表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/115

10 そして返る答えを待つ

お待たせして申し訳ない。


 旅立ちは静かな朝のことだった。


 戦儀から帰ってくるまでは、ゼクセリアの朝は騒がしかった。

 もちろん、日本の喧噪とは比べるべくはない。

 しかし、朝の支度や訓練のかけ声、雑談の囁き。

 そう言った人の営みが漏れ聞こえてきたのだ。


 だが戦儀より帰還して以降、そういった喧噪はほとんどなく、静かだ。

 皆、看護や疲れで寝入ってしまっているのだ。


 一真はもの悲しい何かを感じながらも、首を振って振り払った。


 ゼクセリアで一般的な衣服、布を体に巻き付ける簡素なものを着て、一真は部屋を出る。

 かばんはお金を入れる小袋が入る小さなもの。

 着替えやスーツなどは既にセレンの侍女・アマルに渡して車に積み込んで貰っている。

 車といっても自動車などではなく、馬車のようなもの、とセレンには言われた。


 一真は皆が苦しんでいるときに不謹慎だとは思っているが、少しワクワクしている。

 馬車のようなものだ。ということは馬車ではない、つまり馬が牽く車ではないだろう。

 ファンタジーにありがちな走る鳥か、それとも別の動物か。

 どちらもゼクセリアの街で一真は見たことがない。

 一真が見たのは大八車のように人が牽くものだった。

 ゼクセリアの街は道が広くなく、動物が牽く車は不適なのかと一真は考えている。

 だから、セレンが用意したという車は一真がまだ見ぬこの世界ならではの車だ。

 どういう車なのか、楽しみだった。


「カズマさん」


 と、カズマは城の廊下で声を掛けられる。

 声の主は曲がり角に佇む、女――


「ソーラ、とエルミス?」


 杖を突き、身をエルミスに預けるソーラだった。

 やはり足が痛むのか、顔を伏せゆっくりと深く呼吸をしている。


 エルミスは目を伏せ、首だけで会釈する。


 一真はエルミスに頷き返すと、ソーラに向けて口を開いた。


「痛みは、足は大丈夫なのですか?」

「ええ。薬がなくても耐えられる程度にはッ!」


 ソーラが顔をしかめる。


「ソーラ!」


 一真は声を荒げて近寄った。

 ぎこちない笑顔で、ソーラは一真に手のひらを向ける。


「いえ、大丈夫です。じきに治りますから」


 治るわけがない。既に一真はエルミスからソーラの脚がどういう状態か聞いている。

 腐り落ちた指は戻らず、ひび割れた肉からは血を流し、常に激痛を発しているのだ。


「ソーラ。カズマにはもう全て話しました」

「エルミス」


 エルミスが告げたことに、ソーラは息を呑んで名を呼ぶ。


「本当なら、無理矢理にでも薬を飲ませて寝かせておきます。

 ですが、貴女が言うからここまで連れてきたのですよ。

 早く済ませて部屋に戻りましょう?」


 ソーラの抗議するような声に、エルミスはいつもの調子で言った。


「やはり、良くない、のか」


 拳をぎゅうと握りしめる一真は、自身に怒りを感じた。

 ソーラに対して何も出来ないことが悔しいのだ。例えば――


「俺が治癒の魔術を使えれば」


 一真はどうしようもない苛立ちから、考えを口に出した。

 既に医者や魔術師によって使われていることは一真にも分かっている。

 それでも、ソーラの痛みを何とかしてやりたいという気持ちでいっぱいになった。

 それで、一真は口に出してしまったのだ。


「ダメですよ。貴方が学んだ魔術は、それが全て最善だった」


 そんな一真に、エルミスが諭すように言った。


 そう。たとえ覚えていても、無理なのだ。

 ただの怪我なら直ぐに直せても、ソーラの脚は石化による後遺症だ。

 治癒の魔術自体も難易度が高い。

 それに細かいヒビや削れ、全てを把握しなければ治癒の過程で瑕疵がでる。


 そして一真が覚えた魔術は、どれが欠けていても戦儀には勝てなかった。


「でも」

「カズマ」


 後悔を口にしようとした一真に、ソーラが名を呼んだ。


「カズマさん」


 もう一度、ソーラが一真の名を口にした。


「私は以前、貴方に非道いことを言いました」

「ソーラ」


 顔を伏せながら言葉を紡ぐソーラに、エルミスが止めさせる。


「私はそんな事を言わせたいからと手を貸したわけではありませんよ」

「分かって、……ッ、います」


 ソーラが返事の途中、歯を食いしばった。


 心配になって止めようとする一真に、エルミスが視線で制する。

 エルミスの目に一真はソーラに差し伸べようとした手を引き、ソーラの顔を見た。

 痛みのせいか、汗ばみ血の気の引いた顔だ。

 少し、やつれたのだろうか。記憶にあるよりほっそりとしている。


 ソーラは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、吐いた。

 そして真っ直ぐと一真の目を見上げる。


「カズマさん。まずは貴方に、感謝を。貴方のお陰で、私は生きていられます」

「そんな、俺は、いや私は助けたかっただけです」


 違う。

 一真自分が言ったセリフに、心の中で否定した。

 間違ってはいない。

 だが一番の理由ではない。


「誰を? エルミス? それとも、ゼクセリアのみんな?」

「ッ!」


 試すような口調で言ったソーラに、エルミスが跳ねる様に顔を向けた。


「ソーラ、あなたを」

「私を哀れんで?」

「ソーラ!」


 一真の返答に、重ねて試すようにソーラが一真の目を見据える。

 エルミスの咎める声にも、ソーラは何も言わない。


「貴方を助けたくて」

「なぜ?」

「ソーラ! いいかげんに――」

「エルミス、いいんだ」


 エルミスの怒り声を、一真は声を荒げて止める。

 ソーラの杖を持つ手が震えていることに、一真は気付いていた。


 ソーラは、裏切るのが怖い。

 一真はそう思い至った。

 自分の心が誰かを裏切るのを恐れている。

 ソーラ自身が誰かの想いを裏切って、酷い感情で罵声を浴びせる。

 そのことが、怖いのだ。

 あの時、一真がアテルスペスに乗ることを決めたあの時も、そうだった。


 だから、ソーラは期待してしまいそうな誰かを試す。

 そして自分を嫌い自分から離れるようにしてしまうのだ。

 だが、それは期待から来る。自分が何をしても、裏切らない。

 そういう期待が、ソーラをそうさせてしまう。


 一真はソーラの杖を持つ手に手を添えた。

 ソーラの震えが伝わってくる。


「ソーラ」

「……なんですか?」


 一真が名を呼ぶと、ソーラが少し間を置いて返した。


「貴女が好きだ。だから、貴女を助けたかった」

「ッ!」


 ソーラが息を呑み、顔を伏せる。


「貴女を助けて、ずっと一緒に生きて欲しい。そう思ったんだ。だから」


 一真の告白に、ソーラは一歩踏み出した。

 ソーラの頭が一真の胸に当たる。

 一真はソーラの手に添えていた右手を回して、その小さな背を抱いた。


 エルミスはソーラから体をを放すと、一真の目を見て頷く。

 一真はエルミスに頷き返し、両手でソーラを抱いた。


 ソーラがか細い声で囁く。


「私、嫌な女です」


 静かな城内だから、ソーラの小さな声ははっきりと一真に届いた。


「貴女は私が恋した女だ」


 一真は優しく答えた。


 ソーラが一真の腹に右手を添えた。

 細く小さな手のひらから、温もりが一真に伝わる。

 震えも一緒に。


「カズマさんにひどいことを言いました」

「貴女は不安なだけだ」


 親しい誰かに嫌われるのが不安なんだ。

 だから自分から嫌われようとした。


「浅ましい女です」

「貴女は恐れているだけだ」


 期待が外れてしまって、自分が裏切るのが恐ろしい。

 だから期待しないようにする。


「わたしは、わたしは」

「それでも」


 一真はソーラを抱く両手に、少し力を込めた。


「それでも私、金城一真は、貴女が好きだ。愛している」


 優しく、力強く一真はソーラに語りかける。

 抱きしめる力を強くして、ソーラが逃げてしまわないように。


 一真の背にソーラの両手が回された。

 ソーラの杖が支えを失って音を立てて倒れる。


「カズマさん」


 か細い声は、それで聞こえなくなった。

 代わりに、すすり泣く声が静かな城内に浸み渡り始める。


 一真はそのまま、ソーラの返事を待った。


 待たせてしまうセレン王子に心の中で謝罪をしながら。






 第一部 神前戦儀 完


 第二部につづく


コレにて第一部終了で御座います。


ここまでおつきあいくださいまして、ありがとうございました。

よろしければ評価や感想などお願いします。


それでは今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ