第6話 彼女の思惑
「本当に久しぶりですねー 最近は何やってたんですか?」
強引に後輩を名乗る女……レフィティーナ・アーゲンブリッグに誘われるがままに食事をする事になってしまった。
……昨日の二人組みのように何らかの勧誘でも始まるのだろうか。 研究室に戻って来いとでも言うつもりか。
「しがないフリーの魔道士ですよ」
「もー、敬語やめてくださいって言ってるじゃないですかぁー」
「……そっちも敬語じゃないか」
「わたしは、後輩ですもん! 先輩は先輩なんですから気を使わないで下さい」
「そういうもんか」
「そういうもんですよ!」
先輩の自覚が全く無いのだが、先輩面して良いのだろうか……
……そして、ちょっと悪く無い気分になっている自分自身が怖い。
何このキラキラした感じの女子力の発現は……しかし、おっかしいなぁ……
もうこれ以上、当たり障りの無い会話続けても仕方ないだろう。
俺は決心して、質問をぶつける。
「……一個だけ聞いて良いか?」
「なんでしょう?」
「俺、研究室時代にそんなに君と話してたっけ?」
「いいえ、そんなには喋って無いと思いますよ」
ですよねー!! だって、このムーブずっとされてたら絶対に忘れ無いもん!
ちょっとあざといって思いながらも、絶対に気になっちゃうもん!
あー、良かった。 どっかの魔道士の精神攻撃受けて記憶とか曖昧にされてるのかと思ってたよ!
……じゃあ、逆に何故こんなに親しげに話しかけて来るんだ、この女は……やはり、何かの思惑があるのか。
「あっ! もしかして先輩、わたしの事忘れてました!? ひどっ!」
「そんなに喋って無いなら仕方ないだろう。 俺が研究室に居たのはもう2年も前の話だ」
「いやいや、まだたった2年じゃないですか! 人間関係切り上げるの早すぎですよ先輩」
「……フッ、俺は人間関係の柵から解放されて究極にして孤高の魔道士となるのだ」
「あー、研究室時代もそんな感じでしたよねー」
……そうだっけか。 ちょっと2年前の自分自身の基本キャラが良く判らん。
と言うのも日本人としての俺『藤崎 修司』としてのペルソナが色濃くなり始めたのはごく最近だ。
それまでは、ぼんやりとしか日本の事は覚えていなかったように思う。
断片的な記憶と望郷の念自体はあったのだが、それが自分自身のどこから来るものか分からなかったと言う感じか。
それ故に良く分から無いままに家業の土の魔道を否定したりとかしてしまったんだが……
あれはちょっと悪い事したと思ってる。 兄さんとか未だに根に持ってるっぽいもんなぁ。
「なんか受け答え怪しいと思ってたんですよ! 前はもっとフランクに痛い感じでしたし」
「ちょっと待て。 軽くdisって来るのやめろ」
「そっちもわたしの事忘れてたんですからおあいこです!」
「大して喋っても無い相手に忘れられてもどうでも良いだろ!」
「良く無いですよ……」
……え? なにこれラブコメの波動?
ちょ、そんな少し俯いた感じとか……どうしろと言うんだ。
クッ、余りそっちには免疫が無いのだけが完璧なこの俺の唯一の弱点だ。
「だって! わたしが覚えてるのにそっちが忘れてるの悔しいじゃないですかっ! そもそも研究員の人たちなんて皆、わたしの事好きなはずですしっ!」
「…………なにその自信……」
「え、だって……食事とか嫌になるくらい誘われますよ」
「そりゃ……皆にそういう態度取ってればな……」
そうだった……彼女は魔導士サーの姫。
誰にでもこういう態度を取って、男を操る。 蜘蛛め……!
俺をそう簡単に手玉にとれると思うなよ。 心臓バクバクとかしてないからね。
「でも、先輩の事は結構気にはしてましたよ」
「それはどーも。」
「むぅー ちょっとは気になら無いんですか? 何でわたしが気にしてたのかとか!」
「……そりゃ、少しは気になるが……」
「仕方ないですねー、教えてあげます」
指を俺の前に突き出しながらレフィティーナは言う。
一々あざとい感じのポージングするなっ! もう引っかからんぞ! この小悪魔めっ!
「先輩だけが、あの研究室の中で唯一真剣にゼレオンを追ってる気がしてたから」
「……」
先ほどまでのゆるふわな雰囲気は消え去り、彼女の目は魔道士の目になっている。
この目を見れば分かる。 彼女は優秀な魔道士だ。 そして、あの研究室に居るという事は……
少なからず、第3天位指定魔道に関心を持つ魔導士であると言う事だ。
「あの研究室の人たちは皆、優秀です。 けど、ゼレオンを研究対象としていても、本気で第3天位指定魔道に至れると思ってる人はいない」
「……400年間誰も届かなかった世界だからな。 ゼレオン自身が残している資料も数少ない」
やはり、彼女も気づいているのか? 俺が第3天位に手が届いた事に。
それでこういう形で接触して来た。 俺がもともと所属していた研究室は、ユグドラシルの中でもゼレオン研究においては最先端と言われていた。
そこに第3天位に至るヒントがあると踏んだ俺は、研究員として潜り込んだわけだ。
しかし、彼女のいう通り、俺以外の研究員は皆、ゼレオンの様々な功績の研究はすれど、第3天位指定魔道に手を伸ばそうと言う者はいなかった。
いや、既に敗れ去った後だったと言った方が正確か。
「先輩、わたし達はゼレオンの時間軸固定に関しての研究を近々発表するつもりです」
「……そうなのか」
「戻って来てくれませんか?」
「…………」
「あなたが居れば、きっと第3天位は再び人の手に落とす事が出来ます」
概ね、予想通りだが……どうやら彼女は俺が今現在どこまで研究を進めているのかは把握していないようだ。
つまり、今日出会ったのは、本当に偶然……そう考えても良いのか。
そして彼女の研究内容は、俺自身が第3天位を極めるには、必要な情報が含まれている可能性はある。
どうしても現状のままだと、コスト的に異世界にコネクトするのは割に合わないのだ。
ゼレオンは日常的に異世界の扉を開いていたと言う……つまり、俺自身がまだ完璧では無い。
一旦、どの程度まで研究が進んでいるのかを確認して……その後に……
「シオン・エルフィート……!」
俺の思考をかき消すかのように、カフェの入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。
ご察しの通りのそこには銀の髪が美しくたなびかせる少女が、威風堂々と……と言うほどでは無いな。
割と普通にカフェに入ってきた女の子がいるってだけだ。
「ま、また来た……」
「見つけました……家に居ないので……探しました……お腹空きました……」
暇なのか、二日連続で俺にばっかり構ってて……他にやる事無いのかあの人たち。
今日は黒騎士カインは一緒では無いようだ。 二手に分かれて探していたという事か?
と言うか昨日はおとなしく5時間も待ってたのに、今日は探しに街に来るとか……行き当たりばったりだなっ!
「先輩誰ですか、アレ」
「……勧誘の人だ。 最近モテ期みたいで」
「先輩、それはモテとは多分違いますよ。わたしもそうですが単純に先輩の能力をですね……」
「悲しくなるから、事実を列挙するのやめてください。後輩」
しかし……厄介な非常に厄介な事になって来た。
魔導士サーの姫だけじゃなくて、騎士サーの王までやって来てしまうとは……
レフィティーナは、俺が不完全とは言え第3天位に至った事には気づいていない。
だが、あっちの王様は気づいてる上に第5天位の武器まで持っている。
色々面倒な事実が集結しすぎだ。ユグドラシルに知られたら……
だが、そんな事は些細な問題だ。何よりも問題なのはーー
セリアちゃん……なんで、なんで……その本持ってきてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
* * *
シオン・エルフィートは思考する。 この場を切り抜ける最善の策をーー!
そして、亡国の王の手に握られた禁書を我が手に奪還すべく、彼の真の力が胎動するーー!!