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忘れない宝物  作者: ブレンド
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見上げれば花浅葱

僕の育った故郷、伊吹島を舞台としたお話です。

とても素敵な島なのですが、知名度はとても低く、過疎化にも悩まされています。

そんなこの島をたくさんの人に知ってもらえたらいいなと思い、書き始めました。


更新頻度は遅くなると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

 出航まであと五分・・・


 真上から照りつける太陽の光が容赦なく地面を焦がす。その上で働いている定期船の船員達の首筋にはうっすら汗が浮かんでいる。

 船の待合室にはすでに人影は無く、島へと渡る人は船内で出航を待っている。わざわざ船のデッキに出ているのは、荷物の多い釣り目的の観光客。さらに、待ち合わせた人数に一人足りず、待ちぼうけをくらっている伊瀬優希(いせゆうき)たちだ。

 初めは船に乗らず、切符売り場の近くで待っていた優希たちだが、出航時間が近づいても姿を現さない(たける)にしびれを切らし、船の上へと移動していた。船のデッキにはビニール製の屋根が貼られているので、日差しを回避できる。

「なかなか()んな。間に合うんか、あいつ」

 港へと続く道に目を向けながら優希がため息混じりに呟く。どうせギリギリで来るだろうとは分かっていたものの、実際そうなってみると優希は少し焦りを感じていた。

「尊のことやしどうせ間に合うやろ」

 優希の隣で船の柵にもたれかかっている久保柚美(くぼゆずみ)が言う。

 優希と違ってまったく焦った様子のない柚美は、先程自販機で買ったアイスを舐めていた。グレープ味のアイスはすでに半分もなく、下の方が少し溶け始めている。溶けたアイスが落ちないように器用に食べ進めながら柚美は尊が来るであろう道を眺めていた。

 そんなのんびりとした柚美が隣でそわそわしている川端舞(かわばたまい)に話しかけた。

「やけん、ちょっと落ち着きなって舞。いつものことやん、尊がギリギリなんは」

「でも、もうあと五分やで」

 そう言いながら舞の視線は道路と腕時計を行ったり来たりしている。

 尊の遅刻癖を経験しているのは二人とも同じなのに、この振る舞いの差はなんだろうな、と優希は思う。一方は悠長に構え、もう一方は遅れたらどうしよう、と気が気でない様子だ。単に性格の差か、あるいは――

「あ、あれそうちゃん」

 優希が考え事をしていると、唐突に柚美の声が聞こえた。

 優希はぼんやりと眺めていた道路に焦点を合わせ、柚美の言った物を見つけようとする。が、探すまでもなくそれはすぐに目に付いた。

 男の乗った一台の自転車が猛スピードで港の方へと近づいてきていた。約束にはいつもギリギリで現れ、三人を、主に舞をひやひやさせる、三好(みよし)尊だ。

 尊はスピードを緩めることなくペダルを漕ぎ続け、船がまだ出ていないことを確認して安堵の表情を浮かべる。そして、キキィと派手なブレーキ音を出して、待合室の地下にある駐輪場へと吸い込まれていった。

 そしてその直後、息を乱した尊が飛び出してきた。

 ここに来るまでずっと全力で漕いでいたのだろう、尊の髪は汗で濡れ、太陽の光でキラキラと輝いて見える。

「おーい、はよせんきゃー」

 声の届く距離まで来た尊に舞が手を振りながら声を投げかけた。

 それを見て、こちらの姿を確認した尊が手を振り返してくる。尊は車の通っていない道路を横切ると、切符売り場には寄らずにまっすぐ桟橋へと向かってきた。

 陸と船とをつなぐ桟橋は船が出航する少し前に外される。そのため船に乗る人は出航より少し前に船に乗っていなければならないのだが、尊は時々、それにすら遅れることがある。

 では、桟橋が外されるともう船には乗れないのかというと、そうでもない。実はデッキのある階の一つ下の階へと通じる扉があるのだ。そこなら桟橋は必要なく陸から直接乗ることが出来る。しかし、一見してそれは船員が使うような場所にあり、初めて利用する客は使おうとは思わない。何度も船を使う島の人たちはその入口を使って下の階に直接入ることもある。

 この日はまだ桟橋が降ろされてはおらず、尊は桟橋を渡って優希達のいるデッキへと向かった。先程までは焦って自転車を漕いでいたくせに、ここまで来ると彼のスピードはとてもゆったりとしている。更には「わいら(おまえたち)早いなー」などと軽口を叩く余裕まで生まれていた。

「いや、ユズ達が早いんじゃなくて尊が遅いんやし」

 さっそく待ちわびた柚美が反論する。

「ええやん別に。船には間に合ったんやから」

「心構えの問題やろ? 五分前行動くらい常識やん」

「うるさいなー。分かっとるって」

「いや、分かってないやろ。分かってないからこうやって遅れるんやん。ホンマに治らんなー、尊のそういうとこ」

われ(おまえ)のそういうところもな」

「はあ?」

「まあまあ二人ともそれくらいで」

 更にヒートアップしそうな空気を察知した舞が慌てて仲裁に入る。

 こういう場面で二人の間に入っていくのは決まって舞だ。優希はというと、とにかく傍観に徹する。というのも、彼は尊と柚美の衝突は放っておいても勝手に収まることを知っているからだ。過去に大喧嘩にまで発展したのは一回のみ、だいたいどちらかが折れて収束する。

 もちろん、舞もその事は分かっている。だが、気の優しい舞は今回のように争いが大きくなる前に仲裁に入ることが多い。放っておけばいいのになあ、と優希は毎回思う、が口には出さない。実際、舞が仲裁に入ると素早く収まるからだ。

「もー、そうやって舞が甘やかすけん、こいつの遅刻癖が治らんのやん」

 はあ、とわざとらしく肩を落とした柚美が舞をにらむ。

「でも、尊も遅れたわけやないんやからええやん」

 柚美の視線も気にせずに舞は言った。

「だーかーらー、遅れたかどうかやなくて心構えを直せって言うてるんよ、ユズは。待っちょる人が心配するやろって話」

 まったく心配する素振りを見せなかったお前がそれを言うのか、と優希は少し苦笑する。しかし、彼女の言うことは正論だし、最も心配していた人物を考えると彼女の気持ちも理解出来た。彼女はなにも尊の行動が気に入らないというだけで突っかかっているわけではないのだろう。

 柚美の言いたいことに気付いたのか、舞が少し俯きがちに答える。

「確かにそれはそうやけど」

「ほら、そうやろ。やから、尊!」

 言いながら柚美は尊の方へ向き直る。

「はいっ」

 突然自分に話が戻ってきてびっくりした尊がとびあがった。

「尊が遅れたら舞が心配するんやから、舞を心配させんように、ちゃんと余裕もって行動せな」

 舞、のところをいちいち強調しながら柚美が早口に言い終えた。そして、それを受けた尊が少しバツが悪そうに答える。

「はいはい、今度から気を付けるわ」

「ほんまやなー? 次やったら舞がキレるで」

「なんでさっきから舞ばっかりなんや」

 にやけながら舞の方を向く柚美に舞が顔を赤くしながら抗議する。

「だって、そりゃあなー?」

「なあ、中入るん? 外でおるん?」

 次の話題に移る前に優希が強引に割り込んだ。この話になると長くなりそうだと思ったからだ。

 優希の言葉に柚美が話を中断した。

「あー、どうしよか」

うら(おれ)はまだ暑いけん外でおるわ」

「ならユズも外でおるわ。今日は風が気持ちええし」

「じゃあ、舞も」

「じゃあ、うらもそうしよか」

 全員の意見が一致したところで、船のエンジン音が大きくなり、汽笛が鳴り響く。出航の合図だ。船員たちも船に乗り込み、桟橋が降ろされる。


 観音寺港と伊吹島とを結ぶ定期船『ニューいぶき』、通称『伊吹丸』。全身を白で覆われたその船は代を重ね、島と本土を繋いできた。

 いつから始まったのか、今は何代目なのか、優希たちですら分からないほどの歴史を背負ったその船は、今日も民を乗せて島へと帰る。


最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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