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15 彼女の世界が変わるとき


 お茶を少しずつ啜り、コップを空にしてからリリィはようやく話を始める。


「フィベズでは、女は家名を名乗れない」


 リリィの話はその言葉からだった。


 感情が極めて抑えられた、抑揚の無い声色で、リリィは言う。


「我が国は男が生まれにくい。

 一家に夫が1人、妻が10人。

 子を妻が3人ずつ産んで、ようやく男子は1人いるかどうか。

 そういう、国なんだ」

「それなら」


 一真は口を挟んだ。

 地球ならあり得ないが、この世界には、奇跡がある。


 神前戦儀に勝って、願えば、叶う奇跡があるのだから。


「そう。奇跡を頼ればいい」


 リリィは同意し、続ける。


「頼ったんだ。

 男子が生まれにくくなってから、何度も何度も、奇跡を得た、はずなんだ。

 そう聞いている。もう、300年も続いているらしい」


 なら、最初の女が家名を名乗れない、というのはどういうことだろうか。

 一真は疑問に思った。

 だが続きも気になるし、話の腰を折らないように、頷くことしか出来ない。


「そんなに長い間」

「ああ。

 だからか、生まれた男子は大切に育てられ、家を継ぐ。

 女は働き、戦い、そして子を産み、男に侍る」

「それは」


 落ち着きながらも悲しげなリリィの声色に、一真は胸にこみ上げる物を覚えた。


 リリィの横顔を見る一真に、リリィが気付いた。

 リリィは一真の表情を見て慌てて両手を横に振って否定する。


「違う、違うんだ。だからといって女に自由が無いわけじゃない。何せ女は多い。

 全員が男に従う必要は無いんだ。私自身もそう、戦士になって皆を守る。

 誇り有る仕事に就き、どの家に入るかも選べるし入らなくてもいい。

 いい身分だよ」


 リリィはぎこちない笑顔を一真に向けた。

 不満が無いというなら、一真には何も言えない。

 いや、違うと一真は思い直した。

 その国の事情には口を出す資格は自分自身にはない。

 例え不満が合ったとしても、だ。


「そう、なのか」


 リリィは頷く。


「ああ、ただ」


 そこまで言って、リリィは顔を逸らした。

 リリィの表情は一真には覗えない。


「ただ?」


 リリィに続きを促すように一真は言う。


「ただ、な。

 私が何を成しても、何も残らないんだ。

 全てが私の功績で、ただ私のリリィという名だけしか記録に残らない」


 一真はとっかかりを憶えた。

 名も功績も残るなら、それは残らないという事にはならない。


 正直にそう思ったと、一真が言うと、リリィは首を横に振った。


「違う、違うんだよ。

 リリィとしか、残らない。

 リリィなんていう名前、記録にあるだけでも数え切れないのにな」


 つまり、一真の目の前にいるこのリリィと、一真が知らないリリィという誰か。

 その区別を付けられることはない。


 しかし、それでも一真にはリリィの心を理解しきれない。

 同姓同名というのは日本にもある。

 記録に残ることもあるだろう。

 欧米などでは父と子どころか三世代同じ名前ということもあるのだから。

 記録にさえ残れば、埋もれることも混じることも無い。


「私は怖い」


 リリィの声は震えていた。


「私が、リリィが、他のリリィと間違えられるのが、怖い。

 いや、それだけならいい。埋もれるのもいい。

 他のリリィと混ざるのもまだいい。」

「それは、どういう」


 間違えられても混ざっても間違えられてもいいとは、どういうことか。

 一真には、分からない。


「ただ、そう。ただ、消えるのが、無性に怖いんだ」

「消える?」

「そうだ。

 私の成したこと残したもの全てが私で無い誰かのものとして消える。

 私自身が分からなくなる。

 それが、怖い」


 ああ、と、一真は何となく理解した気持ちになった。

 確かな自分と、その証が欲しいのだ。

 このリリィは自分だという、確かな証が。


「そう、か。そのリリィが自分だという証が欲しい、のか」

「ああ。

 幸いにも我が家には男子が二人いる。女も50人くらいいるがな。

 勝てば弟を連れて分家を起こせるはずだったんだ。

 そして分家の家名を名乗ることを許される、はずだったんだ」


 そこまで言って、リリィはテーブルの上に突っ伏した。


「ああ、帰りたくない。私が、リリィが、何者でもないリリィになるのが、いやだ」


 リリィの声はまた、甲高く掠れかけている。

 それほどまでに、怖いのだろう。


 ふと、一真はあることを思い出した。思い出し、つい口に出す。


「なら、他国に行くか?」

「他国?」


 しまった、と一真は思った。

 口に出てしまったことを聞き返されてしまったのだ。

 少し、いや多大に無責任な意見だが、聞かれしまった。

 なら、言わねばならないだろう。そう、一真は心を決めた。


 なぜなら、一真は見てしまったのだ。

 リリィの藁を掴むような、希望を見いだしたような潤んだ顔を見てしまったのだから。


「どこか別の国に嫁げば、嫁いだ家の名を名乗れる。

 いや、嫁がなくてもフィベズのリリィって名乗れるだろう?」


 言ってしまって、本当に無責任だなと一真は自分で思った。

 女性に向かって嫁げば良いだとか、酷いにも程がある。

 国を出るという決意を強いるのも、だ。


「そうか」


 リリィが無感情に口を開いた。


 一真は怒鳴られることを覚悟する。


「その手があったか!」


 が、リリィの言葉は一真の予想とは違う、嬉しそうな、はつらつとした声だった。


「え?」

「フィベズでだめなら、外に行けばいいんだ!

 そうか、嫁ぎ先だって別にフィベズじゃなくていい!」

「え??」


 あまりにも、予想外なリリィの喜びように、一真は混乱の極みに陥る。

 どういうことだろう。


「カズマよ!」

「はい」


 名を呼ばれノータイムでカズマは返事した。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


 リリィは勢いよく立ち上がり、一真の手をとって大きく振る。


「私に道をくれた! この恩は一生忘れん!」

「あ、あぁ」

「こうしては居れん! 早速帰って支度だ!」


 リリィは椅子テーブルをなぎ倒しながら真っ直ぐ食堂から出て行った。


 怒濤の勢いに、一真はそのまま暫く、呆然とするしかなかったのだ。


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