第15話っ!うんえいさん!
「もう行っちゃった...」
美優の背中を見送った後、花凛は独りごちた。
まあ、彼女の言っている意味は分かった。
美優ちゃんは、本気なんだ。寂しいけど。
「私も頑張ろう!よし!」
切り替えるように両手で頰をパチンッと叩き、美優が向かった2層へのワープゲート方向とは逆の、山フィールドの方へと歩き出す。
まずは闘い方からちゃんと学んでいくつもりらしい。
なんせ、まだ片手で数えられるほどしか戦闘経験が無いのだ。
「まだ魔法も使えてないし...あと、アレも」
杖を買ってからというもの、なんやかんや色々あったので後回しになっていた魔法の存在を思い出す。
あと、〈ユニークスキル:百足連撃〉。
こちらもまだ、試せていない。
「取り敢えず、山フィールド?で山籠り修行だ!」
ワクワク。
はやる気持ちを抑え、でも早歩きでたくさんの山が連なるフィールドへと向かった。
近づくにつれ、街の活気が無くなってくる。心なしか建物も錆びれている様子。人通りもかなり少なくなっていた。
「...?なんか人が少ないな?」
花凛の知るところではないが、山フィールドは経験値、ドロップアイテムの有用性や換金率がともに悪く、めったにプレイヤーが訪れない場所である。いたとしても、基本変わり者だ。
「まあ、少ないに越したことはないよね!」
Twitterの影響で、ほんの少しとはえい有名になってしまっている。花凛はある程度危険視されるかもしれない。
その事を理解していたため、人目のない方が好都合だと解釈。引き続き山フィールドを目指す。
その時だった。
突然。
リクルートスーツに身を包んだ若男が、空から降ってくる。
シュタッ。
そして音を殆ど立てずに着地。黒いハット帽と白い仮面の所為で、表情は窺い知れない。まるで仮面舞踏会から飛び出してきたかのような服装だ。
「うわわっ!えっ、はっ?誰?」
男は動揺する花凛を一瞥し、ポケットから警察手帳のような物を取り出す。
「そんなに警戒しなくても。怪しいものじゃないんですよ。このゲームを運営している『ミチル』っていうんですよ」
柔和な笑みをたたえる。そして、パカっと開いた手帳には『うんえいのひと みちる』と手書きで記してあった。
「いや怪しいし警戒するでしょこれは」
信頼できる情報は何一つ無かった。
「心配しなくていいですよ。アナタ様、『カリン』さんのスキルについてお話ししに降り立ったワケでございますよ」
両手を挙げ、無害を証明しようとする。逆に怪しく見えなくもない。
「私の名前知ってる...ってことは本物か!あ、捕食についてでしょ?」
ようやく信じた花凛は、問い合わせるつもりでいた〈蜈蚣ノ捕食〉の件についてだと勘付いた。
「察しがよくて助かりますよ。そうです、今度のイベントは参加されるつもりなのですか?」
「勿論だよ!みれいゆちゃんに勝ちたいし」
まだ始めて3日目の、ガチガチの初心者である花凛がトッププレイヤーの美優に勝てる確率は低いかもしれないが、やれることは全部やって、全力で立ちはだかりたい。
体育会系の花凛の考えていたことだった。
「そうですよね。でも、捕食はオート発動。人間にも発動してしまうのですよ。そこでですよ」
男は、一旦区切って咳払いをする。
「『対プレイヤーにおいては今後一切発動しないようにする』って事にすることが、運営側で可能なのですよ」
この条件が飲めないならば、今回のイベントは見送ってもらわなければならないのですよ、と続けた。
今後一切。
花凛は僅かに逡巡したが。
「全然いいよそれで。私、カニバリズムでカーニバるつもりもさらさら無いし」
ナマでヘビを食い散らかす花凛もまだ、行くトコまで行っていなかったようだ。良かった。
「ありがとうなのですよ。今日中にこちらで対応しておくのですよ」
ホッと胸を撫で下ろした男は、
「あと、なにか質問あるのです?」
と、聞く。
花凛は空を仰ぎ少し思索に耽った。
「特に無いけど...。あっ、強いて言うならその『〜なのですよ』ってゆー語尾、直らない?ちょっとウザいかも」
初対面の、しかも年上に「ウザい」などと言える花凛の胆力にも呆れたものだ。
男も若干面食らっていたが、なんとか気を取り直すように答える。
「これは口癖なので...す。質問はそれだけなら最後に一つ警告があるのですよ...です」
語尾を直そうとしているところに生真面目さを感じながらも、花凛は返事をする。
「けーこく??」
男は続ける。
「はい。今度の対人トーナメントなのですよ。アナタ様は、『妬まれる存在』である、ということを肝に銘じて置いて欲しいのですよ」
「語尾」
「と、とにかく忠告しましたのですよ!ではでは」
別れの挨拶もほどほどに、彼は空に旅立って行った。
花凛よりも素早いスピードで。
空に消えてった後。
「『妬まれる存在』ねぇ...」
運営に直接、個別に対応され、忠告された。
改めて自分の特異性と強さを、肌身を持って感じた花凛であった。