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第7話 禁書の行方

 地球と呼ばれる異世界において30年間、己の純潔を守り通した者は魔法使いと呼ばれる。

 今、亡国の王の手の中にあるは、その魔法使いと呼ばれる者の一人によって記された魔道書。

 人の情念を形とした、その書物は……世界を跨いだ事により、真に魔の力を持ってしまったのかもしれない。 


 今、禁断の書物を巡り再び大魔道士と天剣使いが激突する――


 * * *


 ……この展開は予想していなかった……!

 やっぱり普段しない人付き合いとかすると駄目だ。

 俺は孤高の魔道士とかそういう路線で行くべきだったんだ。

 非常に……非常に面倒な展開だ。つかつかと銀髪の少女は俺達のテーブルへと近づいて来る。

 他の客の視線も少女に注がれる。入口で大きな声を出したからと言うのもあるのだろうが……やはり彼女の容姿は人の視線を集めてしまうだけのものがある。

 いや……それは素直に良い事だと思うのだけど……その本を思いっきり振り回しながら、人目のある場を歩くのはやめようよ王様っ!!


 ……取り敢えず冷静になれシオン・エルフィート

 今は……彼女の出方を伺うしかあるまい。 完全に先手を取られてしまった。

 やはり、こういう時の行動は迅速に行わなくてはならなかったんだ。


「これ、返しに来ました……」


 勢いよく登場した彼女は、顔を赤らめながら、例の本を差し出して来た。

 恥じらいを含んだその表情は、見る者によってはとても魅力的に見えるだろうが、今はそんな事を言っている場合では無い。


 本当にマジかよ……


 これだけ衆人の注目を集めた上で、その本を返却するか……!

 こうなったら、この場に居る人間全ての記憶を消し去る大魔術を行使するしか手は――


 いや、待て……いい加減落ち着け俺。

 こういう本はこの世界では全く出回っていない、云わば未知のアイテムなのだ。

 むしろ言い換えてしまえば、この世界においては超レアな魔道書って言っても過言では無い。

 このカラー表紙一つを取ってみても、こんな印刷技術はこの世界に存在しない以上は、一種の魔法なのは間違いない。 発達した科学とは魔法と区別がつくものでは無いのだから。


 ならば……ここは素直に受け取って……速攻で自宅まで転移させてしまえば、俺が魔道士であると言う事も衆人には伝わり、怪しい装飾のマジックアイテムだったんだなって勝手に納得するはずだ……!


 一つだけ不安要素はあるが……


「あ、ああ……わざわざすまない。何でこの場所が分ったのかは聞かないが……」

「早くお返ししたかったので今朝からずっと探していました。……部屋にこれ有っても困りますし……」


 部屋の前に籠城していた昨日よりもアクティブに俺を探してやる事がエロ本の返却って……優先度おかしくないかって疑問は考えないでおこう。だったら捨てれば良いだけだろうに……


 俺はセリアの差し出す本をなるべく動揺を見せないように受け取る。

 そして手早く転移術式を展開しようとした瞬間に、予想通りの横やりは入った。


「へぇ~ ソレ、すごく珍しい装飾の本ですね? 先輩の持ち物なんですか?」


 レフィティーナ……やはり食付いて来たか……

 それはそうだ。 魔道士なんて人種は深淵なんて良く分らん物を求めるくらい好奇心がやったら旺盛な連中だ。

 その中でも天位指定魔道なんて研究しているのは、変わり者ばかりと言っても過言では無い。

 変わり者の後輩はこうなるのが、さも当然と言わんばかりにウス異本に興味津々だ。

 ……こいつの場合は、中身見たらセリアとは違って、マジで冷たい眼とかこっちに向けて来そうで本当に心が痛くなる。


 いや……だが、彼女は魔道士だ……この本の魔術的価値だって理解するはず。実際に価値自体は存在するのだから――


 ……ならば……先に予防線を張る――!そして同時に、既に若干冷たい目でこっちを見ているセリアにも、シオン・エルフィートと言う天才魔道士は決して変態魔道士じゃないんだよって言う事をアピールしておこう。状況は最大限に利用する。


「ああ……これはこの世界とは全く別の魔道体系によって記された禁書だ」

「興味深いですね……中を見させて貰っても良いですか先輩?」」


 好奇心を刺激されたレフィティーナは、目を輝かせながらあざといお願いポーズを決めている。 こういうのってどこの世界でも存在するんだね。ちょっとだけキュンとしたが、絶対に表情に出してはならない。


「はっ、魔道士が禁書と言い切った書物を簡単に他人に開示するわけが無いだろう」


 あざといお願いに負けてしまうと、俺は変態の烙印を押されてしまう。それだけは避けねばならないのだ。


「むぅ……ちょっとくらい良いじゃないですか……私と先輩の仲じゃないですかぁ」

「2年ぶりにたまたま会っただけの、仕事場の同僚と言う仲がどこまで深いかは議論の必要が有るところだが……それとは別にこの本は特殊な物なんでね……開くとその人間の欲望の一部を取り込み、内容が人を映す鏡のように変わる性質を持っている。故に余り多くの人間に開かせるわけにはいかない。 まだ俺自身も解析が終わっていないからな」

「へ?」


 俺とレフィティーナの会話を傍観していたセリアが表情を変える。

 完全に思いもよらぬ言葉を聞いたと言う表情だ。

 よし、セリアかかったな……! ここからだ。本当の戦いは―――!


「そんな本あるわけないと思うのですが」

「そう言われてもここに存在している」


 銀髪姫騎士が恍惚の表情を浮かべる表紙のそんな魔道書あってたまるかって話だが、状況は俺に味方している。ここは押し切らせて貰おう。

 いや、少なくともこの世界においてこの銀髪姫騎(以下略)は魔道により召喚された魔道書に他なら無いのだから。


「……いえ、絶対にそういう性質は無いと思います」

「そう思う根拠を教えて頂きたいですねキング・セリア。あなたが一日でこの魔道書の全てを解明したと言うならば賞賛に値します」

「…………それは……その……だって、そうだとしたら……」


 セリアの顔がどんどん赤くなっている。何を考えているのか、手に取るように分る。

 そこにレフィティーナが再び会話に参加してくる。


「えーっと……あなたは先輩を勧誘に来たって人でしたよね?」

「は、はい……まぁ、そんな感じですが……」

「あ、わたしはレフィティーナって言います! よろしく! あなたはどんな内容を見たんですか? 先輩が見せてくれないのでちょっと教えてくれませんか? あなたは無いと言いますが、魔道書にはそういう性質を持つ物も存在するんです! 但し、そんな物を作れる魔道士なんて現代には存在しないと思いますけど」

「えっ……? い、いや、それは……」


 フ、フフフ……


 計画通り―――!!


 これは地球においては、夏冬の祭典で売られている一冊のエロ同人誌でしかない。同人ショップとかでも普通に買えるだろう。

 しかし、この異世界においては一見すれば確かにエロいんだけど、書いてある文字も意味不明だし、この世界の技術では為し得ない装飾されているし、俺のような天才魔道士の蔵書とあっては、魔道書って言われれば信じるしか無いのだ。

 その上で、見る者によって内容が変わる等と言えば……セリアは迂闊に内容の事を喋れなくなる。俺への疑念は消えずとも、自分自身への疑念も同時に持つ事になってしまう、自身の妄想の結果が、魔道書の内容では無いかと――

 逆にセリアに似ているような姫騎士の本である事が幸いした。俺の言葉で勝手にセリアは物語の登場人物と自分を重ねたはずだ。そして己の心を疑った。


 ……しかし、この動揺っぷり……さては、家でちゃんと読んだなセリアちゃん。


「……そ、その本に書かれていたのは……全く理解不能な言語でした。魔道士でない私にも理解出来ませんでした。全く理解不能でした。た、多分、悪魔とかが書いた本だと思います」

「うーん、確かに現代の言葉で書かれているとは限りませんからね。書かれた国や地域、時代によっても変化するでしょうし……やはりわたし自身が見てみない事には……先輩! やっぱり見せて下さい。見せてくれたら代わりにわたしの秘密のアレ見せてあげますから!」

「な、なんだよ秘密のアレって……何を見せてくれるんだよ」

「魔道書ですけど」

「……間に合っている」

「あー、何想像したんですかぁ? せんぱぁい」

「……私、何も見て無いですから……シオン・エルフィート。私、全然読めませんでしたから」


 何この状況……妙な事を言って俺の評判を下げようとする後輩に、必死になって己の潔白を証明しようとする少女騎士……


 ……う、うん……まぁ……これで100%と言えないまでもセリアの中の疑念はほぼ払拭出来ただろう。

 そしてレフィティーナには疑念すら抱かせない事に成功した。若干鬱陶しい感じで絡まれてしまっているが。

 今回のミッションは、ほぼ完全勝利と言って良いだろう。


 想定通りに事を運んだ俺は、少し気を良くしていたのかもしれない。

 それからしばらくの間、俺は彼女達の言葉を適当に躱しながら、このウス異本について有る事無い事適当に気分よく喋ったのであった。


 何故、俺はこの時……当初の予定通りこの本を転移させなかったのだろうか。

 俺が計算外に気付いたのは、これより少し後の事である。


 * * *


 後日、3人の様子を伺っていた衆人達はこう証言する。


「何か見た事も無いようなエロい女の絵が描かれた本を持った魔道士風の男と綺麗な女の子二人が、何か騒いでいた」

「黒髪の少女の秘密のアレを見るとか何とか言っていたけど……」

「銀髪の子は、ずっと顔真っ赤にしていたよな」

「……何だったんだろうあの人達」

「随分と長い事、あのいかがわしい表紙の本について喋ってたよな」

「多分、変態なんじゃないか?」

「あれ外れに住んでいる魔道士だろう」

「変態魔道士か」

「ああ、変態魔道士だな」


 魔道士とは、深淵に挑む者――

 その有り方が俗人に理解される事は、無いのである。

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