初級ダンジョン
私はWizardryが大好きです
――いい? カナタ。
貴方にもお父さんと同じ、冒険者の血が流れているの。だから……安心して立派な冒険者になりなさい――
(何が立派な冒険者だ……)
国営ダンジョンを管理する父親が亡くなり早10年が過ぎた。
父親の上司によると『立派な最期だった』との事。立派だか何だか知らないが、死んでしまったらそれまでだ。だから僕は冒険者になるのを躊躇っていた。
―――カッ カッ バタン
だが、こうして今僕は初級ダンジョンの入口の前へと来ている。他に食い扶持が無かったからだ……。いやいや仕方なく冒険者になってしまったが、父親の様に死ぬことだけは絶対に嫌だ。
(……いざとなると怖いな)
地下へと続く入口の手すりや階段の至る所に血の渇いた痕が残されていた。いくら初級ダンジョンとは言え、スライムやゴブリンは相手は命がけで冒険者を狙ってくる。こちらもか細い命を賭けなくてはいけないのだ……。
「はぁ~い♪」
やけにハイテンションな呼び声に、ビクッと背筋が驚いた。ゆっくりと振り向くと、そこには紅い服に身を包み大きなリュックを背負った女の子が居た。
「……な、何でしょうか?」
「へへ、旦那ぁ……お買い物していかない?」
冒険者相手の商人だろうか。彼女は激しい揉み手を止め、大きなリュックを軽々と降ろすと柔やかに笑った。
「それじゃあ解毒剤を一つ下さい」
「無いわ」
(えっ!?)
僕はおもわずキョトンとした。冒険者相手の商売で解毒剤が無い…………あ、売り切れか。それなら納得だ。
「それなら回復薬を一つ」
「無いわ」
…………あ! 武具屋さんか!
確かに今の僕は新品のロングソードと皮鎧しか身に付けていないからな。ちと財布が厳しいが品揃えだけは見ておくとするか……。
「あの、品物を見せて貰えませんか?」
「えーっとね、私がさっき脱いだ靴下でしょ? 今朝の食べかけのパンでしょ? 昨日の服、歯ブラシ、それからそれから―――」
(おいおいおい……冷やかしにも程があるぞ)
「じゃ、僕はこれで……」
「あぁん! 旦那待ってよ~!」
ダンジョンの入口を降りる僕の後ろを慌てて付いてくる彼女を無視して、僕はついに忌み嫌っていた冒険者としての第一歩を踏み出した。
(肌寒いな……)
ダンジョンの中は涼しさを感じ、壁は冷たく奥へと続く暗闇は人を寄せ付けない雰囲気を放っていた。僕は腰の道具入れから魔道照明を取り出した。
―――カチッ
魔道照明の灯りを点けると周囲が少し見えるようになる。この灯りが一過性の物で、こちらからは見えるが、向こうからは見えない為灯りが魔物に見付かることは無い。正に優れ物だ。
「……で、何時までついてくるんですか?」
「ん? へへ、へへへ♪」
柔やかに揉み手でやり過ごそうとする彼女。一体何のつもりなのかは分からないが、一人で潜るよりは良いかと思っている自分も居る。それ位にダンジョンは孤独で暗々としていた。正直帰りたい……。
―――ソロリ ソロリ
―――テク テク テク
一歩一歩慎重に進む僕と、呑気な足音で後に続く彼女。ロングソードを身構え腰が退けている僕は、敵に合わずに何とかお宝だけ持ち帰れる様に祈り続けている。
「旦那旦那、その角を曲がった先にゴブリンが居るよ♪」
「!?」
ダンジョンに潜る以上戦闘は避けては通れないと思っていたが、いざその時となると気が引ける。実際僕は少しカタカタと震えていた。
「あ、旦那ゴブリンがコッチに来るよ」
「や、やっぱり無理だよ……僕には冒険者は向いていない」
「旦那、このままだとモンスターがサプライズドユーするけどどうする?」
「だ、ダメだ……!! 足が震えて…………」
(あ、ダメ……意識が……)
僕は意識が遠退き彼女へと倒れ込んでしまった。
「え!? ちょっと旦那ぁ!?」
「……おい女、ヤラセロ」
「旦那!? ゴブリンに見られながらするのが趣味? 私は別に良いけれど……」
「何を言っている? あのゴブリンは俺に『殺させろ』と言っている」
「あれ、旦那何やら雰囲気が変わった?」
「知らん。だが不思議と何やら良い気分だ。だから軽くゴブリンでも殺してくるとする」
曲がり角の出会い頭、こちらに驚き身構えようとするゴブリンのドタマをロングソードで一刀両断。
「やだ、旦那格好良い♡」
倒れ込むゴブリンの影から低姿勢で素早くもう一匹へ斬り上げる!
ゴブリンの右腕から胸、肩まで斜めに両断!
「やだ……素敵過ぎて濡れそう♡」
―――ポキン
しかし、ロングソードは斬った勢いで真っ二つに折れてしまう。取れた剣先が死んだゴブリンの肩に刺さったままである。
「ちっ、なまくらめ……」
折れた剣を携え、怯んだ最後のゴブリンの首を刎ねる!
ゴブリンの首は取れ、体より先に地面へと落ちた。
「ふん、肩慣らしにもならん!」
冷たいダンジョンにゴブリン達の暖かい血が流れる。折れた剣先を引き抜き、鞘へと押し込んだ。
「おい女……何をしている」
「へ、ちょっとパンツが濡れちゃったから交換交換……ウヘヘ」
死んだゴブリンの隣で下着を脱ぐ女へと近付き―――
「え! 何々!? まさか本当にここでするの!? 確かに準備は出来てるけど……!!」
―――女の腰にあったダガーを引き抜いた。
「貰うぞ。代はこれからたんまり出るからついてこい」
「へへ、何処までも♪」
天に見捨てられたゴブリン達の脇を通り過ぎ、更なる深淵へと歩を進める。
途中で出会ったゴブリンの息の根を止め、スライムを死滅させる。それは容易く赤子の手を捻る様に簡単で酷くつまらなかった。
「旦那、あっと言う間に最下層だね」
「初級ダンジョンは地下三階だからな。さっさと済ませるぞ、飽きてきたからな」
地図を広げ目的の部屋へと進む。
「……旦那」
「ああ、スケルトンだ」
全身が骨で出来たアンデット戦士、見た目は悍ましく新米冒険者なら一目見て怯えてしまうだろう。スケルトンはゴブリンと違って怯える事も怯む事も無く、ただただ静かに得物に襲い掛かるのだ。迷いは禁物、ただやるだけだ。
―――シッ!!
こちらも静かにスケルトンの肩へダガーを斬り込む。斬り離された腕から胸のコアを狙い、素早く突き刺し素早く引き抜く。それだけでスケルトンは唯の骨へと戻ってしまった……。
「全くもってヌルい……で、何をしている」
「替えのパンツが無くなっちゃって……へへへ♪」
スカートの上から股を押さえる女は、恥ずかしそうにこちらを向いて照れている。コイツは緊張感というものを持ち合わせていない様だ。
「目的の部屋は目の前だ。さっさと行くぞ」
「待って~、おまたがスースーして歩きにくいのよ~」
小部屋の壁に冒険者ギルドの装飾が施されたタペストリーが垂れ下がっており、その隣にはバッヂの数々が置かれていた。その一つを外しポケットへと入れ仕事は終わりだ。
「これで次は中級ダンジョンへ行けるな」
「ねぇ旦那! 中級もついて行って良い?」
「ダメだと行ってもコッソリ来るんだろ? なら堂々と来い。ついでに良い武器の調達を頼む。お前は顔が広そうだ」
「ふふ、ありがと♪」
脱出用魔道具で二人纏めて地上へ脱出―――
「旦那、お疲れさま♡」
「…………」
「……旦那?」
「……うわー! 怖かったよーー!!」
地上へ戻るなり僕は泣き出してしまった。地下では何故か人が変わったように勇気が湧いてきたがそれもお終いだ! 足は震え手は痺れて動かない……。
「あらら、情けない旦那に戻っちゃった……はい、これ持って元気出してね♪」
何やら手渡された布の塊。柔やかに走り去る彼女はとても元気で、僕はそれから暫くその場で泣き続けた。そして落ち着きを取り戻し布の塊を広げてみると、それは一枚のパンツだった…………。
(…………)
パンツの中は酷くヌメヌメとしており、タグの所に小さく【カズハ】と名前が書かれていた。
(カズハ……か。出来れば二度と会いたくないな……)
僕はよろめく足取りで何とか家路へと向かった。後日パンツを売ったところ高値で売れた。暫くは働かなくて済みそうだ。
読んで頂きましてありがとうございました!!
残りの二話も宜しくお願い致します!!