけれど、意外と仲は良いように見える。
「二人は忙しいみたいだし、今夜は私が貰うね♡ 良いでしょ、アテル」
「「おい!」」
前から抱き付いてきたのは、赤いチャイナドレスを着た黒髪の美少女、ユイリィさん。
ラウラさんとフランス人のアデールさんもだけれど、日本に興味があって、留学中にダンジョン・ザ・チョイスに巻き込まれたそうな。
「同盟の件、勝手に進めて良かったのですか?」
クフェリスさんが尋ねてきた。
「反対するとしたらデボラさん……もしかしたらリリルさんもかな。白人系アメリカ人のクリスさんの存在を考えると、ガブリエラさんも怒るかな?」
まあ怒らないとは思うけれど、不満を抱えさせてしまいそうだ。合流したら、ちゃんとケアしないと。
「彼とは、出来れば争わずに仲間になって欲しいからね」
あそこまで神代文字を自在に引き出せる人間を、僕は他に知らないし。
「昼の決闘、随分楽しんでいるように見えましたけれど?」
長い黒髪に金のメッシュを入れているミユキさんに、指摘される。
「僕も男の子だからね。たまには競ってみたくもなるさ」
それにしても、まだコセ達の方が人数が多いとは。もうちょっと、僕等は仲間集めに力を注いだ方が良いのかな?




