表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第2話 シオン・エルフィートと亡国の騎士団

 かつて世界に覇をとなえた王国があった。

 世界の1/3を治め、栄華を極めた王国の名は、ブレイヴィルム。

 しかし、既にその名を冠する国は、この世界には存在しない。 戦い続けた王国は、戦いの末に消えていった。

 この世界に住まう人々からすれば、数百年前に滅びた昔話に登場する国でしかない。


 だが、その王家の血筋は耐えてはいなかった。

 彼らは雌伏を続けていた。代を重ねても、世界を統べる偉大なる王国は再び蘇ると信じてーー


 彼らは、こう呼ばれる……亡国の騎士団と。


 ここは玉座。

 かつての栄華からは程遠いが、それでも彼らにとっては、王の存在するこの場所こそが玉座である。

 その小さな体に似合わぬ、長剣を手にした少女は、自らの言葉を待つ騎士に、告げる。


「天剣より啓示を受けました」

「おおっ!それは……」


 王座に座る、少女の言葉に一人の騎士が驚嘆と共に叫んだ。それは王国が求め続けた失われた神の権能が、再び世界に現れた事を意味するからだ。


「間違いなく天位に到達した者が現れました」

「その者は……我々に協力するでしょうか」

「7つの天位を統べる者こそ、我が王国の再生を果たす真なる王。今度こそ……我が手中に収める必要があります」


 その言葉を言い終わると、少女は、立ち上がる。

 肩まで伸びた美しい銀色の髪を携え、大きな金色の瞳を持つ小柄な少女は、見る者全てを感嘆とさせるだけの美しさを備えていた。 

 そして、其の手に握られし天剣こそが、彼女がただ美しいだけの少女ではなく、”王”である事を雄弁に語っていた。


「ま、まさか……御身自ら出向かれるおつもりですか!?」

「天剣の導きがある以上、私自らが出向くより無いと思います」

「しかし、危険です。まずは斥候の者に接触させて……」

「いいえ。私がこの目で見たいのです……天位の魔法使いを」

「ならばせめて、この私の同行をご許可下さい」

「……クイーンは?」

「今は、まだお戻りではありません」

「……そうですか……わかりました。ナイトワン・カイン卿。共に行きましょう」

「御身をお守りする事を我が剣に誓って……キング・セリア」


 黒のローブに身を包んだキング・セリアと呼ばれた少女は微かに笑った。

 そして己の剣に語りかける。


「出番です……イクスライザー……あなたの力を使う時かもしれません」


 彼女の手に握られた天剣は、鈍く漆黒の光を放つ。

 天剣イクスライザー……それは遥か昔、神々の産み出した第5の天位《破壊》を内包する剣ーー


 * * *


 コンコン


 ドアを叩く音が、俺を微睡みから、現実に引き戻す。


 コンコン


 うるさい……昨日の実験のせいで、俺は絶賛魔力不足中。

 いや、どっちかと言うと疲れの主たる原因は夜中まで読み耽った例の禁書のせいなのだが……

 どちらにせよムッチャ眠たいと言う真実に偽りは無い。


 コンコンコン


 勘弁してください。

 シオン・エルフィートさんは、留守ですよ。

 多分、夢の世界と言うアヴァロンに旅立っているんで。


 コンコンコンコンコン


 本気で煩い……

 留守だろ、ここまで出なきゃ普通留守って考えるだろ。


 一体どんな連中なんだ……

 俺は眠い目をこすりながら千里眼を発動する。

 ロクでも無い勧誘とかだったら、極限的破壊魔道『神雷〜グングニル〜』を衛星軌道から直撃させてやる。


 ――寝起き千里眼!


 俺の目は、何時もより赤く輝いているはずだ。そこには寝不足による充血も多少含まれている事だろう。


 部屋の前に、真っ黒なローブに身を包んだ小柄な少女と漆黒の鎧に身を包んだいかにもな騎士と言った出で立ちの優男が立っていた。少女の顔はフードに覆われていて良く見え無い。


(……どうやら留守のようですな)

(居留守を使っているだけでは? もう少し強めにノックしては?)

(構いませんが……キング、本当に覚悟はおありですか? 下手を打てば……)

(この私を愚弄するのですか、カイン・ゲートウィル)

(申し訳ございません。 それでは……このまま続けましょう)


 なんの勧誘だよ……この人たち……

 まだ俺は第3天位魔道に到達した事を対外的には発表していない。

 各機関からハイエナ共が集まってくるのは、もっと先だと思っていたが……怪しい黒づくめ二人がやってきたぞ。


 どうやら、俺に会いに来たようだが、そもそも俺は知らない他人と会う程暇じゃない。

 今日なんか、この後は日本との省エネでの接続方法を検討しなきゃいけないのだ。

 どう見ても面倒事を運んで来たとしか思えない宅配便の相手をしてる暇は無い。そんなプライム便はいらない。


 まぁ、外の連中はこのまま無視していれば良いだろう。

 どうやら強硬策に出る事は無さそうだ。 取り敢えず寝直そう。

 念のため、俺は気配遮断と外部からの音を遮断する結界を通常より強く施し直し、再び緩やかな眠りに身を委ねたのだった。


 …………

 ……………

 ………………ん……



 良く寝た……外も静かになっている。

 どうやらあの不審者達は素直に帰ったようだ。

 いや、俺が音をシャットアウトしたから静かなだけか。


 とは言え……もうさすがに居ないだろ。


 念のため、再び千里眼を発動させる。


「千里……開眼ーー」


(キング……今日のところは出直しましょう)

(ふるふる)

(しかし、外も冷えて参りました)

(そろそろ……帰って来るかもしれない……それにこのお土産、今日中にお召し上がり下さいって書いてますし……)

(クッ……財政難のせいで……御身のローブの生地が薄いばかりにこのような寒さを味あわせるなど……)

(大丈夫です。天剣の導きによると……今日会えるはずですから……会えなかったらこの天剣、もう折ります)


 そこはかとなく天剣とやらの悲鳴が聞こえたような気がする。

 何この人達……結局、留守中と判断して帰って来るの待ってたの?

 5時間くらい寝てたんだけど……


(くしゅっ……)

(王よ! せめて我がマントで暖を)

(臭そうだから良いです)

(……お、おおう……)


 何これ、居た堪れない。

 騎士様せっかくのイケメンフェイスが哀しみに染まりすぎだろ。


(最悪籠城の準備はして来ています)

(流石キング。 きちんと枕も持ってきているのですね)

(はい。これがあればどこでも寝れるので)


 ……こ、こいつ等、何を人の家の前でキャンプ張ろうとしてるんだ!! ふざけるなっ!

 これ、出て行かないと延々と居座られるパターンなのか!?


 チッ……話くらいは聞いてやるか……

 かつて日本で戦った保険勧誘のおばちゃんより手強くない事を願うが……

 しかし、数時間居留守した手前……今更、扉開けるのもちょっとな……


 何で、こんな事で天才魔道士のこの俺が悩まなきゃいけないんだ……!


 仕方無い……


 俺は意を決した。

 次の星が満ちる時まで魔力の無駄遣いは極力避けたかったのだが……


 転移術式……起動。


 転移術――空間転移を行う魔道。一般的には魔力消費が激しく実用的に使っている魔道士は少ない。 

 俺クラスであれば短距離転移ならばほぼ目的の座標に到達出来る。


「跳べっ!」


 * * *


 寒い……どうして私はこんな寒い思いしてまで、ここにいるんだろう。

 念のため持参していた、防寒用の毛布に包まった私だったが……この季節の外は思った以上の寒さだった。


 天剣は、この場所を指し示した後に何の啓示も与えてくれない。 もう少し親切に啓示出して欲しい……何時ころに帰ってくるとか。


 このままでは、天位の魔導士を落とすために、並んで買ってきたケーキが無駄になってしまう。

 ……ケーキ、つまり甘味は貴重品。


 慢性的な財政難である我々は毎日は食べる事出来ない。

 特に今回は、地元でも有名な高級店のものだ。

 これならば、いかに天才魔道士と言えども甘い誘惑には勝てないだろう。

 私ならば数秒あれば、誘惑に負けるだろう事は想像に容易……そんなわけない。


 でも、本当に遅いな……帰って来ないのかな……

 なんかこの天剣によってもたらされる啓示の半分……ううん、75%くらいは外れてる気がしてきた。 冗談じゃなくて本気で折っちゃおうか……


 はっ!


 とんでも無い事に私は気付いてしまった。

 もう少し早くこの事実に気づくべきだった……


 もしも彼が、帰って来なかったら……

 本日中にご賞味しなければいけないこのケーキは……

 私が食べるしか無いのでは……そうするしかないでは……!? これが……天啓……!?


「ねぇ……ナイトワン・カイン卿」

「はっ」

「そろそろ日も暮れて参りました」

「確かに……」

「私としても残念だけど……今日はこの辺で、引き揚げましょう」

「……どうされました? 急に心変わりとは……キングらしく……」


 うっ……やはりちょっと唐突過ぎただろうか……


「いや、行き当たりばったりなところも偉大なキングらしいかもしれません……柔軟な思考、流石キング」


 ……この部下はたまに私の事を小馬鹿にしているのか褒めているのか分からない時がある。 マント臭いって言ったの根にもってるんだろうか……でも、実際臭いし。


「私としても、是非天位魔道士殿に、この甘味をご賞味頂きたいのですが……腐ってしまっては本も子も無いでしょう。今日のところは残念ですけど……残念ですけど! 持ち帰りましょう」

「……キング、手土産の処遇についての話は割とどうでも良いのですが……何か深い意味が……?」

「と、とにかくっ! 我が王国の10訓にもあるでしょう! なるべく時間外労働はしないって!」

「むしろ我々内職とかで働き詰めですが。騎士団のメンバーもかなり減った事もあり」

「……王訓は今度見直します」


 私もアルバイトとかした方が良いと思うんだけど……どうにも騎士団の皆は過保護な気がする。 私だって何時までも子供じゃ無いの


「とにかく、今日のところは引き上げです!」

「はっ! 王意のままに!」


 よしっ! 通った……!

 ケーキは全部で5つ買ったから、クイーンと私で2個づつ食べれる……

 残った1つは……カイン卿は甘い物とか食べる感じじゃ無いし、他のメンバーも多分、甘い物そんなに好きじゃない気がする。

 天地を分かつ決闘じゃんけんの上で、私かクイーンが頂く事にしよう。私はこういうの強いから……


 素晴らしき甘い未来は近い――!


 その時、私の甘い妄想を吹き飛ばすかのように一陣の風が舞った。思わず私は目を瞑る。

 風の過ぎ去った後……私を守るようにカイン卿が仁王立ちしている。この辺は流石に騎士団最強と言われるだけある方だ。

 そしてカイン卿は見据える先には……男が一人立っている。

 悪寒ーーー何という……何という魔力ーーーこれまで感じた事の無い圧倒的な力。 彼と目があった瞬間、私の全身、全細胞が警戒反応を示す。

 さっきまで静かだった天剣も最大級のアラートを放っている。


 透き通るかのような蒼い髪、まるで彫刻のように整った顔立ち。余りに完璧すぎて現実感すら感じ無い……人間というよりもおとぎ話の天使みたい……これ程の存在の接近に私も、カイン卿も気づけなかった?


 その事実が恐ろしい。完璧な気配遮断の術を持つのか……転移法陣無しの単独転移を行って来たのか……どちらにせよ人外の化け物としか言いようが無い。


「おや?  私の工房に何か御用ですか?」


 私たちの前に現れた魔道士は、微笑みながら言った。その美しい瞳に見据えられると、震えが止まら無い。私は震えを抑えて、彼に質問する。


「ど、どこから……?」

「ははは。転移魔法の存在はご存知でしょう?」


 やはり……空間転移! それも単独での……

 第3天位指定魔道は時間と空間を超越すると言う……

 間違いない……彼こそが……新たな第3天位指定魔道士……!


 落ち着きなさいセリア・ブレイヴィルム……私は、彼の力を得なければならない。 全ては、王国の再興の為に。

 交渉する時は……クールに……相手のペースに呑まれないように……

 父よ。母よ。偉大なるかつての王たちよ。我が覇道の為に……力をーー!




 あ、ケーキは……渡すタイミング無かったし……このまま持って帰って良いよね?


 * * *


 亡国の王 セリア・ヴレイヴィルムは、ついに天位の魔導士と邂逅した。彼女の野望とお土産の行く末はーー!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ