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22 沈黙は金、雄弁は銀


「それは、どういう」


 困惑した一真は聞き返す。


 セコンダリアに昔から伝わる料理だと、彼――セコンダリアの奏者は言った。


 だと言うのに作り方はないし材料は作れない。

 どういうことだろう、と。


「不思議だろう?

 はは、私も不思議なんだ。だけどね」


 男は口を閉じ、器を覗き込む。


 一真も真似をしてスカイドの器を見た。

 やはり、牛丼にしか見えない。

 肉の筋の入り方やかみ応えは違うが、代用品だ。

 仕方が無いところだろう。


「やはり、不思議だ」


 男が、口を開く。


「文献を紐解けば、スカイドが日常的に食べられていたことは分かる。ここにあるのも、昔から日常的な食べ物だったことを裏付ける。しかし現在はそうではない何故か。私が調べたところによるとおよそ600年ほど前からコメの不作が続き、わずか40年で最後のコメ畑が麦に変わったそうだ。何があったのかはまだ調査中だ。そして肉も当時畜産していた家畜が少しずつ変化しているらしいことも突き止めた。この家畜の研究は纏めて論文に提出する予定だが、まだまだ詰めが甘いので調査続行だな。調味料については殆ど分かっていないが、名前と原料は伝わっている。私が方々を探したところティルドとフオル、そしてゼクセリアの一部で栽培及び食用とされているものだと分かった。豆の一種らしく、先日取り寄せて食べたがなかなか美味い物であった」

「そう、なのか」


 この食堂に入る条件を一真は知らない。

 だから、若干早口の男に短く返すことしか出来なかった。


「おお、すまない。自慢になってしまうが、働いたら無遠慮な配慮が来てしまう立場なものでね。暇が多いのだ。兄などは剣を鍛えたり、細工仕事の練習などをしているが、私はもっぱら学問でね。いろんな学問をやる内に、様々な分野の研究に手を出してしまった。話したくなるのも悪い癖だな。いつも話が長くて呆れられてしまう。いやぁはっはっは」


 頬を掻きながら、男は照れ笑いをした。


「実のところ他の奏者達との会話を避けているのはこの話し込む癖のせいでね。ふと油断すると神機のことを話してしまいそうになる。まぁ、バレても問題はないがね、家族にキツくやるんじゃないぞと言われててな。はっはっは」


 一真の目からは、男が実に楽しそうに、舌を滑らかに動かしている。

 一週間近くおしゃべりを控えていて、ストレスが溜まっていたのだろう。


 一真が相づちを打つ前に、男はスプーンを器の中に置き、右手を差し出してきた。


「ここまで話し込んでは仕方ない。セコンダリアのディマオ・ディマドゥスだ」

「あ、ああ。よろしく」


 一真は慌てて箸代わりの棒を置き返事をする。

 空けた右手を手をディマオに向けると同時、ディマオはさらにしゃべり出した。


「本当はもっと長いがこの場では十分だろう。家名は古い言葉で“良き技を使う者”という意味を持つ。そして名もそれにちなみ、“大いなる技”の名を頂いている。いや実のところ昔からセコンダリアではよく使われている名でね。家名は元から分かっていたが、名前の意味は私が研究によって導き出したのだよ。名前に使われる言葉の意味の解析は私が自慢できる数少ない成果の1つでね。いやぁ、実に大変だった。文献を探るのは元より、地位と立場を十全に活かして方々に話を聞きに行ったくらいだ。そうしてセコンダリアで使われる50の名の下のスペルと意味を解読したのだ。父など珍しく褒めてくれたくらいでな」


 早口で垂れ流される言葉の次々に圧倒されながら、一真は握手を達成する。


「そ、それはすごいな」


 ようやく割り込むように言えたのはそれだけだ。


「そうだろうそうだろう。ふふ、照れてしまうな」

「おっと、食事が冷めてしまう」

「そうだった。このスカイドは冷めるとあまり美味しくないのだ。食べるとしよう」


 そうして二人は箸とスプーンを進める。

 進めながらも、ディマオは「うむ」「うん」などと口に含む度に頷いた。

 反応の音が静かになった食堂内にやけに響くのだ。

 一真は久々の牛丼を楽しみながら、気になって気になってしょうがない。

 黙って食事をしていても、うるさい。


「うむ。やはり美味しいは美味しいが、汁気や熱が足りないな。セコンダリアはそこそこ寒い地方にあってね。温かい食事が好まれ、特に汁物。スープやシチューなどが好まれる。この間食べたゼクセリアのスクスは割と好みの味だった。これでいて野菜による酸味が多ければ完璧だったしかしそれは贅沢というもの。だがこのスカイドにも好ましい点はもちろんある。この赤いピクルスは酸味もよく歯ごたえもいい。スカイドの肉とコメと同時に口に含めば見事な調和を醸しつつ腔内の印象を爽やかにする。実に良い! このピクルスの作り方だけでも判明しないものか。いや私が知らないだけで伝わっているかも知れないまずは帰ってから文献を漁ってそして……いやいや失礼」


 ディマオは再び食事を再開した。


 一真はゆっくりと食事をさせて欲しいと願い、紅しょうがらしき物を一本口に入れる。

 歯ごたえも酸味も似ているが、生姜特有の刺激が弱く、また別種の辛さも感じた。

 肉と一緒に食べた時は気にならなかったが、やはり違う食材なのだろう。


「ごちそうさま」


 一真は手を合わせ、言った。

 久々に食べた日本っぽい味に、満足感がある。

 次の戦儀後もこれにしようと一真は思った。


 一真は席を立ち、ドリンクバーでお茶をコップに入れる。

 少し考えてディマオの分も入れ席に戻った。


「おお、ありがたい」


 一真が戻ってコップを渡すと、ちょうどディマオも食事が終わったらしい。

 空の器を横に除け、ディマオはコップを受け取った。


 お茶をすすり、一真はふと思いいたった。

 ディマオの願いは、ひょっとしてこの事ではないだろうか。


「なあ、ディマオ」

「おお! そういえば忘れていたな。君の名前を聞いていなかった」


 そういえばそうだと、一真は名乗ることにした。


「金城 一真。家名が金城で名前が一真。ゼクセリアの奏者」


 改めて一真が右手を差し出すと、ディマオは握手を返した。

 2度目だ。

 短くても良いだろうと、一真が手を開くと、同時ディマオも離した。

 お互いにそう思ったらしい。


「よろしく」

「ああ、よろしく」

「で、ひょっとしてディマオ、君の願いって」


 と、そこまで言ったところで聞くのは失礼かと思い至った。

 言葉を止めてディマオの顔を見ると、微笑みを浮かべていた。

 聞いてしまうか、と一真は続きを言う。


「スカイドの材料が手に入らない理由を知りたい、とか?」

「ふはっ、ははははははは!」


 聞くやいなやディマオは吹きだし、大きく笑い飛ばした。


「いやいや私でも流石にそんなことはしないさ。

 流石に希人に言うのは良くないから言わないが、個人的な事情ではないさ」


 そうか、と一真は謝罪する。そして、お互いに戦儀での良い戦いを祈り、別れた。

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