第1話 望郷の魔道士
今ここに神の権能に等しき大魔道が400年の時を越えて顕現した。
シオン・エルフィートは懇願する。 この時が一瞬でも長く続く事をーー
* * *
クッ……! あと……あと10分……!!
命を……我が命を吸うがいい! 『竜の涙』よ!
例え我が身を食らってでも……世界を繋ぎ留めろぉぉぉぉ!!!
俺は……見届ける必要があるんだ……
この結末をっ!!
あっ――
終わりは呆気なかった。
俺の熱血ロボットアニメ主人公ばりの魂の叫びもむなしく、異世界との交信は唐突にアッサリと終わりを告げた。
先程まで『竜の涙』に映しだされていた我が大願は、今はこの世界のどこにも存在しない。
再び俺の手の届か無いところに行ってしまったのだ。
ま、マジかよ……ここまで来て魔力切れだと……
想定外だ。天才の俺の魔力ならば30分は……30分は余裕のはずだった。
正確に言うと計算上はCMを覗いた24分は大丈夫のはずだった。
異世界の扉を開くって言うのはここまで魔力消耗するもんなのか!?
まだAパート終わったところだぞっ!?
一番いい所はこれからだろうが……
仲直りした皆で、歌って踊るクライマックスはここからだろうが……!!
これだけの為に……これだけの為に物凄い苦労して手に入れたんだぞ『竜の涙』っ!!
『竜の涙』を巡る冒険は、仮に俺が日記をつけていたとしたらライトノベル一冊分くらいの分量になる事は間違いない。
ソロでひたすら古代種の竜を狩ってただけだから、内容的にはひたすら地味な工場バイトみたいな感じになると思うが……絶対に売れ無いな、ソレ。
中々お目当の『竜の涙』手に入らなくて、途中から完全に死んだ目をして古代竜を狩っている姿は、殆ど仕事に疲れた社畜と変わらなかっただろう……
これだけの苦労を乗り越えたにも関わらず、見れたのはわずか15分……割が合わないにも程がある。
ああ……こんな世界もう嫌だ。俺は……俺はただダラダラとアニメを見てネットして過ごしたいだけなのに……天才魔道師が何だって言うんだ……これだけの力が有っても、己のささやかな願いすら叶えられ無いなんて……
……改めて自己紹介しよう。
俺の名前は、シオン・エルフィート……かつては藤崎修司と言う名前だった事もある。
察しの良い方は、もう気付いているだろう。そう、俺の前世は日本人……所謂、転生というやつだ。
生まれ変わった俺は容姿端麗・頭脳明晰・完璧魔道士としての生を受けていたのである!!
透き通るような蒼い髪に、魔力を込めると赤く輝く瞳。秘めたる魔力は、世界でも類をみないレベルであり、若干18歳にして、数多の魔道体系を極めた天才。まさに黒歴史ノートに登場しそうなテンプレ美形魔道師とは俺の事だ。
この魔道の発達した異世界で生きる上でこれだけ不便の無い設定もないだろう。神様も粋な計らいをしてくれる。
しかし……しかしだ……俺が望む人生とはこういう事では無い……!!
言ってはなんだが、俺は転生前の暮らしに何の不満も不自由も無かったのだ。
どちらかと言えば、その生活を心より愛していたと言っても過言では無い。
アニメ・ゲーム・漫画……日本の誇る素晴らしき文化の数々を謳歌する。
インターネットを使えば世界中の人たちと繋がる事だって出来る。
これ程素晴らしい事があるだろうか? いや、無い。
どれだけ、設定を盛って貰っても、この世界にはそれらは何も存在しない。
外を見渡せば、中世ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ。海外旅行で来たなら楽しいのだろうが、何年も住んでいるともはや見慣れてそこには何の感動も無い。
外には車も走っていなければ、家の中にはエアコンもテレビもPCもスマホも何も無い。
俺の知り得る文明の利器は何一つ存在しない。もっとも魔道を使えば、文明の利器以上の結果をもたらす事も不可能では無い。
しかし……それでは……それだけでは足り無いのだ。
確かにこの世界にも素晴らしい芸術は存在する。
ああ、音楽だって素晴らしい物があるし、美術だって荘厳だ。
だけど……俺の求めてるのはそうじゃないんだよっ!!
最初は良かった……前世の記憶がぼんやりとしていた頃は、多少の不便を感じつつも、ちょっと変わった魔道の天才として成長していけた。
……だが、年を重ねるごとにかつての記憶が鮮明になっていくと、いよいよ俺は魔道士と言う職業において異端もいい所な存在となっていった。当然だ。俺が求めるのは魔道の深淵じゃない。俺が求めるのはかつてのあの生活なのだから。
思い出さなきゃ良かった……思い出さなければ俺は、この世界で完璧な魔道師として生きていけたのかもしれない。
しかし……思い出してしまったんだ。あの楽しかった自堕落な日々を――!!
毎日ネット見てアニメ見て、特に生産的な事は何もせずとも生きていけた素晴らしきニートの日々を。
そして何よりも……最終話を見れずじまいな数々のアニメ達を……その結末を見届けなくてはならない!
そう……それこそが……今回の実験の動機である。
その為に俺は時間と空間を超え、異世界を……我が魂の遥かなる故郷……『地球』を観測したのだ。
我が大願の果てに待つは、尊きアニメたち!
おかしいな……何となく動機が余り格好良く無い気がする。
対外的に発表する時には、ちょっと格好感じの言い回しを考えておこう。
我が大願とは、異なる世界における文明を観測する事である……とかこんな感じで。
しかし、この世界にアニメを無理矢理配信してやろうという考え自体は悪くなかったと思うが……こんなに魔力と資金と労力を消耗したのでは、毎日のライフスタイルに組み込むのは難しい。
ゼレオンめ……ケチケチせずに完璧な異世界観測マニュアルをちゃんと残しておいてくれれば…… そうしたら俺はこんな苦労しなくて済んだかもしれないのに。引き継ぎって大事なんですよ。
俺は実験で発生した魔力の余波で床に散らかった異界よりの禁書ーー言葉を変えるならば、日本の漫画を手に取り適当に部屋の端に積み上げる。
これを召喚するのもランダム性が高すぎるんだよな……俺が読みたいのは、きっともうそろそろ完結してるはずの某狩人漫画の続きなのに……全くヒットする気配が無い。まさかそもそも続き等存在しないと言う事は無いだろうが……あれから俺の体感的には18年経ってるわけだし。
やはり異世界に干渉するのは、そう簡単では無い。今回の実験においてピンポントでお目当のアニメの見たい話数を放映している時間・空間軸にアクセス出来たのも数ヶ月に及ぶ入念な準備があったからだ。
現代の整備されたインフラを享受する人々は、もっと感謝するべきだ……Ama⚪︎oneって魔道より凄いと今の俺は思っている。
欲しいと思った商品が、ちょっとお金を払うだけでその日の内に部屋まで届いてしまうし、色んな動画も配信されてるし……これはもはや大魔道の域だ……
これをこの世界で達成しようと思ったらどれだけの優秀な魔道師集めて、高価な触媒を消耗し、膨大な魔力を消費しなければいけないのか検討もつかない。
恐らくユグドラシルの総力を挙げても届くか届か無いか。そもそもあそこの研究者連中、皆仲が悪いし協力して何かに当たるなどと言う事は無いだろうが。
何はともあれ……実験は、新たな段階に進む事が出来た。
俺の求める世界には、まだまだ果てしない程の距離があるが……
道は見えた以上、何時か必ず手は届くはずだ。きっと何時の日にか……異世界に居ながらにして、日本に居た時のような環境を構築する事が出来るはず……そうその為に俺にはこれだけの力が授けられたのだろうからーー!
まだ見ぬあの漫画の完結をーーあのアニメの最終回をこの手に掴むまで……俺は止まら無いっ!
* * *
大魔導士シオン・エルフィートは、望む。
異世界の文明全てをこの世界に再構築する事をーー
それは禁忌の願い。彼の欲望の果てに、魔道は新たな可能性を紡ぎ出す……のかもしれない。