ぷろろーぐ!始まりは些細なことで。
「ひーまーだー!」
声に出しても暇なのは変わらない。自室の端から端までごろごろ、もうひとつごろごろ、と一往復する。ボブカットの髪が首に絡まって痛い。小柄な体躯が壁にぶつかった。
「何してんだろ、私」
城本クリニックのCMごっこを辞め我に返った彼女、日暮花凛は全治半年の大怪我を負っていた。
彼女は陸上部のエースだった。過去形なのは怪我が原因である。
勿論、故障の件は部活仲間や顧問の先生から大変嘆かれたが、本人はそれ程悲しんでいる様子は無い。
寧ろ「最近、陸上飽きてきたしなー」くらいに軽い気持ちでいたのだ。
高校2年の夏休みであるし、そろそろ受験のこととかも考えねばならない頃合いだ。
陸上人生、まあそろそろ潮時かな?とも彼女は思っていたのだが、流石に夏休みには時間を持て余し過ぎていて。
「こんなことなら、夏期講習でも入れておけばよかった....。」
嘆いたところで後のフェスティバルである。
ポケットからゴソゴソとスマホを出して漫画を読む。
無料で1日1話漫画が読むのが暇すぎる彼女の日課になっていた。
主に今読んでるのはラブコメディ。キュンキュンしながら読む乙女である。
いやこれが、ホントに面白いんだ。
「うわマジかー!次の話気になるー!......ん?何だこれ?」
告白シーンが描かれた最後のページ。繰ったあとに表示されたのは、とあるゲームの広告だった。
〈ケガして動けないそこのあなた!是非VR MMORPG NEW LIFE ONLINEへお越し下さい!!〉
と、いう文字が剣を持った美形の男と女のイラストの隣に踊っている。
花凛を狙ったかのような怪しい広告だったが、偶然。
当然それに、好奇心旺盛も旺盛な彼女が反応しないはずは無くて。
「おもしろそう!お金も余裕あるし買ってみよう!ゲーム、すごい久しぶりだけど!」
目を輝かせながら財布を持って家を飛び出した。
・ ・ ・
「まさか...5万もするとは....」
数時間後。
電気屋から帰ってきた花凛With重い電気屋の袋&すっからかんの財布。見事な反比例が成立していた。きっと綺麗な双曲線が書ける。お年玉貯金を綺麗さっぱり失った。
最新のハードとソフトである。ある程度値が張るのはは当然だが、ゲームに疎い花凛の知るところでは無かった。
「でもこれで、身体を自由に動かせるんだよね...。よし、装着!!」
店員から少し説明を受けていたので、VRゴーグルの装着まで手間取ることはなかった。ソフトを挿入することも忘れない。
そして、
「カリン、GO!!」
ユーザーネーム+GO!がゲームスタートの合図である。
〈使用者の解析を行います...暫くお待ちください...〉
機械的な音声が聞こえて、体感時間2、3分後。
〈準備が完了しました....NEW LIFE ONLINEへ接続します...〉
真っ暗だった画面が急に眩い光に包まれ、花凛は思わず目を瞑る。
そして目を開く。
初心者ギルドと呼ばれる中世的な建物の中に、花凛は立っていた。