上級ダンジョン
その扉は銅の装飾が施されており、緑青が所々に見えていた。
「………………」
カナタは静かに扉を引き、開かれた闇の奥を見つめた。
「だーんな♪」
カナタは諦めたかのような溜息を静かに漏らすと、扉を閉め振り返った。
「一人で行こうとするなんて水くさいぞ♪」
「上級ダンジョンだからね……恐くないの?」
カズハはニシシと笑い一振りの曲刀をカナタに見せた。
「ジャジャーン!」
「おお! どうしたのそれ?」
「拾った♡」
「……呪われてないよね?」
「大丈夫だよ~。酒場の酔っ払いに一度試して貰ったから」
「……気の毒な人」
「旦那こそその剣どうしたの? もしかして盗んできたの!?」
「……親父のなんだ」
カナタの腰に下げられた剣は短剣よりも少しだけ長い、見た目も地味な普通の剣だった。切れ味は決して悪くは無いが、上級ダンジョンで頼るには心許ない剣である。
しかし、カナタの父親は最後までこの剣一つで上級ダンジョンより遥か高みの国営ダンジョンを戦い抜いたのだ。
「あんなに毛嫌いしていた親父が……人はつくづく罪な生き物だ」
「はれ? まだ入ってすらいないのに旦那の顔付きが…………」
―――ガチャ
「カズハ……俺の傍を離れるな。そうすれば少なくとも俺より先に死ぬことは無い」
「旦那は頼りになるねぇ♪」
二人は扉を抜け、上級ダンジョンの階段を静かに降りていった。
上級ダンジョンの空気は死の臭いに満ちており、少しでも気を抜けば魂を持っていかれそうな気配が漂っていた……。
「ずっと気になってたんだけど……」
「なんだ」
「旦那って、呪文は使えないの?」
「……使える」
「何で使わないの?」
「親父は呪文を使えなかった。呪文を使ってしまったら親父より劣っていると認めている気がしてな……」
「旦那は旦那、お父さんはお父さんでいいじゃん?」
「……ダメだ」
誰も居ない上級ダンジョンの中、二人の会話だけが静かに木霊する。
「―――!!」
闇夜に光る黄色の眼に気付いた時には稲光の閃光が目の前を走っていた!
「伏せろ!!」
「キャア♪」
カナタが素早く身を屈めるも左半身に掠めた電撃は気絶する程に痛く、左手は言う事を聞かなくなっていた。
「いきなりな挨拶だなこの野郎!!」
右手一つで剣を抜き、光る眼の方へ剣を振るう。確かな手応えと夥しい血の跡を見て、カナタはその場に崩れ落ちた。
「―――旦那!?」
カナタを揺さぶるカズハ。しかし心配する素振りを見せながらもこっそり手はカナタの股間の方へ……
―――ガシッ!
「はれ? 旦那起きてた?」
目を開けたカナタ。しかしその目はカズハが知る眼ではなかった。
「いけないお嬢さんだ。お楽しみは帰ってからにしような?」
「……旦那?」
やけに落ち着いたその眼は、貫禄に溢れており落ちた剣を見つめる表情は哀愁が漂っていた。
「すまない。不出来な息子が君を危険な目に合わせた様だな」
「……え? お、お父さん? い、いやお義父さん?」
「いや、『カナタ』でいい。今は息子の体を借りているだけだ」
「え? え!? ええっ!?」
「死ぬ間際にこの剣に御魂を移してな。何かあれば出てこれる様にしたんだが、誰もこの剣を持ち歩いてくれない。ようやく出番かと思えばこのざまさ」
豪快に笑い飛ばすカナタ。そこがダンジョンであろうがお構いなしに……。
「さて、それじゃあ飛び切りの美人と死のデートといこうか」
高らかに指を鳴らす先のカズハは、完全に濡れきっていた。
「おじさま……ダンディ♡」
「う~ん、まだ『おじさま』っていう年でも無いけど……ま、いいか」
カナタは再び歩き出した。それはまるで通い慣れた道を進む様に。
「よっ!」
カナタは指先から光の弾を放つと、それはソワソワとダンジョンの奥へと消えていった。
「おじさま?」
「敵を誘導するための囮さ。レディの前ではなるべく血生臭いのは避けないとね♪」
「いえ、おじさまは呪文が使えないと伺っていましたが……?」
「詠唱自体は出来るんだけどね、体が呪文を受け付けなくて……だけどカナタの体は母さん譲りで相性が良い。本当に羨ましいものだ」
更なる地下階段はヌルヌルとした粘液で所々汚れていて非常に汚らしかったが、二人は微塵も気に止めること無く最奥へと突き進む。
―――ギィィィ……
扉の先の玄室は大きく開けており、中には巨大なグリーンドラゴンが爪を光らせ獲物を認識していた。
「先にネタバレしておこう。この上級ダンジョンのボスは、入った者がギリギリ勝てない強さに魔法で設定されている」
「では何故来たのですか? そもそもおじさまがこのダンジョンをクリアする必要が何処に?」
カナタは剣を構えカズハを後ろへと隠す。そしてニヤリと微笑むとグリーンドラゴン目掛けて勢い良く走り出した!!
「戦いに命を賭けるのに理由なんていらないさ! 己の闘争心にウソはつけない性分でね!!」
勢い良く飛び掛かり振り下ろした剣はドラゴンの爪に弾かれカナタは受け身と共に再び飛び掛かる。
―――ブンッ
片手で剣を振り下ろし爪を押さえ付ける。そしてドラゴンの顔目掛けて左手から爆裂魔法を発動!
「いいぞ!! 息子の体は実に良い!!!!」
戦いながら終始笑顔を見せるカナタ。カズハは遠くから呆然とそれを眺めることしか出来なかった。
「ところでおじさまー! 『ギリギリ勝てない』ならどうやって倒すんですかー!?」
カズハが手を振りながら大声で問い掛けると、カナタは一度振り向き笑顔を飛び切りの笑顔を見せ、爆裂魔法で怯んだドラゴンへ更なる追い打ちをかけた!!
「戦いの最中に成長するのさ!!!!」
―――ボワッ!!
ドラゴンは怒り狂い手当たり次第に灼熱の炎を吐き出した!!
「くっ! 熱すぎる!!」
シールド魔法で防御するもその熱量は計り知れず!!
カナタは顔や腕が焼ける痛みに襲われた!!
「じっとしてろ!!」
ドラゴンの足へ巨大な氷柱をお見舞いし地面へと打ち付ける!
「アンギャャャャャ!!」
ドラゴンの絶叫が木霊する中カナタはドライバーの体を駆け上がる様に飛び上がり、剣を勢い良く首根っこへと叩きつけた!!
―――ズドォォン!!
カナタの体より大きな首が地響きと共に地面へと落ちると、遅れて体が倒れ再び巨大な地響きが起きた……。
「…………」
カナタは着地したまま微動だにせず、カズハはドラゴンが動かない事を確認した後にカナタへと駆け寄った。
「おじさま大丈夫!?」
しかしカナタは無表情で虚無を見つめたまま動かなかった。
「おじさま……?」
「いや、息子は俺を超える逸材だと知り、正直微妙な気持ちになってね…………」
親としての喜びと冒険者としての誇りが天秤の上で揺れ動き、カナタは眉間にしわを寄せた…………。
「ま、いいか。既に私はこの世では死んでいるのだから……」
部屋の奥へ背を向け、カナタは入口へと向かう。
「え、おじさま!? 証はお取りにならないのですか!?」
「ああ、今取ったら息子がクリアした事にならないからね……」
「ええー!!」
「くくく、上級の証があれば色々と融通が利く事が多いだけに、君も残念だねぇ?」
カナタは「ククク」と笑いながら扉へと手をかけた。
「大丈夫さ。息子ならそう遠からずにクリアしてみせるさ!」
「ホントですかぁ?」
「本当さ♪ それよりお腹空いただろ? 帰ってご飯にしようか!」
「やったー☆」
カナタはこっそりと壁に何かを刻みつけた。それは未来へのメッセージ。いつの日かココを通る全ての冒険者に対しての、故人からのメッセージだった…………
『死んでからでは遅い。君達は生きるためにココに居るのだろう?』
読んで頂きましてありがとうございました(*'ω'*)
全三話なのに疲れ果てている私。




