117.黒豹獣人のザッカル
複数の獣の気配。
大きくて速い。
ここじゃ狭くて戦えないし、ルイーサと一緒に来た道を戻っている余裕も無い。
「向こうへ!」
彼女を立たせると同時に、さっきの獣人が出て行った方向へ駆ける!
急ぎ横穴から外へ出て、階段を上がっていく!
『『『チチチュ!! チチチュ!! チチチュ!! チチチュ!!』』』
後ろを向くと、横穴から頭を覗かせては引っ込めていく……巨大白鼠。
「今のは?」
「スタンピードラット。二ヶ月前から、この町を食べ始めた奴等さ」
さっきの勘違い獣人が、私達を待ち構えていた。
★
「ここからが町部分だ」
勘違い女に案内され、階段を登り続けてようやく家屋が並ぶ広い場所に出た。
町は結構な段差があり、入り組んでいて奥の方までは見通せない。
「トゥスカ、このまま着いていって良いのか?」
「仕方ないです」
階段は狭くて戦うには危険だし、下っていってもご主人様と合流出来る保証は無い。
その気になれば鍵で”神秘の館”に戻れるし、私は奴隷だから十二時間経たずにご主人様のところへ強制転移されるはず。
「……家がボロボロですね」
ほとんどの家から、屋根や壁の一部が無くなっている。
「あの鼠共が夜な夜な食い荒らしに来るんだ。作物だけじゃなく、木や石まで食いやがる」
この変な世界の建物は、基本的に壊れないはずなのに。
「色々教えてやるよ。取り敢えず、俺んちで休んでいきな」
着いていった先に見えてきたのは、継ぎ接ぎだらけの小さな家。
「この匂い……強烈だな」
ルイーサが顔を顰める。
「獣人でもないのに、この距離でよく気付いたな」
本気で驚いている様子の……そう言えば、まだ名前を聞いていなかった。
鍵を開け、扉を大きく開けて数秒経つと、上から刃物が落ちてきた!?
「留守にしている間、食糧を狙って侵入しようとする輩が居るからよ」
刃物を避けて、中に入っていくこの家の主。
食糧が取られると言うのなら、チョイスプレートに入れれば済む話しでは?
「さっきは悪かったな。感情的になりすぎたぜ」
武器を外し、一室だけの家の奥に座り、扉側の椅子を勧めてくる。
「俺は黒豹獣人のザッカルだ、よろしくな」
「随分、私達を信用しますね」
最初の時と違いすぎて、気持ち悪いくらい。
「色々あってよ。余裕が無い時に隷属させられている同族が現れたと思ったら、頭に血が登っちまってな。二人が俺の後を追ってきた様子を見て、無理矢理従わされているわけじゃないって分かったしよ」
鋭いと言いたいですが、まだ勘違いしているよう。
まあ、話が終わるまでは黙っていましょう。
「いったい、この町でなにがあったんだ?」
ルイーサの尋ねに眉を顰めるも、話し出す。
「……二ヶ月くらい前、突発クエストって言うのが起きたんだ……悪い、そもそも突発クエストって知ってるか?」
「私は既に三度、今回で四度目の経験ですね」
「「そんなに!?」」
二人が驚く。
「なんでお前が驚いてる?」
「私は、”競馬村”で初めて彼女に会ったんだ」
「あん?」
急に空気が不穏に。
「じゃあ、お前の主はどこに居んだよ」
仕方ない。
「ご主人様とは離れて行動していたのですが、さっきの騒ぎではぐれてしまいました」
左手薬指を見せて、婚姻関係をアピールする。
「それ、婚姻の指輪か? 俺が知っているのは、輪っかだけだったはずだが」
「それは、一番ランクが低い奴だな」
なぜか、ルイーサが語り出す。
「この子の指輪は、本当に互いを想いあっている者だけが手に入れられる純愛の証なんだ!」
なんだろう、二重の意味で恥ずかしい。
「……聞いたことはあるけれど、マジか? 異世界から来たって言う、あの軟弱な男共と」
――カチンと来た!
「私のご主人様を、その辺のクズと一緒にしないでください!」
「お、おう……」
……つい感情的に。
「話を戻すぞ。突発クエストのクリア条件は、スタンピードラットの討伐だ」
「さっきのネズミですね」
「討伐が終わるまではこの町から出らねぇし、買い物も出来ねぇ。気付いたか? この町にNPCってのが居ない事に」
「そう言えば……」
人が一人も居なかった。
「クエストが発生した途端、NPCは姿を消しちまったのさ」
「他の人は居ないんですか?」
「ここより上で暮らしてるよ。この辺りよりはマシだからな。ネズミ共を迎撃しやすい」
「では、貴方はなぜここへ?」
彼女の瞳に、殺意が宿った。
「このクエストにはタイムリミットがあってな。ネズミ共は最初一匹だけだったが、町を食うことで爆発的に数を増やし、この町の崩壊が加速している。俺達が遭ったあの迷路は、奴等が食い掘って生まれた物なのさ」
あの空洞全てが?
「それが分かっていて、なぜ二ヶ月も放置しているんだ?」
「クエスト報酬に目が眩んだのさ。一匹討伐ににつき10000G。放って置けば一日で倍に増えると知って、暫く討伐を止めようとか言いだした連中がいてな」
「でも、気付いたら手がつけられなくなるくらいに増えたと」
「そういう事だ」
間抜けすぎる。
「金に目が眩んで動物を絶滅に追いやる、賞金稼ぎよりたちが悪いな」
ルイーサの例えは、私にはよく分からない。
「それどころか、そいつらはビビって上に引き籠もってる。毎夜のようにネズミに食い殺される奴が居るって言うのに、町が崩壊するのをただ待ってやがるんだ!」
無責任な。
「しかも、俺の家に食糧を狙いに来る始末だ」
部屋の片隅には土が剥き出しになっている部分があり、そこで野菜を育てている様子。
あれでは、チョイスプレートには入れられないか。
「まさか、入り口の罠って……」
「あれで、今まで三人始末してやったぜ」
ザッカルの不適な笑みに、戸惑うルイーサ。
彼女がやたら殺伐としている理由が、ようやく理解できた。
「俺は一人で積極的にネズミを狩って来たが、増加スピードには勝てない。お前ら、俺に協力しねーか?」
「私達の目的はこのゲームからの脱出なので、先に進むためにクエストを終わらせることに否はありません。さっそくこの事を、ご主人様に報告します」
そうでなくとも、このまま町の崩壊に巻き込まれるのはゴメンだ。
「ご主人様……ね。そいつ、本当に使えるのか?」
また侮辱か。
「貴方のLvは?」
「ハッ! お前から答えろよ!!」
よっぽど自信があるらしい。
「38です」
「……は?」
「私のLvは38です。私達は全員で十八人ですが、平均Lvは35以上」
モモカだけ、戦士.Lv45と高いけれど。
あの時、クエストで共闘した際に赤黒い巨大ドラゴンにトドメを刺したのは、モモカという事になっているよう。
「で、貴方は?」
「さ、33……」
懇願するかのように、ルイーサの顔を見るザッカル。
「ん? 私のLvは34だ」
「俺の方が低いのかよ!」
立ち上がり、叫ぶ女。
「俺、ここに来た時点で28だったんだぞ? 第六ステージで時間掛けてLv上げたのに……お前ら高すぎるだろ!」
ザッカルが叫んだ瞬間――この町全体が揺れた。