10 戦いの後は振り返りましょう
意識がゆっくりと浮上して、一真は目を開ける。
「起きた?」
少年特有の高くて柔らかい声だ。
一真は声の方に顔を向ける。
将軍は唇を尖らせて一真を見ていた。
将軍を見て、はっきりと目を覚ました一真は体を勢いよく起こす。
「せ、戦儀は!?」
首を左右に動かして周りを見ながら、一真は言った。
将軍のアンペールXに渾身の一撃を叩き込んで、それからだ。
それからの記憶が、ない。
一真はベッドに寝かされていたようだ。
どこのベッドかは分からない。
天井や壁の質感を見るに、控え施設のどこか一室だろうと、一真は思った。
「急に起きない方が良いよ。終わってからずっと寝てたんだから」
「せ、戦儀は」
乾いて張ったような口で、掠れながら一真は言う。
「引き分け。でもね」
将軍は一真が寝ていたベッド脇のローテーブルから水差しとコップを手に取った。
「反省しな。君は勝ちを逃した。
この僕から取れるはずだった勝ちを逃したんだ」
コップに水を注ぎ、将軍は一真に差し出す。
「それは」
「んっ」
コップを持つ手を少し動かして、将軍・ゼランは短く唸った。
まずは飲めと。
そう言われているのだと一真は思い、コップを受け取って水をあおる。
「僕はね。
結局、君を軽く見ていた。君とあの神機をね。
反省点は多い。
けど、君はもっと反省すべきだよ」
水を飲み干す一真に、ゼランは呆れたような、苛ついたような口調で言った。
「あの最後の攻撃。猛省せよ」
「最後のって」
水差しをローテーブルに置いて、ゼランは手のひらを上に向ける。
「《はぜるほのおのたま》」
ゼランの言葉と共に、赤く光る球体が手のひらの上に現れた。
「そ、それは!」
一真の驚愕にゼランは答えない。
ゼランは一真が使う複合魔術を一言で成した。
存在こそは知っていたが、やり方を調べきれずついぞ習得出来なかった高等技術だ。
目の当たりにした一真は言葉がでない。
「魔術障壁で火の矢を包んで固めて、反響により爆発を激しくする。
障壁をぶつけて衝撃を与え、爆炎による追撃。
良い攻撃だね」
一真が受けた衝撃を他所に、ゼランは話を続けた。
「良い攻撃だ。だからこそ、無駄しかないよ、あの最後のこれは」
爆炎拳の球体を消して、ゼランは一真をにらむ。
「火の矢を重ねすぎだよ。
一度なら、僕に反撃を許さなかった。
それに君、攻撃の爆発で気絶したんだぞ」
「それは」
一真は何かを言おうとして、言えない。
言おうとした何かを、一真自身が捉え切れていないのだ。
「使用禁止。いいね」
口の中で唸り、辛うじて、
「はい」
と一真は応える。
「うん。返事は大事だよね。
君の攻撃は火の矢一つ入れれば威力は十分」
ゼランは朗らかな笑顔になったゼラン。
一真はゼランと少し会話を続けた。
そうして自身が戦いのあと神機から降りて直ぐに倒れたことを知ったのだ。
倒れた一真を医務室まで運んだのもゼランだった。
「それは、ありがとうございます」
「いや、いいよ」
頭を下げる一真に、ゼランは手を軽く振って言う。
「僕は戦士だ。若手を導くのも、役目の一つ、なんだけどね」
ゼランが続ける言葉は、次第に弱くなっていった。
一真は気になって「あの」と声を書ける。
気を落としたような表情のまま、ゼランは顔を横に振った。
「うん。気にしないで。そのまま休んでなよ」
立ち上がって、ゼランは背を向けながら言う。
「本戦儀まで勝ち上がって来なよ。次は、僕が勝つから」
小柄な少年であるはずの将軍の背中が、一真には大きく見えた。
大きな背に、一真は宣言する。
「いえ、次は俺が勝ちます」
後ろ手に手を振って、将軍は部屋から出た。
「将軍」
ゼランに話かけられた声が、ドアの影から一真にまで聞こえる。
小さくて聞き取りにくいが、一真にはアジャンの声に思えた。
「ああ、勝ったの?」
「ええもちろん」
ドアが閉じられて、声が聞こえなくなる。
聞き続けるのは失礼だったなと思い、一真はベッドに仰向けになった。
目を閉じて、ゼランの言葉と戦儀を思い返す。
結果は引き分けだった。だがゼランによると、勝てたはずだという。
一真には信じられない。
あんなにも強く、引き分けを拾えた、というのが一真の感想だった。
だが気絶したのは事実だ。
最後の超爆炎拳、それによって発生した爆炎によって、自分が気を失ってしまった。
攻撃が外れていたら。
爆炎だけが巻き起こっていたら。
そして敵が倒れていなかったら。
気絶すればそれで終わっていた。
《はぜるひのや》を入れすぎた、という言には一真も納得する。
例え倒せなくても、爆炎拳なら相手を吹き飛ばして仕切り直しが出来たかも知れない。
一真は深くため息を吐いた。
考えれば考えるほど、悪手だったのかと思えてくる。
ゼランの言うとおり、一真は超爆炎拳は封印することにした。
少し寝るかと、一真は目を閉じる。
ドアが開く音がした。
「よう、将軍のお説教はどうだった?」
ベッド上の一真に声を掛けながら入ってきたのはくすんだ金髪の青年、アジャンだ。
「身に染みたよ」
一真は身を起こして応える。
「強かったか?」
「ああ、強かった。戦儀なのに、手加減されて。それでもなお、強かったよ」
「お、分かったか、手加減されてたこと」
「そりゃね」
戦っているときは必死だったが、こうして思い返せば、一真にも分かった。
狙いも、攻撃のタイミングも、間隔も、何もかも手加減されていた。
「すこし、腹が立つ」
将軍は、必死なはずだ。
自国が危機的な状況で、もう何年も勝ちを渇望して。
だというのに、手加減する余裕があるのか。
「まあ、あの人にも事情はあるからね」
かばい立てするように、アジャンは言う。
「事情?」
事情は、一真も前に聞いた。
ウェルプトの成長しない呪いのことだろうと、一真はアジャンに聞く。
アジャンは椅子に座りながら、首を横に振った。
「それに関係はするが、違う」
常に笑顔というイメージが一真にはあったが、今のアジャンには笑顔がない。
うつむき加減で、どことなく悔しそうだと、一真には思えた。
「ただ全部は話す気にはなれない。
ヒントだけ、教えよう。
一つ、ウェルプトにいる大人は、今はもう外国人だけ」
アジャンは指を一本立てて、唇を笑みの形にする。
「もう一つ。あの国の戦士団。団と付いちゃあいるが、所属してるのは将軍一人だ」
そう言って、もう一本指を立てた。
「一人? 彼一人だって?」
まゆをひそめて一真は口を出す。
「そう。ウェルプト人で、戦えるのは将軍一人。
俺に言えるのはここまで。
あとは考えるか本人に聞くんだな」
アジャンは言い切ると、軽いため息を吐いて笑顔に戻った。
「そんなことより、体は大丈夫か?
気絶したって将軍には聞いたけど」
「ああ、今のところ問題はないかな」
先ほどとは代わって明るい口調になったアジャンに、気圧されながらも一真は答える。
「神機の奏者は神の力に守られてるはずだが、なにがあったんだ?」
アジャンは顎に手を当てて考え込みながら疑問を口にした。
一真は両手のひらを上に向け、自嘲の笑いを浮かべながら答える。
「自分の攻撃でこうなったんだ。
ここしかないって、一撃で決めようとして」
「あの魔術合成でか?
てことは火の魔術を重ねすぎってことか」
うんうんと頷いて、アジャンは言った。
少ない情報で正解に至ったアジャンに、一真は驚きの目を向ける。
「わかるのか?」
「これでも騎士団の団長だぜ。
戦闘方法に関する勘はあると自負している」
アジャンは腕を組んで自慢げだ。
「団長、ゼクセリアの団長はそういうのあまり知らなかったから」
「ゼクセリアはそうだろうさ。あそこは魔物は少なく、弱い」
ああそうだ、と一真は思い至った。
ゼランも使って見せた複合魔術。
そのやり方について、アジャンに聞けばおしえて貰えるかも知れない。
知ることが、そして使うことが出来れば攻撃準備の短縮になる。
つまりは隙を減じて勝算に繋がることだ。
そう思い、一真はアジャンに問を出すことにした。
「複合魔術の使い方?
そんなもの、お前もう使ってるじゃないか」
アジャンは何でもないように首を傾げながら言う。
一真自身には、使っている覚えなどない。
一真が眉をひそめると、アジャンは「本当に知らないのかと」前置きして、言う。
「はぜるひのや、アレ元々は炎の矢と爆発は別の魔術だ。
複合魔術になって、それが普及しているだけだな」




