02 セコンダリア~水飲むかい?
「おお、ゼクセリアの奏者殿だな! うちの弟が世話になった。いい戦いだったぞ!」
セコンダリアの戦士、キンシィ・ディマドゥスは開口一番、そう言った。
待ち合わせ場所は港町内にある酒場である。
一真とセレン、アルマの3人で連れ立って街を歩いてここまで来たのだ。
アルマは入り口近くで待っている。
一真はセレンと供に酒場の奥まった席に通され、そこでキンシィと出会ったのだ。
キンシィは長身で、体格のいい男だった。
金髪は短く刈揃えられ、日に焼けたであろう褐色の肌が袖口から覗いている。
腕に比べ、顔はあまり日焼けしていないようだ。
頭の上に横スリットの入ったゴーグルのような物を載せている。
礼装の様なかっちりした服装には、あまりそぐわない。精悍な顔つきにもだ。
「は、はぁ。ありがとうございます」
周囲の視線が一気に自分に集まるのを感じ、一真は戸惑いながらも礼を言う。
横からセレンがため息を1つ吐いて、キンシィの向かいに座った。
「キンシィ、少し声を抑えろ」
酒場のざわめきが多い。
漏れ聞こえるのは、一真に関することだけだ。
昼間ではあるが、酒場は賑わっていた。
満席とまでは行かずとも、席の半分は埋まっているだろう。
その客のほぼすべてが、一真達を伺い、ひそひそと話しているのだ。
「構わん構わん。今回こそはという期待は外れ、いらだっているだけだ」
キンシィが笑い、コップを煽った。
この国は奇跡に頼るしかない、と考える者が多いのだろう。
そして一真はセコンダリアの奏者を下した。
当然の待遇か、と一真は視線を気にしないように努める。
「お前も飲むか? 水だけどな」
ぷはぁ、と息を吐き出し、キンシィはグラスを一真に示す。
テーブルの上に、木の板にドリンクメニューが書かれているのを一真は見つけた。
水は一番上に書いてあり、値段がほかの物より一桁多い。
ここ、セコンダリアは地面に塩の結晶が出来るほど酷い塩害の国だ。
真水は貴重なのだろう。
「何、遠慮するな。ここは俺が払う」
中々返事をしない一真をじれったがったのか、キンシィが笑って言った。
「いえ、安い物で構いません」
一真は遠慮してそう言い、セレンの隣に座る。
「安い、というとうすい塩水だが?」
「塩水?」
慌てた一真は急いでメニュー表を見た。
確かに一番安いドリンクは塩水だ。
「え、海水なので?」
「はは、まさか。井戸水だ」
困惑して訊ねた一真をキンシィは笑い飛ばした。
「日によってしょっぱくない、時もある。お勧めはせんよ」
キンシィの表情が真顔になる。
しょっぱいほど塩分が濃い時の方が多いのか、と一真は推測した。
「え、じゃあ」
一真は視線をテーブルの上に向ける。
ドリンクメニューには大まかに酒か水か塩水しか載っていない。
酒場で何も頼まない訳にはいかないだろう。
かといって、酒も飲む気にはなれない。
「その、水で」
「おうよ! セレンはどうする?」
「私も水で」
キンシィは頷いて、給仕を呼びつけた。
「水3つ、いや4つ。1つはあそこのメイドに渡せ」
「まいどー!」
給仕がその場を離れると、キンシィが「さて」と言って姿勢を正す。
「待っていたぞセレン。久しぶりだな。
といっても、4ヶ月経ったか経ってないかくらいか?」
「そのぐらいか。久しぶり」
二人は和やかに挨拶をした。
キンシィとセレンの仲がやけにいい。
友人とは訊いていたがどういう経緯で知り合ったのか、一真には推し量れなかった。
「もう顔も知っているだろうが、ゼクセリアの奏者だ」
セレンが一真を腕で示す。一真は少し慌てて自己紹介する。
「金城 一真です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
一真とキンシィは互いに微笑みながら握手をした。
握手が解かれたあたりで給仕がやって来て、テーブルにグラスを3つ置いた。
「実のところ、真水はそこまで貴重な訳ではない」
グラスを手に取りキンシィは言う。
「魔法で出せる者もいる。
貯水池には雪解け水が半年持つ程度にはある。
だが、こうしてただ飲める水は貴重だ。
他国は安く売ってくれるが、いつまで続くか」
キンシィはやや強面な顔に憂いをにじませた。
一真はキンシィに弱気な印象は一切感じなかったため、驚く。
塩害がいつからかは分からないが、長年の災害が弱気にさせたのか。
「おっと、湿っぽくなった」
ハッとしたようにキンシィは顔を上げ、ハハと笑い笑顔を作る。
「気にしないでくれ、とは言わないが、俺自身はできる限り協力することを約束しよう」
キンシィは右手の拳を堅く握り、言った。
「ありがたい」
セレンは頷き、礼を返す。
ゆっくりと顔を縦に振り、キンシィは「さて」と言った。
「ではこれからの話をしようか」
「予定ではフィルスタまで12日間、だったか?」
セレンが懐から手帳を出してページをめくる。
手帳、持ってたんだと一真は意外に思った。
一真は日頃セレンにたいし単純に記憶力がいいと対し感心している。
セレンが手帳やそれに類する物を、一真が話すときに持っていたことはなかった。
何か書類仕事をやりながら、ということもあったほどだ。
流石に、時間が空きすぎて確認が必要だったのだろうと、一真は勝手に納得した。
「特に何事もなければ、奏者殿の観光がてら予定通りの日程で行けるだろうさ」
観光。
キンシィの言ったその言葉に、一真はキンシィの目を見る。
キンシィは一真の視線に気付いたのか、笑みを浮かべた。
一真は慌てて否定しようと口を開く。
「その、観光だなんて。皆さんが苦労しているってのに」
セコンダリアの人たちは苦しんでいるはずだ。
そう考える一真はセコンダリア観光という浮かれた気分にはなれない。
「気にせんでよい」
カカと笑い、キンシィが水を少し飲んだ。
「我らにとっては忌まわしい塩の地だが、見た目だけは美しい。
白銀の荒野は観光客にも人気だ」
「観光客いるの!?」「いるんだ!?」
一真は思わず大声を出して聞き返した。
重なった声に一真が隣を見れば、セレンも同じように驚いている。
「ああ、いるぞ。隣国の貴族がほとんどだが」
なんてことないかのようにキンシィが答える。
「隣国、って」
「ああ、ティルドだ」
キンシィは続けてセレンの短い問いを先回りするように言った。
その答えに、一真は納得する。
「あの国の貴族なら、まぁ、見に来そう」
一真はうんざりしながら言った。
ティルドの貴族に迷惑を掛けられたばかりで、嫌気が差していたのだ。
グラスの水を一真が一口飲むと、キンシィが補足するように言う。
「何も建物がない野っ原が一番人気だ。昼から夕方に書けてがいいらしい」
一真は白銀の野に夕焼けが差す光景を想像してみて、確かに美しそうだと納得した。
このまま良くないことを考えるのも嫌なので、一真は話を変えようと顔を上げる。
キンシィはまっすぐ一真を見つめていた。
「ま、ティルドの連中やただの荒野はさておき」
キンシィの口元が笑顔になる。
「君には是非見て貰いたくてね。まあ、詳しくはその時、だ」
そう言うと、キンシィはグラスの水を飲み干した。




