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また会おう

作者: 工藤零



神様は一体何を基準に人を生み出しては消しているのだろうか。

白いシーツを前にして、俺は初めてそんなことを考えた。

ここに来てもう3日が経つ。


ずっとここにいるから風呂にも入っていないし、寝てもいない。

目を閉じればあの光を思い出してしまう気がしてとても寝る気分にはならなかった。

どうして自分たちだけこんな目に合わないといけないのか。


自分たちは不幸な目にあったのにいつもと変わらず空は晴れていて、外は憎いくらいに暑かった。

何も変わらない世界。突然嵐がくることも地震がくることも無い。

当たり前のことだけれど、今回初めて自覚した。


ベットの上で眠る彼の顔はとても安らかで、全身に重傷を負っているとは思えなかった。

彼の顔を見つめれば見つめるほど、自分の存在がかき消されていくように感じた。

慌てて目をそらそうとしたが既に遅かったようだ。

視界は暗転し、俺は重力に負けた。







「実は僕、生まれつき病気を持ってるんだ。その病気の名前はよく分からないのだけれど、いつかは死んでしまうんだって。それでも君は僕と一緒にいてくれるかい?」


彼はそう言って作り笑いをした。

その後の俺の言葉は、……覚えていない。

いや、言えなかったのだった。


後ろから暴走した車が来て彼を潰したからだ。

彼は俺をかばうようにして俺に覆いかぶさった。

その時の彼の顔は笑っていた。


あいつはいつも笑ってる。

でも、あの時ぐらい、痛い顔しろよ。苦しい顔しろよ。

最後まで笑顔で、君が助かってよかった、だなんて。

どうしてあいつはいつもそう人の事ばっかなんだ。


あの時もしも俺達の立ち位置が逆だったら。

俺だったら丈夫だから彼が傷つく事は無かっただろう。

彼がああやって笑うこともなかっただろう。

俺なんかが生き残って残りがどれだけか分からない彼の命が今、奪われようとしている。


どうして。

彼は生まれるときも完璧な形ではなかったのに。

どうして。

完璧な形で生まれた他人に命を削られなければいけないのか。

どうして。

人は皆平等になれないのか。


彼だけ報われない。

彼だって必死に生まれて、育ってきたのに。とてもいい奴なのに。

涙がこぼれた。





「は、初めまして。こんにちは。こここ、これから1年間よろしくお、お願いします。……っ」


初めてあった時の彼の顔は笑ってはいなかった。

下を向いて、顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうだった。

その時の俺は……。笑っていた。作り笑いだったが。

彼に出会う前の俺は作り笑いばっかだった。

ろくに笑った記憶なんてない。


でも、その後彼が深く頭を下げた為、机の角に額をぶつけて俺が大笑いをしたのを覚えている。

あの時からだ。俺が毎日のように笑ったのは。

たった数か月の付き合いだけれど俺達はすぐに親友になった。

毎日のように一緒にいて、2人だけでいろんなところに行った。


あの日々が戻らないのなら俺はあいつと一緒に行きたい。

ずっと一緒にいたい。ずっと一緒に笑ってたい。たとえ周りがどう思おうとも。

ずっと、ずっとずっと一緒に……。


そこで、今自分が寝ていたことに気づいた。

目が覚めても、彼が目を醒ます、なんていう奇跡は起こらなかった。

いつの間にか流れていた涙は腕で拭っても拭っても止まる事は無かった。

今までの思い出がとどめなく心の中に溢れてきてははちきれそうだった。


彼の眠る白いベットに涙が落ちる。

俺たちの友情はこの涙のようにすぐに落ちて吸い込まれてしまうようなものだったのか。

案外そうかもしれないな。

俺達が出会ってまだ半年もいっていない。


いや、でもまだ一緒にいたい。一緒に遊びたい。

だから、死なないでくれ。

涙を止めるのをあきらめて、俺は彼の手を力強く握った。

彼の手は華奢でこれ以上力を入れたら砕けてなくなってしまいそうだった。

彼には残された寿命をまっとうに生きてほしい。

彼のあの言葉の後、すぐにそう言えばよかった。

そうしたら、彼は今、目が覚めていたのかもしれない。


どうかどうか。


――彼が助かりますように。









それからしばらくすると、彼の母親がやってきて俺を病室から追いやった。


「息子を見てくれるのはありがたいが、もう3日も経っているから一旦家に帰ってほしい」


言われて、確かにそうだと思った。

今まで気にしていなかったのだが、自分の体をよく嗅ぐと臭かった。

帰宅途中、何度かすれ違う人に注視されたが何も言われる事は無く無事に帰ることができた。

玄関を開けても誰もいない。

両親は海外旅行に行っていていなかった。


この歳になっても仲がいいのは本当に不思議だ。

壁を探って電気をつける。

部屋は彼と出かける前と何ら変わらなかった。

記憶を頼りに部屋着を探す。

風呂場に行き服を脱いでシャワーに入った。


冷蔵庫を開け、食べ物を探す。

タッパーに入っているご飯を見つけた俺はそれをレンジに入れ、その間洗濯を回すことにした。

先程脱いだ服をよく見ると血痕が付いていた。

もうこれは着れないな、そう思いながらそれを洗濯にかけた。

丁度いいタイミングでレンジがご飯が温まったことを知らせた。

お皿に移すのも面倒くさくてそのまま食べることにした。


リモコンを手に取りテレビをつけた。

チャンネルを変えてもバラエティかニュースしかやっていなかった。

仕方がないからニュースをつけておく。

無意識に箸を動かしながら、自分がとてもお腹が空いていたことに気づいた。

ニュースでは、色々な事を言っていたがそのほとんどが頭に入ってこなかった。


次に流れてきたニュースが、有名な漫画家さんが無くなったといっていた。

これ聞いたら絶対あいつ悲しむな。

そして次に耳に飛び込んできた言葉に俺はテレビを消さざるを得なくなった。

ブラックアウトした画面に自分の顔が映っていた。それにさえ嫌気がさして俺はまたテレビをつけた。


先程やっていたニュースは終わったようだ。今は天気予報だ。

流れ作業で口の中にご飯を突っ込む。

次に箸でご飯を掴もうとするともうなかった。

俺は立ち上がりタッパーをシンクに投げ入れ、蛇口をひねって水を飲んだ。

もうすることは終わったわけだがまだ何もする気は起らず椅子に座って天井を眺めることになった。


白い天井に彼の笑顔が浮かび上がった。

彼の笑顔はたくさんあっていくらでも出てきそうだった。

あいつは凄いな。いつでも笑ってる。

俺もその笑顔につられて何回笑ったか。

あいつには俺の笑顔がどんな風に見えてたかな。


俺があいつに感じるものと一緒だったらいいのにな。

あいつの笑顔を思い出しているうちに眠くなったからそのままの姿勢で寝ることにした。

今日はもう寝よう。

そしてまたあいつの隣に行こう。









目が覚めるともう夜だった。

頭はすっきりしている。

これはまだ眠れなさそうだな。


少し小腹が空いている。

だが、もう食べられるものがない。

仕方ないからコンビニにでも行くか。


両親から預かっているここしばらくの食費を部屋着のポケットに突っ込みサンダルをつっかけた。

外は蒸し暑く、いくら夏とはいえ、日の落ちた夜だとは思えなかった。

肌に張り付く水分を鬱陶しく思いながら家の目の前にあるコンビニの自動ドアをくぐった。

冷房が俺の汗を冷やした。


やはりコンビニは涼しいな。しばらくいたら寒くなるのだが。

まっすぐおにぎりコーナーに向かい塩味を選んだ。

おにぎりをレジに置き、俺は約1分で買い物を終わらせた。

コンビニを出ると、そこには知り合いがいた。


「お!……じゃん。お前も夕飯買いに?」


「あ、ああ」


彼は確か、同じクラスの鈴木だったか。

普段クラスの奴らと喋んないとこういう時困るな。


「奇遇だな!俺もなんだよ。何買ったんだ?……塩おにぎりか。渋い趣味してんな。あ、そうだ。あいつは?今日は一緒にいないのか?」


俺は首を縦に振った。


「そっか。まあ、どんだけ仲が良くてもいつでもどこでも一緒って事は無いよな。じゃあ、俺は弁当買いに行くから。……じゃあな!」


そう言って手を振りながら鈴木はコンビニの中に消えた。

そういえばあいつはニュース見ないタイプだったな。

そういうやつが人を無意識に傷つけるんだ。


まあ、でもあいつの方がましだ。

もっと質の悪いやつは沢山いる。

俺らにとって鈴木はクラスの中で最も付き合いやすいやつの1人だった。

1日に1回は話しかけてくれる。


爽やかな笑顔だったはずだ。

でもやはり、俺の世界には関係のないやつには変わらない。

俺は振り返ることなく家へ向かおうとした。

が、また知り合い、いやクラスメイトに出会った。


「やあ。……君。君もコンビニかい?いや、もう終わった後かな?そういえば、彼の事、残念だったね。まさかせっかくの夏休みなのに事故にあってしまうなんて。本当、冥福を祈るよ」


「……まだ死んでねえよ」


「おや?そうだったかい?まあ、いいや。じゃあ、君も夏休みを満喫したまえ。まあ、相棒なしじゃ寂しいだけだろうがね」


「……」


あいつはクラス委員だ。他の皆にはある程度優しいのだが俺にはあからさまに反抗的な態度をとってくる。

ああいう上から目線は大嫌いだ。

嫌いなら触れてこなければいいのに。


「くそっ……」


どいつもこいつも無神経な奴ばかりだ。

俺は苛々した気分のまま帰宅した。

おにぎりを喉に押し込み水で流した。


これから何をしよう。

いつもは何をしていたっけ。

いつもは……、あいつと電話で話していて寝る時まで一緒にいるようだった。


本当に、出会ってからは何もかも変わってるな。

その前は何をしていたんだろう。

思い出せない。

出会ってからの半年とそれまでの16年間の重さが同じみたいだ。


そうだよな。それまでの俺は見せかけの笑顔で顔を包んで生きてきたんだから。

本気で笑ったのは出会うまで一度もなかったとも言える。

どうしてかは分からないが、俺が変わっていたんだろう。

そしてあいつも変わっていて変わっている二人がいて普通になったんだ。


片方がいなくなったらもう普通じゃなくなる。

その後はどうすればいいんだ……?

駄目だ。こんなことは考えてはいけない。

絶対助ける。いや、助かる。助ける。


明日にはあいつのそばに戻ろう。

そして、毎日、欠かさず声をかけるんだ。語り掛けるんだ。

あいつの目が覚めるまで。

何度だって。










俺が病院に通い詰めてから2週間が経った。

その間に、彼が目を醒ます事は無かった。

今日も彼の隣に座って話しかけていたが、目を醒ます気配はなかった。


俺は昔の生活を再開した。

両親も長い旅行から帰ってきた。

彼が眠っていても、当たり前のように時は過ぎていくし、変わった事も何もなかった。


「……俺はこのままでいいのかな」


これからは彼がいない生活になるのかもしれない、最近そう思い始めた。

諦め掛けている。

でも、この世からいなくなってしまうとは思っていない。

そうじゃないか。


余命がもともと少なかった人が、こんなことで神様から見放されるだなんて。

しかも何も悪い事はしていないのに。

でも、こうして眠っている間に、今度は別の死神からの出迎えが来てしまうかもしれない。

それだけは、どうかそれだけは止めてほしい。

せめて後もう一度、後1回位はあいつと会わせてほしい。

俺がいなくなってもいいから。


どうせあいつがいなくなってしまうのだったら、その時に俺もいなくなってしまいたい。

ここ最近、考えるのはそのことだけだ。

―――あいつの笑顔をもう一度見たい。









「やあ、久しぶりだね」


「……!」


「いつも僕の隣に来てくれてありがとうね。君が掛けてくれる言葉、いつも感動して泣きそうになるよ。本当にありがとう」


そう言って笑うのは彼だった。


「どうして……!」


「ここはあの世とこの世の境目。僕はここ最近ここでのんびりしているよ。まだ死ぬ踏ん切りがつかなくてね。運ばれていく人を見ながら君の言葉を聞いていたんだ。あ、僕の大ファンだった漫画家さんがいなくなってしまったのは本当に残念だよ。まあ、ここで見かけたのだけれどね。そうそう。色んな人がいたよ。まだ若い人も、年老いた人も。僕は若い方と言えるのかな?そうだといいな」


「……」


「……そうだ。こうしてまた君と会えたんだ。もう僕の未練はないよ。そろそろ向こう側に渡ろうかな」


「駄目だ!俺にはお前が必要なんだ。……だから、行ったら駄目だ」


「……でも、分かるんだよ。このまま待っていても、僕の中に昔から住んでいる死神が僕を連れて行こうとしていることが。だから、自分から行こうと思うんだ。もう向こうで目覚める事は無いと思うし。だからね、さようならだよ」


「……駄目だ。お前がいなくなったら俺はこれからどうすればいいんだ。どうやって生きていけばいいんだ。お前がいないと俺は駄目なんだよ」


「全く。君は16歳になっても甘えん坊さんなんだね。大丈夫だよ。君なら僕なしでも生きていける。君は本気で笑えるようになったじゃないか。君は十分変わったよ。だから、大丈夫。さあ、もう時間だ。君は戻って。僕は行くよ。じゃあね」


そう言って、彼は笑った。手を振る。


「じゃあ、ね。くれぐれも僕の元へ来ようと思わないでね。でも、……また会おう」


彼は一筋の涙を頬に流した。それでも笑顔のままだった。

最後までいい奴だった。一生の相棒だ。

俺は涙が止まらなかった。

これが夢であってほしいと、何度願ったことか。


涙を拭おうと手を持ってきたが、その手は半透明で、涙を止めることはままならなかった。


「ほら、泣かないで。僕も泣きたくなっちゃうじゃないか。ほら、行っておいで。バイバイ。元気でね。また会う日まで」


「うぅ……」


俺は涙を必死にこらえ、彼のような、笑顔を作って見せた。

すると、彼も笑った。

もう言葉は必要なかった。

最後まで俺は何も言えなかった。


でも、それでもいい。どうせまた会える。

心の中で俺はありがとう、を伝えた。

あいつに聞こえただろうか。

彼が離れていく。


―――そして何も見えなくなった。










「……君!……君!」

目が覚めた場所は彼の隣だった。

彼の母が俺の名を呼んでいる。


「起きた?よかった。びっくりしちゃった……」


彼の母の声は随分と弱弱しかった。


「あの、どうかしたんですか?」


彼の母は今にも泣きだしそうだった。

その様子を見て俺は彼が本当に行ってしまったことを悟った。


「実はね……」


「……大丈夫ですよ。分かってますから」


「ごめんね。ごめんね。本当に、信じられなくて。あの子がいなくなっちゃただなんて。今さっきだったの。起こそうと思ったんだけどね。起こしちゃいけないような気がして」


「ええ。起こしてくれなくてよかったです。実はですね……」


俺は、さっきあったことを彼の母に言おうと思った。

だが、それは言わなくてもいいような気がした。

あいつと俺だけの秘密だ。


「……?」


「……いや、何でもないです」


「そう。……」


「じゃあ、俺はこれで失礼しますね。なにかとここにいると邪魔かもしれませんで」


「ええ。ありがとう。最後まで一緒にいてくれて」


その言葉に俺は微笑で返した。

最後に、彼の笑顔を確認して、病室を出た。


……これでよかったのだろうか。

いや、良かったに決まってる。

今はそう思うしかない。


俺は角を曲がり、階段を上った。

そして扉を開く。

青い空。雲一つなかった。


前へ進む。

屋上の柵に手をかけ下を見た。

向こうに行けばあいつが待ってる。

でも、今はその時じゃない。


あいつも言ってる。

「くれぐれも僕の元へ来ようと思わないでね」って。

だから、俺はあいつの代わりに残りの人生を全うに生きていく。

きっと、それがあいつの望みだ。


青い空にピースサインを掲げ、俺は笑った。

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