07 VSウェルプト:少年老英雄ゼラン・ヴェルート
「将軍、とはな」
アテルスペスのコックピットの中で、一真は呟いた。
施設の洗濯室を利用し、パリッと糊が利いたスーツが体を適度に締め付ける。
気合いは入った。
戦儀と戦儀の中日を使って魔術の精度も上がっている。
だが、それでも、陰鬱な気分は晴れなかった。
光と声の導きによって、次の戦儀は自分の番だと分かったのは先ほどだ。
一階中央の円周ソファがある部屋でのこと。
同時に、将軍にも光の導きがあったのだ。
だから、一真と恐らく将軍も、次は自分だと知った。
会話もなく、黙ったままに、お互いに背を向けて、一真と将軍は神機に向かったのだ。
目を閉じれば、一昨日の話を思い出してしまう。
それも、将軍の事情のことばかり。
50年以上、ウェルプトの代表をし続けている68歳の少年が抱える事情だ。
軽いものであるはずがない。
――国民全てが、若く元気でありつづけるように。
それが、70年ほど前にウェルプトに起こった奇跡だという。
以来、ウェルプトの民は12歳前後で成長が止まる。
例外は奇跡が成された瞬間までに歳を重ねた者たちだ。
ただ、若いだけなら良い。
心の成長も止まるのも、まだいい。
『僕の一番目と二番目と三番目のお嫁さんは、出産の時に死んじゃった』
一真は将軍の言葉を思い出し、首を振って考えを振り払う。
これ以上、考えていても無益だ。
そう、自分に言い聞かせる。
アテルスペスの周りを、光の渦が包み始めていた。
もう、すぐにでも戦場に行くのだろう。
そして対面するのだ。
将軍と、その神機に。
大ベテランで経験も多い将軍と、未だ詳細分からぬ神機。
手に滲む汗をスーツのスラックスで拭い、一真はその時を待った。
光の渦が大きく激しくなり、急に晴れる。
先日と同じ、しかしより戦いの痕が色濃く刻まれた、平原だ。
正面には同じく光の渦に転送されてきたであろう、巨大な影が現れる。
どことなく、一真は似たようなロボットを見たことがある気がした。
角が生えた赤いヘルメットとマスクを被ったような頭部に、青い胴体。
全てが箱を重ねたような角張った体型の神機だ。
胸にはXを歪めて形作ったようなマークが付いている。
「へぇ。黒くてカッコイイね」
やはり、将軍の年若い、いや幼い少年の声だ。
「どうも。将軍の神機も、かっこいいですよ」
「お世辞だね。どうも子供っぽくて、僕はあんまり」
一真の言葉に、抑揚を減らした声で将軍は答えた。
軽い言葉使いだが、口調は落ち着いている。
「でも、アンペールXは強いよ。負けないからね」
負けない、だけを自信たっぷりに少年っぽく言い切った。
一真は息を深く吐き、ソーラの顔を思い出す。
目を閉じて、開けて、アテルスペスのモニター越しに将軍の神機を見据えた。
「私も」
――大人になれないまま年を重ねて、死ぬんだ。ウェルプトのみんなは。だれでも。
「ッ!」
不意に、将軍の話を思い出して、一真は言葉を詰まらせる。
「私も!」
一真は強い口調で言い切って、脳を一瞬で埋めた言葉を振り払った。
「私は! 勝つつもりでここにいます!」
「よくいった! 戦ってあげるよ! もちろん勝つのは僕だ!」
二人が叫んだと同時、2機の間に緑色の光の球体が現れる。
「来たね」
将軍が短い言葉を放つと、球体が消えてまた現れた。
「行きます」
短い言葉で一真は将軍に伝えた。球体が消えて、現れる。
「来なよ」
将軍が短く返した。
光球が赤くなって、「0」を残して消える。
同時、一真は防御魔術でアテルスペスを覆った。
将軍のアンペールXは動かない。
構えすら取らず、その場に立ったままだ。
「うん? 来るっていったのに?」
余裕の表れか、神機越しに笑みすら感じそうな声で将軍は問うてくる。
武器すら手に取らず、両腕は降ろしたままに。
「これからです!」
一真は小声で両拳の先に魔術障壁の球体を作り出し、相手に向けて走り出す。
「そう、魔術を格闘に使って技として誤認させてるんだ」
「なっ!」
まだ障壁の球体を見せただけだ。
魔術の行使も小さな声で相手には極力聞こえないような声なのに。
一真は立ち止まって拳をアンペールXに向けた。
無手で油断している相手を刺す。
それが一真の基本的な方針だ。
とどのつまり初見殺し。
数少ない勝機を掴む、絶対の方法だった。
「僕の経験をあなどらないでよね。
無手の機体なんて一杯見てる。
でっかい剣を持ち込んだり、土や石、そこらに生えてる木を使ったり。
もちろんほとんど効果の無い魔術をつかったりもあったよ。
そのまま神機の腕で殴ってくるのもあった」
将軍は神機の手のひらを上に向けて肩をすくめる仕草をする。
腕を下ろし、言葉を続けた。
「君のようにパンチと魔術を使うなんて初めてだ。
確かにそうすれば判定を誤魔化せるかもね。
でも、想定の範囲内なんだよ」
甘かった。
侮っていた。
一真は軽い後悔を押し殺す。
少年の見た目と、辛い事情で知らず知らずに体の力が抜けていたのか。
目の前に居るのは50年以上ただ一人のウェルプト奏者を続ける男だ。
その経験こそが、最大の武器だと、アジャンには教わっていた。
「それ、でもっ!」
勝たなくては。
一真は再び走り出す。
数歩で間合いに入り、「《つらぬくいかづち》」拳先の球体を拳毎叩きつけた。
「うわっ!」
雷を相手に直接叩き込む魔法拳、雷震拳だ。拳はアンペールXの胸装甲版に当たった。
「ッ!」
すぐに一真は後ろへ飛びすさる。
直後アンペールの腕からミサイルが飛んでアテルスペスがいた場所を通過していった。
「雷の魔術だね。
でもアンペールXは超電磁神機!
雷で動くんだよ!」
アンペールXは腰から球体と十字の棒を外し、十字の先端に球体を近づける。
バリバリと電光が迸り、超電磁の紐によって十字と球体が繋がった。
「超電磁ソードスフィア!」
アンペールXは腕を大きく回して球体を分回す。
通過する球体に当たってはマズいと、一真はさらに後ずさった。
最初みた時は当初はアンペールXも無手かと一真は思ったが、違う。
先ほどのミサイルといい、この超電磁ソードスフィアといい、どこに何があるのか。
言えるのはこの先も何が飛び出すか分からないということだけだ。
アンペールXが手首を返すと、超電磁の紐に引かれた球体が十字の先端に刺さる。
腕を突き出すようにアテルスペスに向けると先端から球体が飛び襲いかかった。
「うわ!」
一真は身を投げ出すように球体を避ける。
軽々と振り回されている球体が、地面に着弾すると周囲の木々を粉々にした。
軽そうに見えても恐らく鉄球がもの凄い速さで飛ぶのと同じような威力だろう。
当たってはいけない。
「ならっ!」
鎖で繋がった鉄球と似たような武器なら、間合いが近ければ振り回せない。
そう判断した一真は起き上がってアンペールXに向け走った。
近づいて魔術障壁の球体を作り出す。
雷がなくとも硬い球体をぶつければ。
――僕はもうすぐ死ぬだろう。その前に、少しでも大人になりたい。
不意に、思い出して拳の速度が緩む。
その隙は、将軍ゼラン・ヴェルートには大きな余裕だ。
「たぁっ!」
アンペールXは腕を振り、十字の柄をアテルスペスの腹に叩きつける。
「ぐがぁっ!」
アテルスペスとシンクロしている一真は直接腹に鈍い痛みを感じた。
将軍は十字を持ってない方の腕をアテルスペスに向けると、腕の先を射出する。
鎖で繋がった拳を一真は首を傾けて擦るように避けた。
その勢いで転がるようにアンペールXから距離を取る。
「ねえ、まさか僕の話を気にしてる?」
「そんな、ことは」
一真は立ち上がりながら、言葉を絞り出した。
「じゃあなんで攻撃が緩むのさ。もっとやる気出してよね」
気付かないうちに、一真の心にトゲが刺さっている。
ウェルプトへの、将軍への同情というトゲだ。
トゲを改めて認識して、一真は歯を食いしばる。
「そんなことは!」
「なめんな!」
将軍が怒鳴って一真の言い訳をさえぎった。
「僕はウェルプトの英雄だぞ!
ヒーローなんだ!
皆のために、そして皆の未来のために戦って、戦儀で奇跡を4度もおこした!
あのボンクラ王が正しく願えばもうとっくにに皆は助かってんだ!
そんな僕が、勝ちを貰うなんてみっともないところ、皆にみせられるわけがない!!」
それは事実だ。
アジャンにも教えられたが、一真自身もゼクセリアで過去の戦儀を調べた事がある。
その時は同じ奏者だとは思わなかった。
だが確かにこの50年間でウェルプトは4度優勝している。
だからこそのプライドか。
それとも期待に答えるためか。
将軍は自身の戦いは、誇らしくあらねばと考えている。
そう、感じられる慟哭だった。
一真は無言で構える。
「まだ構えに迷いが見えるな。天・道・剣!」
アンペールXが十字から手を離し、胸元に手をやった。
すると胸の装甲版だったものが外れて、柄と刃が生える。
アンペールXの手に、両刃の大きな剣が握られた。
「ならおしえてあげる。僕の4番目のお嫁さんは、石化病で死んだ!」
剣の切っ先を向けられて、そして将軍の言葉を向けられて。
一真は息を呑んだ。
「ゼクセリアから来てくれて!
ウェルプトのために尽くしてくれたのに!
最後はお腹から腐って苦しんで死んだんだ!
カズマ、お前の大切な人もそうなるんだぞ!」
構え直す。
深呼吸をする。
心情の変化は、一真自身には分からない。
「そうだ。それでいい」
将軍には、分かった。
一真の心は決まったと。
一真の頭の片隅に、ソーラの笑顔がある。
そしてあの日の震えた声も、思い出した。
大経験者、老練なる戦儀巧者、少年老英雄ゼラン・ヴェルート。
「行きます」
「うん。来るんだ」
神前戦儀、序戦予儀。ウェルプトとゼクセリアの戦いは、今ここが開始地点だった。




