第8話 竜の巣の攻略(前編)
人との出会いは己の生き方をを変える事もままあるーー
亡国の王、そしてユグドラシルの選ばれし魔道士と出会ってしまったシオンの人生にも転機は訪れているのかもしれない。
* * *
……何で、俺は、先日あんなにテンション上がってしまったんだ。
そりゃそうだよね。あんな表紙の本持って馬鹿騒ぎしてればそういう風評だってたつよね。
俺は孤高を愛する天才魔道士だから、周囲からの評価とかそういうのは気にしないけど!
とか言ってみた所で、近所に野菜とか買いに行くとちょっと怪訝な目で見られるのとかは嫌だと言う現実は存在する。
そもそも怪しい研究している魔道士と街の人に思われてる節はあったのに、それをより加速させてしまう事になってしまった。
何をしているんだ俺は……今回の件を反省して、絶対にこの工房にはもう人は入れない。
この街でのおかしな噂が消えるまでは、少し姿を消した方が良いかもしれない。
どちらにしても次の実験の日までに新たな『竜の涙』を手に入れておきたいところだ。
それにこういう気分の時こそドラゴン狩りはストレス発散に丁度良い。
コンコン
そんな決意の矢先にドアをノックする音が聞こえる。
千里眼を使うまでも無い。また厄介な勧誘者がやって来たに決まっている。
俺とした事が、無駄に人に関わったせいでこんな事になってしまった。
俺が目指すは究極の引きこもりだろう。ここがどんな世界であろうと、あの快適だった日常を再現するまで俺は止まれないのだ。
これ以上、外圧共に邪魔されてなるものか。
俺は、入り口付近に念入りに結界を施した後に、念のためにとても貴重な人には見られたらヤバイ魔道書をこの部屋の別位相に作った書庫にしまい、転移魔道を起動させた。
目的地は竜の巣……久々に一狩り行こうか!
「あっ! なんであなたここにいるんですかぁ? でも、丁度良かった……今日こそあなたが見たあの魔道書の内容を……」
「……それは……だ、だから読めなかったと言ったはずです! 私は忙しいので……今日はあなたに構っている暇はありません。今日こそ、シオン・エルフィートに協力して貰わなければ……」
「えー、あなたに協力するなら先に後輩であるわたしに協力すべきですよ。やっぱり先輩は、他の魔道士とはちょっと違いますし。それに、そもそも何者なんですか、あなた」
「フッ……失われし王国の王にして、復活を為す者……それが私です」
「あ、けんぺーさん! 痛い子がここにいまーす」
「だ、誰が痛い子ですか! 訂正を要求します!!」
……あれぇ……何だか部屋の前で凄く面倒な事が始まってる音が聞こえるぞ……
俺は部屋の外から若干聞こえてくる、面倒なお客さん達の声を無視して、目的地に跳んだのであった。
* * *
竜の巣ーー
そう呼ばれる狩場は世界に幾つか存在する。
しかし、最近は竜を保護しようなんて言う団体も出てきて希少種の竜を狩るのは面倒になって来ていたりもする。
竜と言う存在はそもそもこの世界が産み出した対人類用魔術システムみたいなものであって、それを保護しようと言うのはどうかと思うが……世界には色々な思想が存在するのが常と言うやつだ。
俺も子供のドラゴンとかは可愛いと思うけどね。でも、あれ飼育めっちゃ大変だから飼おうとかは思わない方が良い。そもそも対人類用なんだから基本的に人間に懐かないしね。
俺が今回狩場として選んだのは、ヒュレイド山脈。雪と氷で覆われた世界でも最高峰の竜の巣の一つだ。
強大な竜種が発生する事でも有名で、数年に一度はこの竜の巣を管理する”連合”から軍が派遣される事もある。 危険度評価は10段階中の7に設定されている。ちなみに8以上の危険度と言うのは通常の冒険者はそもそも近づけ無い。国家にて管理される封印指定地区ばかりだ。
俺は、この狩場に向かう冒険者たちが集う麓の村の酒場へとまずは足を運ぶ事にした。
「おっ! シオンじゃねーか」
「お久しぶりですねマスター」
この禿げたマスターとは、当然ながら顔馴染みだ。彼は、俺の事を腕の立つ旅の魔道士として認識している。
「また古代種狩りか? この前何匹仕留めたんだよ。あんまり狩りすぎるとピースメイカーの連中がウルサイぞ」
「ドラゴンなんて倒しても倒しても、人間が存在する限り湧いてくるっていうのが最新の学説なんですけどね」
「連中に言わせれば調和を乱す人類に対する天の使いらしいからねぇ……」
「それを狩る悪魔の魔道士ってわけですか。一度連中もこの村に住んで竜種の被害を間近で見てみるべきですね」
「ハハハ! ちげーねーや」
人間が自然、地球に対する癌と言う考え方をする人間は、どこの世界にでもいるものだ。まあ、好き勝手に人間にされている惑星さんサイドも色々手を打って来てるわけだし、惑星さんサイドに立つ人間がいる事も別に俺がとやかく言う事じゃない。俺の目的の邪魔にならなければどうでも良い事だ。
「最近はどうですか? 私の見立てでは、そろそろ活きの良い奴が現れる頃だと思っているのですが」
「流石だね。どうやら孵ったらしいぞ……ヒュドラ級がな」
「ヒュドラ級が……!」
「まだまだ成長途上の個体のようだが……既に何人かの熟練の冒険者が返り討ちにされてるよ。 奴が成長しきったら間違いなくこの村だけじゃなくこの国の危機だ。討伐隊が既に編成されてこっちに向かっているって話だな」
ヒュドラ級と言うのはもはや天災に近い。通常であれば軍隊で対処するのが普通であり、数人規模のパーティで動いている冒険者が太刀打ち出来る存在ではない。
そうは言っても、世の中には幾らでも例外は存在するが……今回は俺と言う例外が、討伐隊の前にこの大首級はいただく事にしよう。
ヒュドラであれば間違いなく極上の竜の瞳が手に入るはずだ。
「なるほど……それじゃあ、急がないと」
「まさか、お前……単身でヒュドラに挑むつもりか!?」
「さぁ、ちょっと様子を見てから考えますよ」
「無茶だけはするなよ」
当然、単身で挑むつもりの俺は酒場を出るとそのままの足で雪山に向かった。
雪山を歩くのは非常に疲れる為、浮遊魔道を使い足腰に負担をかけずに雪山を進む。
ついでに自分の周り半径1mに防寒用の結界を張っているお陰で非常に快適だ。
山登りの時は、やっぱり準備が大事だよね!
「千里眼、起動ーー!」
ついでに千里眼も使えば、無駄に動き回る必要も無い。こういう狩りはやはり効率よくこなすべきである。同時に周囲の気配を探る探索魔道も発動する……この気配……かなり強力な個体がいる……? これは……ヒュドラ級以上の可能性もあるな。面白い……!
そして十数分後、俺はヒュドラの出現ポイントに到達した。千里眼によれば間違いなくここにヒュドラは出現する。今姿を見せてい無いのは……その辺の岩場のどこかに姿を隠しているのだろう。
先行したであろう冒険者たちの亡骸がそこら中に見受けられる。毒にやられたのか原型を保っていない人だった物……炎にやられたのか影だけを岩に焼き付け消滅したもの。熟練の冒険者相手にこれだけの暴虐を見せつけるとは……流石はヒュドラ級と言うところか。蘇生して貰えるように一応魂の救済だけはしておこう。ブリーストでは無いから、きちんと成功しなかったらごめんね。
魂の救済を終えた俺は、ヒュドラが何時現れても良いように備える。今回はかなりの大物だ。
フフフ、元の世界でも数千時間に及ぶハントを行ってきた俺の経験が今度こそ生きるかもしれない。 たまには罠とか仕掛けようかな! ちょっと楽しみになってきた。
……こんな風に思えるのもこの圧倒的な魔力があるからなのだが……正直、どっちかと言うとやっぱりモンスはゲームの中で狩りたい。
だって、リアルで狩ると結構グロいんだもの。幾ら俺が最強無敵でもミスって周りの冒険者たちのように死ぬ事だってあるかもしれないし。
そういう無理は本来はしないタイプなのだ俺は……だが、今は仕方ない。 目的の為に今は進むしか無い。
地球とのコンタクトを安定させたら、絶対にモン⚪︎ンを召喚しよう……これだけで俺の引きこもりライフは一段と華やかなものになるだろう。
「あ、あああ…あのー……」
そう言えば……一緒に良く狩りに行ってたクラウドさん元気かなぁ……彼のソードスキルならばきっとこの世界でも最強を名乗れたに違いない……
「も、もも…もし……し……」
「うわぁっ!!」
背中を突かれた俺は、若干情けない声をあげてしまう。
しまった……天才魔道士として、失態はこの前で終わらせたいところだったのに。
完全に油断してた。 頭の中で楽しかったモン⚪︎ンライフ思い出してたっ! ヒュドラに警戒してるつもりだったのに全然違う事考えてたっ!
「……ど、どうしたのかな?」
俺は平静を装いながら、背後の声の方を振り向く。
……最近、こんなん多いな俺……もうちょっと立ち居振る舞いには気をつけよう。
将来の夢は魔道士って言う少年たちの夢を傷つけ無いように。
「さ、ささ……さ寒さで、し、しに……死に…そそ…そ…な……です……」
振り向いた先に居たのは、本当に今にも凍死しそうな少女だった。
少しだけ癖のある若干赤み掛かった髪は、カピカピに凍結しかけているし、表情は物理的な意味で硬い。すでに顔から出てくる色んな液体が固まった後のように思える。
そして何より奇妙なのはガタガタと震える割には、薄手の浴衣らしい服を着ているだけなのだ。
何でこの雪山にそんな軽装でいるのこの人……どうやら最近の俺は変な女に縁があるらしい。
* * *
稀代の天才魔道士シオン・エルフィートは、今朝オリジナルで行った星占いにて、雪山で軽装の女に出会うと言うような節があったかどうか思い起こしてみるのだったーー