06 セコンダリア~兄弟喧嘩にキリは無し
「マジ出てこねぇな」
待っても出てこないディマオに、セレンが口調を崩してあきれ果てたように言った。
一真の体感だが、物音がしてから5分ほど待って、再度ノックと声かけをしたのだ。
だが出てこない。
仕方なく少し待って、声かけして、を5回ほど繰り返したのだ。
「扉ぶち破るか?」
かなり苛ついた様子でセレンが提案をする。
「いやもう一度。もう一度だけ待ってくれ」
キンシィが申し訳なさそうに言い、扉に向き直った。
末の弟に家族全体が甘いのは、一真も道中の会話で聞いている。
だがキンシィもここまで甘いとは聞いていなかった。
除塩の研究で多大な期待を掛け、小さいとは言え研究所を与えるほどの待遇である。
だが、出来た範囲は狭く、万人に出来るような方法ではない。
落胆、してしまったのだろう、そして期待を掛けすぎた負い目があるのだろう。
一真はそう考えた。
「このまま待ちぼうけるわけにもいかない。多少強引にでも話をして説得しないと」
「分かってるが……な」
一真の言うことに、キンシィは振り向かずに答える。
「なぁ一真。確かディマオとは話したことがあるんだったか?」
「ああ、そうだけど。それが?」
セレンがぽつりと一真に訊き、一真はセレンに向き直って聞き返した。
「もしかしたら、私たちが説得に来ているのが分かって出ないのかもしれない。
一真、お前の目からディマオはどんな男だった?
ここまで強情に参加を拒絶するような男か?」
困ったように眉尻を下げ、セレンが問いかける。
一真は軽く返事をして、考え込んだ。
「む、そうだな」
ディマオと戦う前日の事を、一真は思い出す。
その時、ディマオは実に楽しそうに喋っていた。
スカイド、という牛丼のような料理を食べて、その考察を早口でまくし立てたのだ。
それだけでなく、ディマオ自身の事についてもいくらか話していた。
一真から見たディマオは、実直で研究家で気持ちの良い男だ。
嫌がらせや我が侭でただただ人に迷惑を掛けるなど、絶対にあり得ない。
「いいや」
セレンに対する一真の回答は、NOだ。
「あいつは良い男だよ。真面目で、正々堂々としていた。
国の状況をマレビトの俺に話すのはフェアじゃないからって言わなかったくらいだ」
一真の意見を聞き、セレンは考え込むような仕草をする。
「そうか。なら、ただ拒絶に居留守をしているわけでは、ないか。
キンシィ、もう一度呼びかけてくれ」
セレンが跳ねるようにキンシィの方に体ごと向き直り言った。
キンシィは「おう」と答え、拳を振り上げる。
拳がドアに打ち付けられ、今までよりも大きな音が出た。どん、どん、どん。
「ディマオ! いい加減に出てきなさい!」
今までよりも大きく叫ぶような大音声だ。
そのあと、声で喉に痛みが走ったのか、キンシィは2度ほど咳払いをした。
中から物音がする。
何かが落ちるような音、ぶつかるような音。
そして強く床が踏みならされる太鼓のような音が近づいてくる。
『なんだうるさい!」
木のドアが勢いよく開け放たれた。
キンシィは上手いこと開けられるドアを避ける。
蝶番が壊れそうなほどの勢いを付けたドアが開ききり反動で少し閉じた。
ドアを開けた人物は、ドアの枠に背を預けて腕を組、口を開く。
「久しぶりじゃないか兄さん。で、何の用だよ?」
実に不機嫌そうな顔は目の下にクマが残り、寝起きなのか目が半分も開いていない。
長い金髪はボサボサで所々跳ねて寝癖が付いている。
着ているのは着古したのかシワだらけのシャツとズボンだ。
それだけが上等な白い詰め襟ジャケットを肩に引っかけるように羽織っている。
「また徹夜か? ディマオ、研究熱心なのは良いが夜はちゃんと」
ディマオがため息を吐いた。
「こんなところまで説教しに来たのか!?」
「ディマオ! 俺は心配して」
怒鳴りつけようとしたキンシィが首を振って言葉を中断する。
「いや、用件は違う」
「じゃあさっさと」
ディマオが一真とセレンを見て発言を中断した。
「え、カズマか?」
「あ、あぁ」
曖昧に微笑んでカズマはディマオに頷く。
「す、少し待あいたぁ!」
慌てすぎたのか、ディマオは肩をドア枠にぶつけて呻いた。
ディマオは肩をさすりながら、弱々しくドアノブに手を掛ける。
「す、少し待ってくれ」
それだけ言うと、ディマオはドアを閉じて中に引っ込んだ。
慌てたような物音が中からひっきりなしに聞こえてくる。
「あいつな」
ぽつりと、キンシィが声を漏らした。
「見栄っ張りなんだ。身内にはだらしない姿を見せるが外面が無茶苦茶良い」
「ああ。見れば分かる」
セレンがキンシィに頷き、ため息を吐く。
「先触れは出しておくんだったか?」
「出したはずなんだがな。兄貴が」
中から「いった!」「どわあ!」といった悲鳴も時折聞こえてくるのだ。
一真は途方に暮れるが、出来ることは一つしかない事を理解している。
つまり、待つしかないのだ。
物音が静まるまで気まずい時間を三人は過ごした。
際はもっと短いだろうが、一真の体感にすれば20分くらい経ち、ドアが開く。
「待たせたな。兄さん、カズマ。そしてそちらの方はどなたかな?」
現れたのは戦儀であったときと同じ、正装をぱっちり着こなしたディマオだ。
長い金髪はよく梳かれ白い詰め襟の肩に流れている。
不摂生だろうと推測されるが、体型は整っておりそれを感じさせない。
碧眼の下にはクマが残るがそれでも整った顔立ちの美男子だ。
「こちらの方はゼクセリアの王子、セレン殿だ」
キンシィが伸ばした手のひらをセレンに向けて紹介した。
ディマオがセレンに顔を向け、目を細める。
歯を噛みしめて力が入ったのか、ギリ、と微かな音がした。
「お初にお目にか――」
「ああ、そういうことか」
セレンが話し出そうとして、ディマオが手のひらを向け、さらに大きな声を出して遮る。
「悪いが協力は断らせて頂く」
ぴしゃり、と短くはっきりとした拒絶だった。
「ディマオ!」
即座にキンシィが怒鳴る。
ディマオは顔をしかめ、頭に手を添えた。
「小さな声で喋ってくれないか、頭に響く」
「だがな」
セレンはディマオとキンシィの間に割って入る。
「キンシィ、ラチがあかないからやめてくれないか?」
セレンがキンシィの胸に手を当て、押しのけようとしているが、キンシィは動かない。
「セレン。だがこの国のためにはだな」
「話は私がする」
キンシィはセレンの顔を見つめ、それからためらうように目を逸らした。
「分かった」
セレンから一歩引いてキンシィは離れる。
「だがなんとしてでも説得してくれ。今なんとかせねば、いずれこの国は」
「分かってる。だからキャリウス車で待っててくれ」
キンシィはセレンに頷くと、背を向けてキャリウス車の方に歩いて行った。
一真はキンシィの背を離れていくのを確認すると、ディマオに向き直る。
セレンとディマオが相対し、視線を合わせていた。
「さて。ディマオ。話をしよう」
「いいだろう。だが、客を玄関先で立たせて置くわけにもいかない。中に入るといい」
ディマオはそう言うと、横にずれて中を指し示す。
ドアの向こうには広間があるようで、奥の方まで広い空間が続いていた。
一真とセレンは顔を見合わせる。
うなずき合うと、二人は共だって中に向かった。




