17.感謝と祈り
ちょっと大人な内容です
「食糧に薬品に薪。随分買い込みましたね」
「臨時収入で予算が大幅に増えたからな」
第二ステージ攻略にどれだけの日数が掛かるか分からない。準備はやり過ぎくらいでちょうど良い。
所持アイテム数に制限は無いみたいだし、特に問題は無いだろう。
大分暗くなってきた。そろそろ宿に戻らないと。
武器屋からトゥスカとずっと腕を組んだまま、いつかのいかついオッサンの横を通り、店の中へ。
「なにか用か」
黒服に黒の鉢巻きをした太めのオッサンが、睨みながら声を掛けてきた。
「武器の製造をお願いします」
「リストから選びな。アンタの手持ちの素材で、作れる物が表示される」
チョイスプレートに表示されたリストに出たのは、名前と消費する素材だけだった。
「能力値とか分からないのか……」
名前からどんな武器かを想定し、消費素材と値段で性能の善し悪しを計るしかない。
「トゥスカは、気になる物はあるか?」
「……私は無いですね。と言うより、なにをどう判断したら良いのかよく分かりません」
「だよな……お」
●グレートオーガの短剣 制作費66000G
※グレートオーガの角
※オリハルコン
※鉄の短剣(素体可能)
なんか――ビビッと来た!
「あの、素体ってなんですか?」
「素体ってのは、ある程度その武器に形状を似せられるんだ。素体扱いしないなら本来の設定形状になる。もし理想の素体が欲しいなら、武器屋や防具屋で鉄製を買う時に注文しな」
そういう利点が武器屋にはあったのか!
「ご主人様」
耳元で囁くトゥスカ。
「外の事か?」
「はい、店の外で仕掛けるつもりのようです」
面倒な。
「この破損状態の短剣でも素材に使えますか?」
「ああ、問題無い」
チョイスプレートを操作し、”グレートオーガの短剣”の制作費と素材を渡した。
「完成するのは二十四時間後だ。明日の、この時間を過ぎてから受け取りに来てくれ」
「さて」
「どうします? 狙いは私の身体のようですが」
武器屋から付けていたようだからな。
「……トゥスカはどうしたい?」
「六人全員、皆殺しで」
「分かった。分担してさっさと終わらせよう」
最大三人パーティーなのに徒党を組んでいる時点で、一人一人の実力は低いと考えられる。
この世界には法律も無ければ、犯罪者を取り締まる人間も居ない。
だから、自業自得で殺されたって文句は言えない。
ここでトゥスカの露出多めな格好に問題があったとか抜かす奴は、物事の根本を見る能力が欠如しているだろう。
むしろ、自分が同じ状況になったら非道徳的な行いに走る程度の人間性しか持ち合わせていないと告白しているようなものだ。
無論、肌をもう少し隠すようにさせれば、今回のような事件に巻き込まれる可能性は減っただろう。
だが、そいつが処罰されない以上、別の誰かが狙われる可能性が高い。
「慣れなきゃいけないのかもな……」
人を殺す事に。
こういうときのために、武器は常に身に付けていた。
後から出せば気付かれた事に気付くだろうし、装備の差を見せることで自衛にもなる。
逆に対策される可能性もあるけれど、今日一日で見掛けた奴等はろくな装備を持っていなかった。
年が近い者が多かったのは気になるけれど。
二人で鍛冶屋を出る。
「今だぁ!!」
トゥスカを慰み者にするつもりなためか、魔法は使わず、店の前を囲むような配置から一気に距離を詰めてくる。
「へ?」
「どこだ?」
「ぐはっ!?」
「うああああああ!!?」
俺とトゥスカは”瞬足”を同時に発動し、それぞれ囲いの反対側に向かった。
トゥスカが、“獣人の伝統ブーメラン”で一人を後ろから殴打。
俺は”グレートソード”で胴を薙ぎ払いながら横を通り過ぎ、俺達を見失っていた別の男を背後から斬る。
これで三人。
「うああああああああ、人殺しだーーーーーー!!!」
仲間が殺されたことに、恐怖を抱いた様子の性犯罪者共。
まさか、性犯罪は良いけれど人殺しは許されないと? 自分に都合の良い線引きをしているタイプの輩か?
多いよな。性犯罪よりも殺人の方が、ずっと罪が重いって考えているような奴等。
不倫や浮気が実質、犯罪扱いにならないのがその証拠だ。
「クソ! 捕まえろッ! 絶対に逃がすな!」
「無理だぁ! 逃げろー!!」
トゥスカが”雷の斧”を振るうと、一人の男の腕が飛んだ。
「腕? 俺の……腕ぇーーーッ!?」
腕が無くなった事がショックだったのか、そのまま気を失い、光に変わる。
トゥスカの動きは元々速いけれど、”俊敏の指輪”と“疾風のグリーブ”によって底上げされているのだ。
あの男の遺品だからトゥスカは嫌がっていたけれど、奴は俺達にとってとても有用な物を随分プレゼントしてくれた。
おかげで、俺も“瞬足”を使えるようになったし。
トゥスカが三人目の頭を蹴り抜く。
首の骨が折れたな、アレは。
「コイツら……狂ってるッ!!」
剣を持っていた男の腕を刎ね――頭を地面に叩き付ける。
「まるで、自分は狂っていないとでも言いたげだな」
「あ、当たり前だろう! この異常者共!! いてぇ……いてぇーよぉぉ!」
さっきまでレイプする気満々だった奴が、どの口でそんな事を抜かすのか。
「道理をわきまえないお前らの方が、ずっと異常だよ」
これ以上苦しまないよう、一瞬で首を刎ねてやる。
「フー……なんだ、殺さなかったのか」
トゥスカが、一人の男の首根っこを掴んで引き摺ってきた。
「結果的にですけれど」
最初にブーメランで殴打した奴だな。
「た、助けて! 俺はそんなつもり無かったんです! リーダーがヤろうって言い出して! 逆らえるような空気じゃなかったんです!」
「つまり、自分を守るために俺達を犠牲にしようとしたわけだ」
「そ、それは……」
「大丈夫。お前のような考えで生きている人間は幾らでもいる」
「で、ですよね!」
「だから人間は、みんな異常者なのさ」
男の胸を貫く。
「ゲボッ!! ……な、なんで」
「お前のような人間は、必ず繰り返す。それに、口では嫌がっていても、上手くいっていれば俺の女とスる気だったんだろう?」
「――フヒッ!!」
醜悪な笑みを浮かべる男。
「さっさと死んどけ」
”グレートソード”を引き抜くと、男は痙攣したのち……息を引き取った。
この世界だと、死ねば光になれる。
あんな奴等でも。
「冥福を……祈る気にはならないかな」
槍男にもそうだけれど、襲ってきた六人には手を合わせない。
トゥスカは、左手の平に右拳を合わせ……一礼していた。
★
「ご主人様……大丈夫ですか?」
宿に戻り、シャワーを浴びた。
鎧は装備していない。
トゥスカがシャワーを終えると、すぐにご飯の準備をしてくれたのだが……用意された物を食べようとして…………食べ物が全然喉を通らなかった。
「その……食欲が……」
戦っている間は、なんとも思わなかったのに。
「人を殺すことを、割り切れていないのですね」
トゥスカに見透かされてしまった。
「ごめん、ダメな主で」
本当に情けない。
「私達はモンスターを殺し、食べます。人間に対しては、敵となればただ命を奪うだけですが」
なにが言いたいんだ?
「でも、命は命なんです」
初めてゴブリンを殺したとき、確かに命を奪った感覚があった。
「……そうだな」
でも、どこかでゲームのために用意された偽物という認識もあった。
だから、人間とそうでない物を区別してしまっていた。
向こうの世界で食べていた肉や魚、野菜だって命だ。
殺し、奪って、命を戴いている。
俺は、俺とトゥスカを守るために、人間の命を奪った。
法がそれを許さなくても、生きていくためには必要な事だった。
無闇に命を奪ってはいけない。
心を踏みにじってはならない。
人として、当たり前のこと。
気付けば、手を合わせていた。
俺とトゥスカが殺した七人の命に対して。
今並ぶご飯に使われた命に対して。
自然と、感謝と冥福を祈る事が出来た。
「ご主人様?」
「このポーズには、感謝や祈りの意味がある。前にトゥスカがしていたのもそうだろう?」
トゥスカは食事の直前にも、手の平に拳を合わせる。
「さすが、気付いておられたのですね」
トゥスカが、本当に嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、トゥスカ。トゥスカが居なかったら……俺はダメになってたと思う」
他人と関わることで見えてくる、自分の姿がある。
見えてくる姿が良いものばかりとは限らないけれど、トゥスカのおかげで、俺はまだ……俺を許していられる。
「ご主……じんしゃま……ぅっ」
――トゥスカさんが泣き出してしまった!
「ど、どうしたんだ!?」
「わだし……一生ご主人しゃまにちゅいていきましゅ!! うわあぁぁぁぁぁぁーーーーー!」
その告白とも取れる言葉に照れながら、トゥスカをあやして、一緒にご飯を食べた。
★
「そう言えば、寝間着なんて無かったな」
就寝時間が近付いて、初めて気付いた。
「裸で寝ればよろしいではありませんか?」
「裸って……同じ部屋に男女ってだけでも……そうだ、寝る場所も」
今朝までは傷付いて眠っていたけれど、さすがに一緒には…………トゥスカの綺麗な裸身を思いだしてしまった!
「一緒に寝ればよろしいでしょう?」
なにを言っているんだという目で見てきた。と思ったら、灯りを消して服を脱ぎ始めるトゥスカさん!!?
「なにしてるんですか、早く脱いでください。いつまで経っても寝られないじゃないですか」
ええー。
「……ご主人様……俺の女って……言ってくれましたよね?」
――勢いで言った!!
「その……良いのか、俺で?」
「その言葉、とても無粋です」
ちょっと拗ねたように怒られてしまう。
「トゥスカ……君が好きだ」
初めて会った時から、運命を感じていた。
「私もです……ご主人様」
暗闇の中で、トゥスカの頬が朱に染まったのが分かる。
外から木窓の隙間を通って入ってくる月光が、美しいトゥスカを神秘的に彩っていた。
「……で、でも、裸で寝るのは……ちょっと」
我慢出来る気がしない!
「ご主人様は……私とそういう事……シたくないんですか?」
「いや……あの……」
シたいです!
「でも、万が一妊娠したら……ここから生きて出られなくなる」
妊娠すれば動けなくなる。
このダンジョンの唯一のルールが、脱出しようとすること。
俺はともかく、トゥスカが生きてここを出ることが不可能になってしまうかもしれない。
「”生活魔法”で避妊すれば大丈夫です!」
――そんな魔法があるの!?
「で、でも百パーセント避妊出来るわけじゃないって……聞いたことが」
「”生活魔法”による避妊率は百パーセントですよ?」
わー、魔法って便利。
「二度も貞操を狙われたんですよ、私? ご主人様は……私の処女……欲しくないんですか?」
「いやー、だって……まだ俺十五歳で……」
なんで法が無い世界で、そこを気にしちゃうんだよ俺!!
「ご、ご主人様……もしかして童貞?」
「……そ、そうです」
当たり前ですよね、十五歳なんだもん。
なんでトゥスカさんが不思議そうにしているのか分からない!
「わ、私の周りだと、男は十五歳なら一度は経験させられると聞いていたので……」
……ぶ、文化の違いか。
十五歳で経験済みって、変態の領域だぞ。
無責任前提の証だぞ! 避妊してたとしても!
「この世界での結婚年齢って……幾つですか?」
「十五歳ですよ?」
……郷に入っては郷に従えという言葉があるよな。
「トゥスカ……僕、俺の…………伴侶になってください!」
心臓が潰れそうなほど鳴っとるッ!!
「はい…………旦那様♡」
心臓が、止まってしまったような気がした。
左手をトゥスカの細い首に添え、唇を重ねる。
柔らかい唇。
甘く切ないトゥスカの声。
唇と左手から伝わる彼女のぬくもりが、愛おしくて仕方がない。
右手を彼女の腰に回すと、トゥスカも俺の背に手を回してきた。
交わる吐息が、身体を合わせる力が、どんどん強くなっていく。
何度も口付けを繰り返したのち、俺はトゥスカをベッドに押し倒した。