20 ヘマ、その行く末
「あぁぁ……帰りたくない……」
次に一真が戦う対戦相手を漏らすのを食い止められたルアミは再びうなだれた。
「しばらくは残ってればいいじゃないか」
丁寧に応対する気を無くした一真は、砕けた口調で返す。
「その後よぅ……絶対勝てるって思ったのに」
ルアミは体を起こしてソファに背を預け、天を仰いだ。
最初にあった時のクールな印象とは裏腹すぎる態度である。
一真は軽く裏切られたような気分になった。
「私の神機だって、速いし火力もあるし、切り札だってあるのよ? そうよね?」
そうよね、と言われても一真にはルアミの神機を知らない。
「だってのにあいつ」
「はい言うな。止まれ」
強い口調で一真は言った。
ルアミは舌打ち、ではなく「ちぃっ!」と口に出して言う。
唇の端と片目を歪め、悔しそうな表情だ。
一真はここまでの経験からわざとだろうと冷めた頭で思った。
「手強いわね」
「させませんからね?」
ふふんと不敵に微笑むルアミに、真顔で一真は返す。
「ちえー、けちぃ……?」
ため息を吐き顔を横に向けたルアミの顔が、何かを見つけたのか途端に笑顔になった。
「何あの子、すっごい可愛い」
一真はルアミの視線をたどる。
ヘマがソファに横たわって寝ていた。
先ほど一真が横たえたのだ。
彼女の部屋に無断で入るわけにもいかない。
そして医務室も階段を登るために起こしてしまう。
どちらも避ける為に、一真はこの中央の間に置いてあるソファにヘマを横たえたのだ。
一真はどう返せば良いのか分からず、気の抜けた返事を返した。
「あ、あぁ。うん」
「知り合い? どこの奏者? どんな子?」
やや早口でルアミが聞いてくる。
プライバシーに関わることだ。
一真は、国名程度なら良いだろうと口を開いた。
「あーうん。ティルドの」
「え。ティルド?」
ルアミが嫌そうな顔をして一真に振り向く。
「ドレスからすると貴族? 付き合う相手は選んだほうが良いわよ?」
眉間に皺を寄せ、優しく諭そうとしてくるルアミから、不思議な圧力を一真は感じた。
「あーいや、彼女は……」
訂正しようとは思ったが、ヘマの事情を勝手に話すのはいけないなと、言いあぐねる。
ためらう一真は、視界の端で動くヘマに気付いた。
「うう、ちぅ……?」
目元を擦りながら、ヘマがゆっくり体を起こす。
ややパサ付いた黒髪が、頬に貼り付くのを邪魔そうに首を振った。
高そうなドレスはソファーに寝かされたせいか、胸元や肩が少し皺になっている。
「ヘマ」
「うぇ、あだし、カズマとはなしゅうにぃ、寝ぃまったが?」
あたりを見回したヘマが、顔を泣きそうに歪めた。
一真は安心させようと、笑みを浮かべる。
「ああ、起こしちゃったかな」
「うーわ、ティルドの貴族訛りと貧民街訛りが混じって大変なことになってる……」
努めて優しい声色を出した一真の後ろで、呆れたような声がした。
一真が振り向くと、ルアミが腕を組み渋い顔をしている。
「ティルドの貴族に買われた子ね。ほんとむかっ腹が立つ!」
ルアミはヘマの情報を何も持っていない、はずだ。
だと言うのに、一真が先日聞いて知った事実を言い当てた。
そのことに気付いた一真は振り向いて、ルアミの顔を見る。
「うちぅ? どなんしゃか?」
ヘマの声から一真は怯えを感じた。
しかし何か言う前に、ルアミが言う。
「ああ、ごめんなさいね。あなたじゃないの。あの人でなしに怒っているだけよ」
驚くほど優しい声色だった。
「あなたにはには分からないかもね」
そう言いながら、ルアミは一真に顔を向ける。
「あなた……、希人よね。ならおしえてあげる」
ルアミは組んでいた腕を解き、ヘマに歩み寄り彼女の頭に手を乗せた。
ヘマは目を硬く閉じて肩を震わせる。
「ひぅ」
優しく二度だけ撫でると、ルアミはヘマの頭から手を離した。
そして一真に背を向けたまま語り始める。
「あいつら極端な階級社会で血統主義だから、血が濃くなりすぎたのよ。
あそこの貴族は全員、何十代か前の王の血を継いでるのよね。
だからこうやって血を入れようとするの。
産ませた子にまた子を産ませて、血の濃さを維持しながら、ね」
ルアミの声から、一真は怒りを感じた。
きっと、ヘマだけではないのだろう。
一真は自分が知らず知らずのうちに歯を食いしばっていることに気付いた。
「それは」
「イレベーナはティルドから遠いからね。
それでもこれぐらいのことは伝わってくるの」
どれくらい遠いかは、一真には分からない。
言外に、もっと酷い状況なのかもしれないと、ルアミは言っている。
「ね、名前を教えてくれる?」
縮こまるヘマの前に屈んで、ルアミは顔の高さを合わせた。
「あ、あだしの名前?」
「ええ、そうよ」
「あだしは、ヘマっちう。ねねさぁは」
ルアミは両手を広げる。
ヘマに手のひらをみせるように、差し出すように。
「私はルアミ。
ね、ヘマちゃん、逃げちゃいましょう。
神機奏者である今なら階級強制力も働かないし」
強制力とはなんだろうかと一真は思ったが、口には出さないことにした。
どうせ碌な事ではない。
「で、でも」
「ウチに来なさいな。
簡単よ。戻ったら神機に乗ったまま、跳ぶなり走るなりすればいいのだから」
「うう」
ヘマは口を閉じたまま呻き、一真に視線を送ってくる。
「ヘマ」
一真は二人に近づき、屈んで目の高さを合わせた。
「ゼクセリアに来るかい?」
ヘマの顔がぱぁっと明るくなり、目の端から涙が落ちる。
「うん! 行くきに!」
そう言うと、ヘマはソファから一真に飛びついた。
一真はヘマに押され、床に背中から倒れ込む。
「うおっ!」
「カズマ! カズマ! あだしカズマんさ行くっちに!」
一真を抱きしめる細腕は、か弱くも精一杯の力強さで、ヘマの温もりを伝えたのだ。




