243.目の毒と酸っぱいハチミツの味
「……50000Gもするのですか。戦闘に使えない物にこれは……なんだか勿体ない気がします」
「まあ、たまには良いじゃないか。お金は有り余ってるし」
水着に大金を出すことを渋るトゥスカを説得する。
そんなトゥスカ手にあるのは、フリル付きの黒い大人なビキニだ。
トゥスカなら白や青、赤でもピンクでもなんでも似合いそうだな。
俺はというと、ブーメランパンツは恥ずかしいため、太股を半ばまで覆うタイプを選んだ。
「それにしても……大分筋肉が付いたな」
鏡に映った自分を見て、妙な気分になる。
この世界に来るまでは、ほとんど筋肉なんて無かったのに……うっすらとシックスパックっぽいラインが出来ていて、大剣を振るっているからか腕と肩のメリハリが……地味に凄い。
脚も、膨ら脛辺りは凄く硬そうだな。
「ダンジョン探索で自然とこうなったのか、Lvアップの影響なのか」
筋肉ダルマみたいになるのは、さすがに嫌だな。あれは魅せるための物で、実戦向きな筋肉の付き方とは思えないし。
「お待たせしました、ご主人様」
購入し、着替えを終えたトゥスカが声を掛けて……予想以上の爆発力だった。
やっぱり、裸とは別の魅力があるな!
「い、行こうか」
「……フフ、買って良かったかもしれませんね♡」
なんだか、弱味を握られてしまった気分だ。
水着売り場を出て、すぐ横の巨大プールへ。
プールの側面も底もガラス張りで、正直怖い。
「上手いぞ、モモカ。そう、力を抜いて、水を後ろに流すように脚と腕を動かすんだ」
メグミが、モモカの泳ぎの指導をしてくれていた。モモカはガラス張りでも平気そうだな。
というか、十中八九俺が教えるよりメグミの方が上手い。
……メグミの……結構大きいな。
「どこを見ているのかしら、コセさんは♪」
背中に胸を押し付けてきたのは……サトミさん。
「あの……お願いですから、そういうのやめてください」
肌と肌を直接だと、余計に意識してしまうから!
「サトミ様、お持ちしましたよ!」
そう言って現れたリンピョンの手には、飲み物が収められた……皿付きの小さな浮き輪?
「プールの中で飲み物を飲めるなんて、贅沢よねー♪」
正直、そんな物必要なのかと疑問に感じるのだけれど……プールに溢したらどうするんだよ。
「向こうで食べ物も売ってましたよ」
プールの横には売店が並んでいて、NPCが売っているらしい。
……なんか、宝石島に着くまで部屋に籠もっていたい気分になってきた。
「ヘイ! 次を寄こしな!」
クリスはというと……水着姿でサングラスを付け、機械で撃ち出されたフリスビーを銃で撃ち抜いていた。
アイテムの銃ではなく、俺達の世界に存在するようなライフル銃……どっかで貸し出されてるのか?
この船、やっぱり世界観的におかしくね?
メルシュは……売店で勝った物をテーブルでモクモクと食しておられる。
俺も、先に軽く食べようかな。
唐揚げが美味そう――
「あん!? ……ナオさん……その、おっぱい揉むのやめてください……ん♡」
「グヘへへへ! クマムちゃんの生おっぱいだぜぇぇ!」
――――誰かに気付かれる前に、急いでプールに飛び込む!
ナオのバカヤロウ!!
精神を落ち着けるため、俺は暫く一心不乱に泳いだ。
★
「……疲れた」
昼近くまで泳いで、身体中の筋肉が張っている感じだ。
「大丈夫か、コセ」
目の毒から逃れるためにプールから離れ、喫煙室で休憩していると……メグミが飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう」
ハチミツ風味の酸っぱい飲み物……美味しい。
「モモカ、どんどん泳ぎが上手くなってたな」
「疲れて眠っちゃったけれどな。今はクマムが様子を見てくれてるよ」
たぶん、ナオから逃げる口実が欲しかったんだろうな、クマム。
「コセと一緒に泳ぎたかったみたいだぞ、モモカ」
「ああ……それは、悪いことをしたな。まあ、三日もあるんだし、そのうち機会もあるだろう」
正直、泳ぐ意外で有意義な時間の過ごし方が思い浮かばないし。
「……なあ、コセ……少しだけ、もう少しだけ……サトミに優しくしてくれないか?」
メグミの口から、最近少しだけ気にしていた事を言われる。
「……一応、最低限の礼儀は弁えているつもりだけれど」
「そうだな……コセの振る舞いは紳士的で、節度ある男女の関係を保とうとしているように思う」
遠回しに褒められてる? それとも嫌味?
「ただ……サトミは、お前ともっと深い関係になりたいんだよ」
……サトミさんと、そういう関係になるのは……。
「アイツは、コセが思っているほど強くない。気付いているかもしれないけど、サトミは……自分を守るために暴走する時がある」
「ボス戦直前に、リンピョンの首を絞めた時のように?」
「ああ……サトミは良い奴さ。ただ、抱えたトラウマに、無意識レベルで翻弄されて居るんだ」
それは、なんとなく感じていたことではあるけれど……。
「それを他人がどうにかしてあげられると考えるのは、それこそ傲慢なことだと俺は思うけれどな」
「普通はそうだろうが、簡易アセンションを成功させたコセなら、サトミのトラウマを和らげてやることは出来るはずだ」
簡易アセンション……あの時の、彩藍色の神代文字を刻んでいた状態のことか?
「だから……もっと、サトミと向き合ってあげて欲しい」
「メグミは……メグミは、俺と向き合ってはくれないのか?」
メグミの目を見詰めながら尋ねる。
「……コセ?」
「俺にだって選ぶ権利はあるし、メグミとは向き合えると……自然に思えてるんだ」
意識し始めていた相手に別の女を宛がわれたからか、少しムキになってしまっている自分が居た。
「わ、私は……」
立ち上がって、彼女の腕を軽く掴む。
「何人も妻が居るような男だけれど……筋は通らないけれど…………メグミが欲しい」
なんで俺は、こんなに積極的になっているのだろうか。
「私は……元レプティリアンだぞ?」
「その事をどう受け止めるべきかは分からないけれど……少なくとも、今は違うだろう?」
我ながら、狡い言い方だと思う。
「コセ……私は……」
メグミさんが顔を僅かに近づけてきた事で、彼女の気持ちを察せられた気がした。
「……ん」
優しく唇を奪い……軽いキスをしただけで離れ――メグミの方から頭を掴んで、熱烈なキスを仕掛けてきた!
「ん……ん……んっ♡ ……ずっと……我慢してたのに……お前のせいだからな♡」
メグミの憂い顔と荒れた呼吸に、感情が昂ぶってくる!
「責任……とって貰うんだからな♡♡」
ポニーテールにしていた髪を解き、野獣と化したメグミに……俺は押し倒されたのだった。




