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序章

「___! __やっ! __い! _きろ!!

起きろ! (あや)!! 」

「痛ぁぁっつ!!? 」


目つきの鋭い少年に背中を殴られ飛び起きる一人の少女。ヒリヒリとする背中をさすりながら、彼女――紅月(こうづき)(あや)は顔をあげた。


「うわっ」


彩が顔をあげた瞬間、汚いものでも見た様に顔をしかめる。



「おいおいおい待て待て、悲しい。彩ちゃん悲しい。今ね、私の心にこーう釘がグサァって刺さった。もうね、なんだろ。今までの君の毒舌とか暴力よりもさ、こー…ね? わかる? 最小限の言葉で、最大限の嫌悪を表される感じ。しかも、顔が! 言葉でなくても顔が――――」



身振り手振りで悲しさを表現する彩。そんな彩の行動に目もくれず、少年はズボンのポケットからハンカチを取り出し、それを彩の顔面に叩きつけた。



「――――ってまたァ!!? はぁ!?」

「顔を拭け、顔を。こっちだってなぁ? 俺とおんなじ顔が、口の周りにべたーってよだれ残されちゃぁ……嫌悪感で殴りたくもなってくるんだよ。許せ、悪いのはそんな顔してるお前だ」

「酷すぎる!! DNAはどう抗っても無理だって! 文句を言うなら、双子で産んだ(とお)さんと(かあ)さんに言えよ!!」



まさか、もうどうにもならない事で文句を言われるとは。理不尽だ。

投げられたハンカチで乱暴に顔を拭き、自分と瓜二つの顔に向かって投げ返す。それを自分の顔に当たる直前でキャッチし、なんのこと無しにポケットに仕舞う。そして、チラリと彩を見た。


「うぅぅ……ぐぅ」


目線の意味を理解した彩は、「屈辱だ……」と零した後、


「ありがとうございました! 忠告どうも!!」


ちゃんとお礼も言うと、ふんと鼻を鳴らす。

その態度に「わがままかよ……」と彩はため息を吐いた。


自分の目の前で、我が物顔でいる彼――紅月(こうづき)(けい)は、彩の双子の弟である。それを示すように、二人の顔はまるでそっくり。ただ、性別が違うため見分け方は簡単だ。


ぴょんぴょんと跳ねる二つ結びは耳のちょうど上で結ばれておりシンプルに百均で買った茶色のゴムで留られている。話していないと気が済まない為に、だいたい口元がにやけており、そして、見つめられると僅かに心臓が冷える、底の見えない真紅の瞳、それが彩。


きっちりストレートの短髪、前髪は目に若干かかるくらいで、横部分はこれまた最近流行りのツーブロックをあしらっている。負の感情以外が極端に顔に出ない為デフォルトの口がへの字型、そしてこれまた目つきが鋭い青の瞳、それが圭。


ちなみに、圭と彩は軽いくせ毛なのだが、それが嫌な圭は、毎朝ヘアアイロンで髪を真っ直ぐにしている。それでも、無情にも時間が経つにつれ髪がぴょんぴょんしてしまう。そのたびにどうにかしようと試行錯誤している圭を、生暖かい目で見守っている彩のことを、圭は知らない。




「そうだ、目は覚めたのかよ」


疲れ果てた顔をしている彩に、気にせず圭は聞いた。


「……おう、弟の粋な計らいでね。私がハーレム築いてたってのに、君はすっごく薄情な奴だよ」

「そりゃよかった」



皮肉に気づかず(気づいていて無視しているのかもしれないが)圭は微笑んだ。だがしかしこの男、柔らかい表情なぞできる柄では無い為に、いわゆる漫画の悪役がするようなニヤリとした意地の悪い笑みである。彩は「うっぜ〜〜! 私の弟うっぜ〜〜!」と、声に出して分かりやすくイラつきを示している。どうせ、「俺のおかげだからな」とか思っているんだろう。余計なお世話だ。けっ。


あと少しでも夢の世界にいれば、自分は可愛い女の子たちとキャッキャウフフして、あーんってパフェを食べさせてもらえて、大好きなモモちゃん(夢の世界で出会ったツインテールの女の子)と一緒に遊べたというのに。そんな彩の寂寥感は、次の圭のセリフで吹っ飛んだ。



「黒板見ろ」

「へ?」

――あ、そういやここ三葉の教室だっけか。



一瞬なに言ってるのか分からなかった彩は、周りを見渡した瞬間、ここがどこだったか思い出す。

国立三葉学園のとある教室。陽当たりがよく、春はぽかぽかと暖かい。窓からは満開の桜が見える。少し前まで教室に誰かいたのか、並べられている机それぞれにカバンやら上着やら色んな物が置かれていた。


いったい、生徒らはどこに行ったのだろうか。まぁ、理由は黒板を見れば分かりそうだ。

圭の視線に押され、彩は黒板を見やる。



――8時30分までに、新しく1年A組に配属された者は、荷物を持たず音楽大聖堂に来るように――



「ほ~ん?」



至極簡潔で分かりづらい言葉に、彩は目を細める。紅い瞳が、さらに濃く染まる。空気が張り詰める。


「時間厳守だとよ」

「ご丁寧にでかでかと書いてあるものねぇ……。主張が激しい」


時間厳守、だけで分かるというのに、後に“!!!!!”と続くもんだから、その子供らしさに「アンバランスだ……」と笑いがこみあげてくる。


そして、時間を確認するために時計を見た。

彩の顔が、笑顔のまま固まる。嫌な汗が頬をつたった。



「……で、やばいよねこれ?」


張り詰めた空気はどこにいったのか。彩はどこか悟った顔で圭を見る。

ただそれでも、ギリギリなだけでダッシュすれば大聖堂に間に合うはずだ。……多分。


「あぁ、そうだな」

「その顔ものすごくむかつく」


“俺が起こしたおかげだ”と目で語ってくる圭。その涼し気な顔をデコピンでもしてやりたいと思いながら、実際助かっているのは事実なので、理性で怒りを押さえつける。双子だからだろうか、それとも姉弟だからだろうか。圭の割と些細なところで簡単にイラッとする習性が彩にはあった。


ふぅ……と長い息を吐き、彩は首を回す。そのまま、手、足と入念にほぐしていく。



――なにしてんだ、コイツ?

いったい何をしているのか分からない圭は、そんな彩の行動に(ハテナ)を浮かべるだけ。



――ここから大聖堂までの距離は、結構かかる。

全力ダッシュで間に合うか間に合わないか。んー半々か、な。



彩は、不思議そうな顔をする圭をチラリと見た。



―――――――うん、置いてくか。




瞬時に判断し、彩は目線を出入口に向ける。

そして、

「行くぞ!!」

叫んだ。



一瞬呆気に取られてしまった圭。だが、すぐに状況を理解する。


「死ね。クソ姉貴」


後ろから、彩を追いかけるように廊下を駆ける音がした。




ぽかぽかと、眠気を誘う春の陽気。

ここは、国立三葉学園。日本最高峰の、異能力者育成学校だ。

そんな学校のある教室にいるのは、一人の少女と無言で黒板と少女を見やる少年の二人。


窓からは柔らかな太陽の光が射し込み、灯りが点いていない教室を明るく照らす。

少年は、ふと目線を窓の外に移した。眩しさで少し目を細める。目線の先には、鮮やかなももいろに彩られた三葉学園の風景。風と踊るももいろは、少年達を祝福しているように思えた。



――『入学式』

少年の頭にあるのは、そんな、これからある式のこと。


「……なぁ、彩。俺たち、この三葉の高校生になれたぞ。

母さんも、父さんも、兄さんも、あいつらも、喜んでくれるかな。

……俺、いや、いいや。まだ、だし」


机にかぶさり、スヤスヤと寝息を立てる少女。

少年は、そんな少女の頭を優しくなでた。


「まだ、これから。こんなんで安心してちゃだめだ」


少年は、そうやって自分を鼓舞し、目の前の少女を起こすべく、手を振り上げた。




――――そんな、少女が起こされる少し前のお話し。

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