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第5話 天位を追う者

 魔道士は、己の魔道因子を磨く為に、日々研鑽を続ける。


 たった一人で真理に立向う者ーー

 叡智を共有し、新たな深淵に辿り着こうとする者ーー


 シオン・エルフィートとは、別の道……それを模索する魔道士もまた存在する。


* * *


「お、終わったぁ……」


 わたしはようやく完成した今回の研究レポートを満足げに眺めた。

 テーマは『ゼレオン・シュバイハガーの時間固定理論に関する考察』

 ユグドラシルに所属する魔道士の中でも、ゼレオンの研究をする者は少なく無い。

 だが、ここまでゼレオンの魔道理論に迫ったのは、恐らく我々……否、このわたしが初めてだろう。


「ついにやったなレフィーちゃん!」

「はい! 皆さんのご協力のお陰です!」

「本当に君が私の研究室に入ってくれて良かった」

 

 どういたしまして。

 この研究成果は、私に労いの言葉を掛けるこの室長と研究室の名声を押し上げる事は間違い無いだろう。

 わたしもこの研究室を利用して、室長もわたしと言う才能を利用する。

 お互いにwin-win……のはずなんだけど……最近、ちょっと忙しすぎて本当にしんどいんです……

 前に一人優秀な研究員が辞めて以来、どうしても戦力ダウン感が否めません……

 それでもゼレオン研究に関しては、ここはユグドラシルの中でもトップクラス。

 何とかこのわたしの野望の為にも、残った研究員のみなさんには頑張って頂かないと。


「じゃあ、改めて皆で打ち上げをしよう!」

「わー! いいですねー 楽しそー」

「だろう? レフィーちゃんが来てくれるならゲストに呼ぶお偉いさんも喜ぶよ!」

「えー、そうですかー? わたし、ちょっと緊張します……」

「大丈夫大丈夫! いつも通りにしていれば」 


 士気を上げる為なら……わたしは敢えて、この仮面をかぶろう。

 あざとい系魔道士って言いたい奴は言えば良い。

 私には果たさなければならない悲願がある。 その為にはまだまだ力をつけなければいけない。

 そしてこのまま便利で優秀な一研究員でなど終わるつもりなど更々無い。

 

 そう、私こそ……このレフィティーナ・アーゲンブリッグこそ、第3の天位指定魔道に至るべき魔道士なのですからーー!!


* * *


 俺は頭を抱えていた。

 どこを探しても無いのだ。


 ウス異本ーー


 異世界ー地球ーよりもたらされた禁断の書物。

 あの時の一連の流れの中で……セリアが持ったまま帰ってしまったようだ。

 俺自身が、混乱していたせいで、この事実にすぐに気が付けなかった。

 どうにかして奪還するしか無い……俺の千里眼を以てすれば、奴等の居場所を探る事等造作も無い。

 

 問題は……どういう顔をして回収したら良いかと言う事だ。

 

『私のエロ本返してくれないか?』


 ただしイケメンに限るという言葉が異世界には真理として存在するが……

 この台詞は、真理すらブレイクするだけの破壊力があるな……

 どんだけキメ顔を作っても正攻法ではどうにかなりそうにない。仮にどうにかなったとしてもやりたくない。 

 となると奴らの居城に乗り込んで奪還するか……転移魔道を成功させるか……後、奴等の記憶操作も視野に入れなければ……

 事後処理を考えると時間が経てば経つ程、こちらが不利になる可能性がある。 早めに手を打たなければ……


 リスクがより低いのは転移魔道の方だな……奴らに接触する可能性も抑えられる。

 前回は碌な準備も無く、かつセリアの持つ天剣がノイズを発生させた為に失敗したが……

 しかるべき準備を整えれば、何とかなるだろう。 はぁ……次の星の満ちる時まで魔力温存の予定だったのに……


 俺はため息をつきながら、外出の準備を始める。 今回のミッションに失敗は許されない。

 それ相応のアイテムを集める必要があるだろう。


 

 <ネガート商会>

「これは僥倖…… シオン殿のご来店とは……!」


 ここは、俺が贔屓にしているショップだ。

 この厳しいおっさんが店主のネガート。昔は、魔道協会ユグドラシルでも名うての魔道士だったらしい。

 その品揃えは確かで、一部の著名な魔道士も贔屓にしていると言う噂だが……そんなに繁盛しているところは見た事が無い。

 ちょっとした田舎のスーパーばりの広さのショップだが、今現在も、ちらほらと居る店員くらいしか人影は見えない。

 むしろ店員逆にこんなにいるかな……貴重なアイテムが多いから、見張りの意味も有るのかもしれないが。


「今日も良い品を買わせていただきますよ。」

「クックック……流石はシオン殿……クズどもと違う。ワシの圧倒的品揃えの価値を理解する男……!」


 そう言われる俺ですら第3天位指定魔道の研究を始めるまでは、価値の分からなかった品も多くある。

 そういう意味で本当に知る人ぞ知る魔道ショップであると言える。

 ここなら転移魔道に使う触媒も良い物が手に入るだろう。 今回ばかりは絶対に失敗は許されない。

 そして、俺が触媒を選び始めると、店の奥の方から妙にあまったる声が聞こえてきた。他にも客いたのか。

 

「えぇー……こんなに高いんですかぁ? もうちょとだけ……ちょっとだけ割引とかして貰えません?」

「う、うーん。 し、仕方ないなぁ今回だけですよ」

「やったぁ!! そういうところすっごい好きなんですよね、このお店!」


 店主のネガートでは無く、店員が対応しているようだが……

 良いように女性客に値引きさせられている。ネガートに見られたら怒られるぞ。

 甘ったるい声を発していた女は、年の頃は俺より少し下くらいか。 着崩した魔道士のローブがいかにも今時の若い魔道士って感じだ。

 最近は伝統よりどう可愛く着こなすかって方が、女性魔道士の間では重要らしい。

 人懐っこそうな瞳に、絹のように流れる黒髪。 恐らく街を歩けば誰もが振り返るであろう容姿だが、俺には彼女のその美しさは獲物を狙う蜘蛛のように見える。


 ああいうタイプの客も来るんだな……そう思いながら俺は商品の物色に戻ろうとした。

 その瞬間、俺の背後から再び声が聞こえてきた。


「……せ、先輩? 先輩じゃないですかっ!?」


 どうやら、彼女の先輩がやって来たらしい。 今日は千客万来で良かったなネガート。

 取り急ぎ必要なのは……魔人の薔薇と……ケルベロスの牙くらいかな……これドロップさせようと戦うと3日仕事になるからな。

 割高ではあるが、今回は割り切ろう……


「せーんぱーーーいーーーー!」


 物凄く近くで声がする。

 ぶっちゃけすぐ後ろから声かけられてるレベルで……

 ……ここで俺はようやく気づく。彼女が先輩と呼んでいるのが俺であるという事に……


 で……誰だ、この人。やばいな。全く記憶に無い。

 『えーっとどちら様ですか?』って聞くのもちょっとな……

 こうい時の対処は……俺は満面の笑顔を作り振り返る。


「おや、ご無沙汰してます。こんな所で会うとは奇遇ですね」


 取り敢えず覚えてるていで会話をして情報を引き出す。話してる内に思い出すだろ、多分……

 本当に顔と名前を覚えるの苦手なんだ。自分自身の事を天才だと思ってるが、これだけは本当に苦手。

 アイドルグループの顔とか全く覚えられないもの。おかしいなぁ……ガ⚪︎ダムの顔とか、アイドルアニメのキャラの顔は覚えられるのだが……

 まぁ、流石に何回も話した事のある奴はよっぽどの事が無い限りは覚えているが……つまり彼女は俺の中で知り合いにギリギリ到達しないラインの存在の可能性が高い。


「そーですねー! 先輩が研究室辞めてから初めてじゃ無いですか?」

「ああ……そう言われればそうですね」


 よし、情報は引き出せた。 割とあっさりと。

 そう言えば家を出た後に幾つかの研究室に所属した事が有ったが……その時の知り合いか。

 ちなみに研究室では、現在では失われている古代魔道やらの解析に協力していた。

 全ては第3天位指定魔道に至るヒント探しの為だ。 時給はセリアが提示したものよりずっと良い。

 あの頃は、今以上に知識の吸収に必死で、余り他人の事を気にしていなかったから覚えが無いのだろう。

 

 ……けっして皆の輪に入れなかった陰キャとかじゃないんだよ。

 そもそも魔道研究員なんて、大体が陰の力を秘めてるからね。

 魔王とか退治しにいくようなタイプは基本いないから。


「もー! 先輩、他人行儀すぎません? 敬語は良いって前も言ったじゃないですか! わたしの方が後輩なんですから!」


 そう言われても……俺の中では、かなり他人なのだが……

 もしや……これは何かの罠か。 俺が可愛い後輩キャラに弱いと踏んでどこかの組織が美人局を送り込んで来たのか。

 いや、確かにちょっと弱いかもしれないけど。 だが、俺とてクールな天才魔道士で売って行こうと思ってるんで鼻の下を伸ばすわけにはいかない。


 亡国の騎士団の連中は、俺が第3天位指定魔道に到達している事を確実視してた。

 同様に、対外発表を行っていない現在でも俺の研究成果を観測している組織や個人が居たとしても不自然では無い。

 いや、100%存在する。 そうなると当然俺を取り込もうとする連中は現れてくる……だが、思ったよりアプローチが皆早いな。

 まずは、俺が本物かどうかの精査する時間が有るだろうと想定していたが……


 キラキラとやたら眩しい目でこちらを見つめる少女の顔を、もう一度良く観察してみる。

 この顔……確かに見た事が有るような気がしてくる……女の子って髪型と化粧で雰囲気変わるから……

 そもそも俺は研究室ではなるべく他人とは接触しないようにしていたからな……


 ……ん? 待てよ……そういえば……当時、何か居たな……男率80%を超える研究室でやたらちやほやされてた魔道士サーの姫みたいな奴が……

 記憶が徐々に蘇ってくる。 俺はフイにこんな言葉を口にしていた。


「髪切った?」


 それは、俺の元々居た世界の優れた司会者が使う魔法のワード。

 そんなに仲良くない人相手にでも、取り敢えず投げかけられる最終兵器だ。


「あー、確かに先輩が居た頃と髪型変えましたからねー あっちの髪型のが好みでした? うーん、もうちょっと伸びないとですねー」


 そう言いながら彼女は、髪を掴んで短いツインテールを作って見せた。

 ……やはりあの姫かっ! しかし、異世界でも一部の人たちに効果は抜群なんだね。あの髪型……

 ようやく俺は記憶の最果てに辿り着いたのだ。確か……名前はレフィティーナ……

 名前を呼んで間違っていると空気がヤバくなるので、敢えてこちらから言うつもりは無いが……


 しかし……何というか全体的にあざとい感じが凄い。 

 昨日のセリアは天然系だが、こいつは絶対に養殖系だ。

 全ての行動に計算が入っているように思えてならない。 

 なるほど、当時も同じように考えた結果、彼女と距離を取っていたのだな俺。


「じゃ、せっかく可愛い後輩と再開出来たんですから、ご飯でも行きましょう! 先輩の奢りでっ!」

「は?」


 唐突な提案に惚けた回答をしてしまった。そうじゃないだろう……ここは。

 『申し訳無いですが、私はこれより重要な魔道実験を行う必要がありますので。失礼』

 うん、こんな感じだな。ミステリアスでクールな魔道士の台詞としては。


「何してるんですか? 早く行きましょうよ」

「いや、私はだから……」

「あっちに良い感じのカフェありましたよ!」

「今日は触媒を……」

「店員さん、これありがとうございました! またですー」


 全くこちらの言葉に聞く耳をもたないかつての同僚は、強引に俺の手を引いていく。

 何だ……この強引さは……クッ……この場合はどう対処したら良いんだ……え、えーっと……

 俺は、為す術もなく、己の目的(買い物)を果たせずに、彼女に連れられて行くのだった。

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