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神四路B/W 短編

【神四路B/W】 秋晴れデートは喧嘩日和

作者: 風月 或

 季節は秋の初め。夏よりも青が薄くなった秋晴れの、まさに出かけるには絶好の日和だった。

 休日の昼時ということもあって、駅前広場は平日にはない賑わいを見せていた。雑踏の中を待ち合わせ場所に向けて歩きながら、トラは自分に呆れてため息をついた。

(っていうか、ハリキリすぎだろ、オレ……)

 時計を見ればまだ十二時を回ったばかりだ。ちなみに待ち合わせ時間は午後の一時――まだ一時間近くもある。



 見たい映画がある、と言ったのは千乃ちのの方だった。

 じゃあ、行くか? と誘ったのはトラの方だ。

 帰り道、部活で遅くなった千乃を家まで送っている途中のことだった。千乃は僅かな逡巡の後、かわいらしくこくりと小さくうなづいた。

「じゃあ、駅前広場に一時ね。また明日」

 別れ際にそう約束したのは昨日のことだ。もちろん、最近なにかと二人を振りまわしていた山吹やまぶきにも唯映ゆえにも知られてはいない約束。密かに想いを寄せる相手と久方ぶりのデートということもあり、逸る気持ちのまま、トラは時間より大幅に早く家を出てきてしまったのだった。



(流石に、まだ来てないだろうな……)

 自嘲気味にそう考えながら、トラが時計台の辺りをぼんやりと見回すと、時計台のふもとで小動物さながらにきょろきょろしている、大きなショルダーバックの小柄な女の子に目が留まった。

(――って、マジかよ!)

 驚いて飛び跳ねた心臓を落ち着けるように深呼吸してから、トラはゆっくりと彼女に近づいた。

「千乃?」

「えっ、あっ、トラくん!?」

 トラの呼びかけに気付いた千乃は、ぴょこんと驚いたように飛び跳ねると、ぱたぱたと小走りでトラに駆け寄ってきた。

「悪い。もしかして待った?」

「ううん、今さっき着いたところ。トラくん、来るの早いね。びっくりしちゃった」

(それはこっちの台詞だよ……)

 内心で息をついたトラは、気を取り直すと千乃のショルダーバッグをひょいと持ち上げて肩にかけた。中には何が入っているのか、相変わらず重たい。

「あっ……」

「まだ始まるまで時間あるし、どっか寄るか。千乃、飯食った?」

「え、えっと、軽く……あの、トラくん、鞄」

 ショルダーバッグに伸ばされた千乃の手をひょいとよけて、トラは千乃と反対側の肩に鞄を掛け替えた。

「いいってこんぐらい。じゃ、どっかその辺入ろうぜ」

「う、うん。あの、ありがとう」

 恥じらいながらうつむく千乃の様子にドキッとして、トラは慌てて明後日の方向に視線をそらした。

 こうして、二人の久しぶりのデートは一時間早く幕を開けたのだった。



* * * 


 

 駅前の喫茶店で軽くサンドイッチをつまみながらお茶を飲んだ二人は、上映時間に合わせて駅ビルの映画館に足を運んだ。そのまま二人で目当ての映画を見て、終わった後は近くの公園を散歩しながら、先程の映画の感想や学校の話を取りとめもなく話した。

 遊歩道わきに見つけたベンチを示して、千乃がトラを振り返った。

「ちょっと疲れちゃったね。座る?」

 トラはうなづいて、ベンチに千乃の荷物を下ろした。

「先座ってて。オレ、飲み物買ってくるわ」

「あ、待って。わたしも……」

「いいって。お茶でいいよな?」

 千乃がうなづいたのを確認して、トラは自動販売機の方へ向かった。

 千乃のためのお茶と、自分用にコーラを買う。缶を一つずつ手に持ちながら、トラの足は自然と緩やかになっていた。

 この後は、少し休んだら千乃を家に送って、自らも帰途につくだろう。楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまって、少し名残惜しい気もする。

 妙な感傷にひたりながら歩いていたトラの耳に、何やら騒がしい声が聞こえた。

「――やっ、は、放してください!」

 聞きなれた声に、慌ててベンチの方へ走った。千乃が座っているはずのベンチは、ガラの悪い数人の男に囲まれていた。がたいのいい男たちの隙間から、千乃が腕を掴まれているのが見えた。

「テメーらっ!!」

 大声で怒鳴りつけながら、トラは右手に持っていたコーラの缶を、千乃を掴んでいる男に向かって思い切りぶん投げた。缶は男の側頭部に命中し、道の端へ転がっていった。

「いってーな、なんだ!?」

「テメーら、なに人のツレにちょっかいかけてんだ、コラ」

「と、トラくん……」

 男が千乃の手を離した隙に、トラは千乃と男の間にずいと割って入った。千乃の顔は青ざめ、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 トラは千乃の頭をぽんと一度軽く叩き、男たちを睨みつけた。

「さっさとどっか行けよ。今なら見逃してやる」

「なんだ、威勢よく入ってきたくせに、喧嘩のひとつもできねぇのかよ」

 男たちがトラを嘲り笑った。その言い方にカチンと来て怒鳴り返しかけたトラの腕に、千乃の震える手が触れる。

 トラはギリ、と奥歯をかみしめ、拳を握りしめた。

「聞こえなかったのか? 見逃してやるって言ってんだよ。オレがキレねー内に視界から消えろ、カス」

 吐き捨てるようにトラがそう言うと、男は怒りで顔をカッと赤くして、トラの襟首をつかみ上げた。

「テメェ、誰に向かって口聞いてんだ、コラ」

「と、トラくん!!」

 駆け寄ろうとした千乃の腕を、別の男が掴み上げる。流石に我慢ならなくなったトラが、自分を掴んでいる男を殴ろうと拳を硬く握りしめたとき。


「激写っ☆」


 パシャッ、という小気味いい音と共に、草むらの陰からフラッシュが瞬いた。一同の視線が草むらに集まる。

「ふふ、休日に出張ったかいあって、いいスクープがゲットできたわ」

 そう言いながら立ちあがったのは、トラもよく知っている、報道部の暴れ馬。

「唯映!?」

「さぁ、これを警察に突き出されたくなかったら、さっさとその手を離すのよ!」

 ずい、とカメラを男たちに向けて、唯映はしてやったり、という顔でニヤリと笑った。

 二人の男が唯映に向かっていったのを見て、トラは慌てて目の前の男を殴ってから身を翻した。

「唯映!」

「暴力には屈しないわ――山吹!」

「はいはい」

 軽い返事が聞こえたと思った次の瞬間、唯映に向かっていった男の一人が派手な音を立てて吹っ飛んだ。暮れ始めた空が反射して、オレンジ色に輝く髪が眩しい。

「なっ……!」

「屈しないって言うか――」

 山吹は軽口を叩きながら、道端に転がっていたコーラの缶を手に取った。それをリズミカルにシャカシャカと振りながら、もう一人のパンチをかわして横腹を蹴り上げる。

「暴力で返すんでしょ」

「自業自得よ」

「はいはい」

 山吹はそのまま千乃を掴んでいる男に詰め寄ると、コーラ缶のタブを男に向けて起こした。

「ぶっ!?」

「千乃、今のうち!」

 男が顔面にかけられたコーラを袖で拭っている間に、千乃が唯映の方に走っていく。反射的に追おうとした男の足を山吹が引っ掛けて転ばせると、目が合ったトラに向けてニヤリと笑った。

「やぁ」

「テメー、なんでここに……」

「話は後にしてくれる? 饅頭が待ってるからさ」

「は?」

 そう言っている間にも、トラに殴られた男が再びトラに掴みかからんとしていた。トラは男の手をよけ懐に潜り込むと、みぞおちに一発拳を叩きこむ。

 山吹もコーラに濡れた指をぺろりとなめると、地面から起き上がった男の拳をかわし、後ろに回り込んでおちょくるかのように尻を蹴飛ばして転ばせた。

「く、くそっ……何だよお前ら……」

 ふらふらしながらトラと山吹を睨みつけた男に、山吹がにこやかに話しかけた。

「あれ、聞いた事ない? 神四路かみしろの猛虎の話」

「モウコ……? ま、まさか、あの本郷ほんごう東の屋武やたけとやり合って勝ったっていう……」

「そ。下手に手出したのが運のツキだね。病院送りになりたくなかったら、さっさとそいつら連れて帰ってくれる?」

 威圧感たっぷりに、山吹が男に笑いかけた。男はちらりとトラを見ると、舌打ちをして駅の方角にそそくさと歩いて行った。他の男たちも情けない声を上げながら、ふらふらと駅に向かう男を追いかけて行く。

「や、さすがトラ。本郷西のヤツらも尻尾巻いて逃げ出したね」

「本郷西?」

「トラを掴んでたヤツのストラップ。本郷西の校章バッヂが一緒にぶら下がってた」

 忘れないためじゃない? トリより頭悪そうだし、とぼやいた山吹に、思わず納得しかけたトラはハッとしてずかずかと詰め寄った。

「っていうか、お前ら、なんでここにいるんだ! いくらなんでもタイミング良すぎだろ!」

「なんでって、唯映に付き合ってスクープ探し」

「スクープって……」

「神四路の猛虎の意外な休日姿、とか、面白いかなぁと思って……」

「どこがだ! っつーかまさかお前ら、はじめからつけてたのか!?」

 こくりとうなづいた山吹と唯映に、トラはがっくりと肩を落とした。不思議そうな面持ちの千乃が小首をかしげながら二人に尋ねる。

「でも、どうして? わたしたち、今日は約束の時間より早く落ち合ったのに……」

「そうだ! っていうか、お前らに一言も今日のこと言ってねーし!」

 トラと千乃の疑問に、山吹と唯映はお互い顔を見合わせた後に、にっこりと二人に笑いかけた。

「それはもう、十分想定内」

「壁に耳あり障子に目あり、よ」

 いたずらが成功したかのような二人の清々しい笑みに、トラは急激に疲れを自覚した。千乃を見れば、呆れを通り越して苦笑いすら浮かべている。

「さて、じゃあ、僕らは行こうか」

「そうね。お二人さん、ごゆっくりー」

 ひらひらと手を振って公園を出て行った二人を見送ってから、トラと千乃は半笑いの顔を見合わせた。

「……帰るか」

「……うん」



 その後、トラは千乃を家まで送った。

 玄関のドアノブに手をかけた千乃に、後ろめたい気持ちからうつむきがちになりながら声をかける。

「その……悪かったな。休日なのに、喧嘩に巻き込んじまって」

「ううん、大丈夫だよ。映画楽しかった。ありがとうね、トラくん」

 首を横に振ったトラは、前々から言おうと思っていたことを思い切って口に出した。

「え……っと、荷物、さ」

「?」

「少しぐらい、減らせよ。なにかあっても……」

 と、トラは耳まで熱くなるのを感じながら、その先を言うのをためらった。

 千乃の視線を感じる。トラはやけになって言葉の先を言った。

「なにかあっても、俺がいるから大丈夫だろっ!」

 恥ずかしさのあまり息を切らしながら、一瞬の沈黙にトラが言わなきゃよかったと後悔したとき。

「うん、そうだね」

 温かい千乃の声と笑顔に、顔を上げたトラは思わず見とれてしまう。

 また学校で、と手を小さく振って千乃がドアをパタン、と閉めた。

 もちろん、トラが横槍の事も忘れて上機嫌で帰途についたのは言うまでもない。



>>おまけ



「はーぁ、結局、今日は収穫なしかぁー」

 とぼとぼと肩を落として歩く唯映の隣を、紅葉饅頭をぱくつきながら山吹は歩いていた。

「あれ、使えないの?」

「本郷西とウチの生徒との喧嘩なんて、今更なんにもなりゃしないわよ……あーもうトラのやつぅぅぅ一日と五百円無駄にした!」

 唯映の惜しむ五百円を一人でぺろりと平らげた山吹は、いきりたつ唯映に上機嫌で笑いかけた。

「ま、僕は結構楽しかったけどね」

 その楽しかった、は報酬として貰った紅葉饅頭に対してか、唯映との一日に対してかは怪しいところだったが、唯映はため息をついて、

「まー、たまにはいいか」

 と、カメラをひとなでしてにっこり笑ったのだった。

昔にキャラクターをつかむために書いた短編その3を公開です。


トラ千乃カップル(この時はまだ未満)は書いてて楽しいので好きです。

それをこっそりつける山吹唯映コンビもド定番ですが好きです。


実はキャラクターをつかむために書いた短編の中でも一番最初に書いたものでした。

今読み返してもキャラクターがブレてなくて、神四路のキャラクターたち偉いなと思います。

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