異世界移動したと思ったら全裸で高校生に発見された俺オワタ
いつの間にか主人公になる条件を満たしていたらしい。
「これが噂の!?」
トラックに轢かれること。
最も数が多く、ありふれている、約束されし王道のテンプレートであり、必要条件のひとつ。
どうやら俺もその条件をいつの間にやら満たしてしまっていたらしい。
例えば、最後の記憶が近道のために路地裏へ入ったあたりで途切れていようとも。
「うん。本当に白い」
真っ白なこの空間は思わず感嘆を覚えるほど。異世界系物語のマニュアル通りでしかなく、このまま行けば想像通りに、普段は宝くじを買う時にしか信じていない、神様とか言う都合のいい存在が現れるに違いないのだろう。
逆にここまでそれっぽい空間で何もないだなんて、他の誰が許そうとも俺は認めない。
願わくば幼女な神様を希望したいところだが、如何にもな仙人老人も捨てがたい。もちろん爆乳美人な女神様ならば、俺はその瞬間喜んで今までの非礼を詫び、壺や絵や果ては水を勧められようとも二つ返事で言い値で買うし、その宗教には逆に頼み込んで入ることになるだろう。
「さて、問題は何をもらうかだ」
どっかりと、どこまでも真っ白な空間に腰を下ろす。
上下左右の識別もない、真っ白の空間に漂っている以上、なんとも不思議な感覚ではあるのだが、この空間でそんなちっぽけなことを考えるのはヤボというものだろう。なにせ今はもっと他に考えるべきことがあるのだから。
約束されし異世界転生の王道展開。
トラックに以下略。神様に以下略。能力を以下略。異世界に以下略。異世界で以下略。
俺が考えなければいけないのは三番目の能力の以下略だ。気が早いと言うことなかれ。たとえこの不思議空間だったとしても時間は有限なのだから。
「チーレムしたいな、だって男だもの」
数ある教本通りならすぐに目の前に居るはずの神様にはまだ会えていないが、きっと前の人が無理難題でも吹っかけているのだろう。誰だって夢見た王道神様転生とくればそうする。俺もそうする。チートにハーレムを望んで何が悪い。男なら誰だって一度は夢見るだろう?! 星に願うだろう?! 水たまりに足をつける瞬間に期待することの何が悪い! 鏡に手を伸ばして普通に触れて落胆することの何が悪い! 玄関のドアを開けた時いつもの道路が見えて嘆くことの何が悪い!
おまえは疲れているんだよ。数少ない友人は生暖かい瞳で俺の肩を叩くだけだった。だが言わせてもらおう。画面の向こうの彼女に給料の半分以上をつぎ込むお前にだけは言われたくない、と。
「しかし、さすがに遅いのでは?」
未だ見ぬ美少女女神様を心の底から待ちわびて、俺は今後を夢想する。
チーレム。そうチートにハーレム。それは男の夢だ。しかし、それをどう実現するべきか。例えば「お待ちしておりました勇者様」なのか「お逢いしとうございました魔王様」なのか。そこが一番の問題だ。
清楚で可憐で可愛い神官少女が頬を染めて俺を歓迎するのか。妖艶でエロスで美人な魔族の巫女姫が笑みを浮かべて俺を歓待するのか。甲乙つけ難い難問だ。
もちろんのこと貴族の息子でもしがない農家の息子でも構わない。絵に描いたような美少女貴族の許婚に、漫画にしかいない面倒見のいいちょっとだけお姉さんな幼馴染、どっちも美味しいです。
「ん?」
あまりにも訪れの遅い神様を待ち焦がれて、俺の欲望は加速する。
いっそ人外転生してくっ殺女騎士さんといい感じになるのもアリだと思い始めた頃、それは聞こえた。
「何? 聞こえない。もう十回ほどいいですか?」
笑い声、なのだと思う。小さな誰かの息遣い。遠くから響くようで、酷く近くから聞こえる気もする。
どうせ思考回路ごと神様には筒抜けなのだからと、自重って何ぞやと言わんばかりのことだけを考えていたわけだが、それに代えるのが笑い声とはこれ如何に?
神様の関心をどんな形であれ引けたのは素直に喜ぶべきことだろう。それでもなんというか心にクルものがあるのだ。こいつ何を馬鹿なことを言っているんだ? 雰囲気にこれでもかとのせられた感情がダイレクトに俺の心を抉っていく。呆れでもなんでもなく、真剣に困惑し、そしてそのうえでコイツは馬鹿だと嗤う声。いくら相手が神様であっても許せないし、許していいはずがない。
「そもそもどこに」
姿を探す。どこかとても近くに、かなり遠くにいるはずだ。概念に囚われないようにまず足元を注意深く見透かす。
白が広がるだけのそこ。左右を見渡しても同じ。最後に期待を込めて上を見上げる。これで女神さまがパンチラでもしてくれようものなら、今までの全てを不問にするだけではなく、土下座で有難うと感謝をする用意がこちらにはあるのだが。
「あれ、何か」
白い空間にはやはり何もなかった。今更込み上げる恐怖に必死に蓋をする。
あの世には世界遺産に登録が検討さえされていない見事な花畑やら、川やら、門番がいるはずなのだ。だからここは違うはず。違うよな。違うと言って下さいお願いします。
誰にともなく、童貞のまま死ぬのは嫌だと叫ぶ。せめてあと二年の猶予が欲しかった。童貞のまま死ぬくらいなら俺は魔法使いになってから死ぬ未来を選びたい。
目から流れそうになった心の汗を隠すようにその場に倒れこむ。目に痛い白から少しでも逃げたくて腕を額にあてがった。
「何かいる?」
その時だ。キラリと。それは確かに光を反射した。
咄嗟に立ち上がり眩しいものを見るポーズを取る。自慢ではないが俺は眼だけはいい。
白い空間にいる何か。反射する光はまるで金属のそれと相違なく、つまりはこれは王道は王道でも種類が違うらしい。
ホラーとか。パニックだとか。サスペンスとか。サイコだとか。
「だ、大丈夫。フラグがなければ奴らは何も出来ない!」
物語の始まりを告げる者。
格好良く俺の役割を称したところで、その字の上に浮かぶルビはどこまでも正直だった。
つまり被害者。
「こんな所に居られるか!」
物語の一コマに登場するだけの簡単なお仕事だ。
セリフだってたったの一行覚えればいい。
いわゆる死亡フラグって奴を。
「俺は部屋に帰るぞ!」
「辞めたほうがいいって」
「えっ?」
敢えて俺は声を張り上げる……度胸も根性もないので、囁くようにまったく違うシュチュエーションで使われる死亡フラグを再現した。主に超自然的現象か陰謀による物理で世間から隔離された建物などでしか使えないが、使ったものは必ず殺されるという恐ろしい魔法の言葉を。
返るのは静寂だ。静けさだけだ。それだけのはずだったのだ。
「知らない天井だ」
「気が付いたみたいね」
女の子の声だった。それに引きずられるように浮上する体。いや、これは意識だろうか?
瞼が痙攣することを感じながら俺は第一声を考える。神様には残念ながら会えなかったが、今回はそういう系統の異世界移動なのだろう。部屋に所狭しと並んでいる教本という名のラノベがそう言っているのだから間違いなんてあるはずもない。
「……天井? あれ? あっ、スタート地点はまさかの屋外、だ、と?!」
「ねぇ、ナナちゃん、やっぱりあの人危ない人だよ。警察……じゃなくて病院かな? ほら黄色い救急車の」
「十五、残念だけどそれは都市伝説だから」
異世界転生ひゃっはー!
と叫ぶべきか迷ったが、ここは無難なセリフを選択する。人生で何度だって使ってみたい言葉である知らない天井さん。このセリフほど応用の効くものは他には存在しないに違いない。例えば今の俺の状況下以外では。
目を開けたら屋外とか、ちょっと神様話が違うと思うんですよ。
「あれ?」
とっさにあの白い空間での会話を思い出す。男の俺のほうがまだあるのでは? と思ってしまうような平たい胸を反らしたクール美人の女神様。男装の麗人とか大好物ですと綺麗なおみ足を眺めたあのひと時。
どう考えても現在位置が変わっていないんですが。だからどういうことですかね神様?! 脳内の俺の嫁神様に問いかける。
勿論全てフィクションである俺の妄想なわけだが、現実逃避くらいさせて欲しい。
「ちょっと、そこのおっさん大丈夫?」
「そこは建前でもお兄さんって言ってあげようよ、そういうの大事だと思うな」
視線だけで見渡した路地裏は、先ほど俺が近道のために利用したものに相違なく。はて、いったい何が? と頭を起こす。どうやら仰向けに倒れこんでいたようで、背中が痛いし冷たかった。
仕事のストレスでついにやっちまったか。ため息を吐いて起き上がろうとすれば目に入るのは肌色。
もしやいくら平和な日本といえども限度はあったのだろうか。せっかくだからと大枚はたいて購入したお高いスーツを追剥されてしまったようだ。イタリアのそれほど有名ではないけど、でも名前を聞いたことのあるようなブランドものだったのに。
「よっこら、えっ、はい?! んんん?!」
何も中身のシャツまで持っていかなくても。そう思いながら年寄り臭い掛け声ひとつ。腹に力を入れ跳ね起きようとするが、そんな若さは残っていないので素直に手を道路につけて起き上がる。真っ先に目に入ったのは少しばかり弛んだ腹と、俺の息子だった。
そう、俺の、息子。
マイサン。
ちなみに本体とは違って左さんという名前の彼女がいるリア充である。
「なんじゃこりゃ!?」
結論だけを言おう。ようするにアレだ。アレなのだ。アレってドレだ? いやだからアレだ。
「おっさん、こんなところで全裸でナニしてんの?」
「あの、その、具合は大丈夫ですか? ほら、頭とか」
ありのままの姿なのだ。生まれたままの。
もっと直接的に表現すれば全裸である。裸である。まっぱである。
しかも、近くに人がいる以上歴とした罪である。公然わいせつ罪である。
俺の人生終わった。
「ははは、いやいや」
慌てて手で大事なところを隠してからそこを見る。先ほどからかかる声の主。まず目に入ったのはいわゆるローファーだった。学生御用達のあの靴だ。この時点で俺のただでさえレッドゾーンに突入していたパラメーターが半分減った。ゆっくりと視線を上げていく。黒い靴下と濃い緑色のスカートが作り出す絶対領域に、すらっと足にフィットする黒いズボン。肩に下げられた鞄に入る指定校のマークは、俺の友人のマニアさんの思い違いでなければ双方共に有名な私立高校のもので。
「オワタ」
リアルに地面に両手を付く。零れた呟きは絶望にまみれていた。
何がどうしてこうなった?! 嘆きを叫んでもすべてが手遅れだった。
本日17時頃、全裸の男が高校生二人組に声をかける事件が発生いたしました。
男は年齢が三十前後、身長は百七十から八十程度、中肉中背で黒髪。「ここは異世界ですか? 俺を呼んだのは君?」などと意味不明なことを話しかけ、高校生らが悲鳴を挙げたところ、そのまま走り去ったとのことです。
「ちょっとおっさん? 聞いてる?」
夕方のニュースのトップ記事が頭をめぐる。どうやら俺は知らぬ間に神様から予知能力を授けられていたようだ。
違う。そうじゃない。諦めたらそこで試合終了だ。だが、時には潔く諦めたほうが罪が軽くなることもあるのだ。気が付いたら全裸で路地裏で目が覚めたんです! 服も鞄も靴もないんです! 強盗! 俺は強盗にやられて!! こんな感じで許してもらえないだろうか。もらえないかな。もらえないだろうな。もういっそ未来からタイムマシンで来たって言ったほうがまだ許される気がしてきた。
「やっぱり救急車呼ぼうよ。でも、同じ番号で黄色い救急車って来てくれるのかな?」
「だから、都市伝説なんだか来るわけないでしょ。それに一応私が六さんに連絡したから」
ちらりと仰ぎ見た高校生二人組は、幸いなことに今のところ悲鳴をあげる気配はない。
そればかりか俺のことを心配して救急車を手配すべきだと、十五と呼ばれていた少女は携帯片手に真剣だった。
肩ほどの栗色髪、大きなアーモンド型の瞳、アルトの音で紡がれるセリフはどこか天然じみている。非常に庇護欲をそそる少女だ。俺と同じくらい身長があるというのに、その姿は可愛いとしか形容ができないのだから本物だろう。こっそりと男の娘かな? と本能が囁くが気のせいに違いないのだ。十五というのは彼、じゃなく彼女の名前などではなくちょっと珍しい苗字なのだろう。
「六さんって……えっと、たしか」
「八、九、三の隠居した先代にしか見えないけど、自称しがないただのご老人その六らしいよ」
「ナナちゃん。僕、ナナちゃんの交友関係がとっても心配になったよ」
それに僕っ子だし。
あれ、これ本当に異世界移動じゃないのか? えっ、だってあれヒロインでしょ? 俺のヒロインだよね?! 例えば彼女がいる上に男の娘疑惑があろうとも。
チラリとナナと呼ばれた方を観察する。モデルのようなスラリとした体形にイケメンとしか形容のできない女の子がそこに居た。男子の制服を着ているがどう見ても女の子だった。男装の麗人とかそういうのではなく、文句なしに似合っているし違和感だってないのだが、女の子だ。あれで男だったら俺は何を信じて生きればいいのかわからない。
うん。俺、やっぱり異世界移動していたようだ。
目の前にヒロインが二人いるのがその証拠だろう。きっとジャンルがハイファンタジーではなくローファンタジーで、そのうえラブコメなのだろう。
「で、おっさんどこにいくわけ?」
「えっ、あの、その、警察に被害届を出しに」
「やっぱり、したの?」
ゆっくりとバレないように二人から距離を稼ぐ。少しずつ。確実に。いきなり逃げてはものすごく怪しげな奴から絶対に危ない人にクラスチェンジしてしまうからだ。
そもそも事実俺には何が起きたかさっぱりなのだから、わけもわからず警察の御厄介になることは避けたい。
「えっ? したって、なななナニをかな?」
「とにかくさ、何があったのか知らないけど、まぁ、見ちゃいけないものをおっさん見たんじゃないの?」
「見ちゃいけないもの?」
避けたいのだが。言いにくそうに、言葉を発する少女を見るになんだか難しい気がしてならない。
うん。ナニをしたのかな。俺は。いったい君の頭の中でナニが起こったのかな?!
あんまりにもあからさまに逸らされた話題と視線が痛ましい。
ねぇ、本当に君の脳内の俺はどんな変態という名の紳士にされてるの?!
「そう。まぁ、でもおっさん運がよかったよ」
少女に思わず詰問したい衝動にかられるが、なんとか我慢する。彼女に触れた瞬間ただでさえ終了している俺の人生がエンドロールに突入することだろう。
仕方なしに、俺は回想を行う。いい加減自分が全裸の理由を思い出しておかなければマズイからだ。敵を知り己を知っても現実は非常なので戦には惨敗するのだが、知っていなければスタート地点にさえ立てないことは世の中にはあふれているのだから。それに、もしかしたら俺は彼女の言う通り路地裏で怪しげな男たちの取引を目撃しそして。なんてどこかで聞いた展開を経験している可能性もゼロではないからだ。
俺は今日友人と飲みに行く約束をしていた。
すぐそこに待ち合わせ場所と時間が迫っていた。
遅刻したら友人には一発殴られ、そして奢らされる未来しかない。一秒たりとも遅刻は許されない。
だから近道をしようとした。俺より高給取りな友人に奢るだなんて意味がわからない。
路地裏を突っ切ろうとした。道はよくわからなかったがたぶんどうにかなると思ったのだ。
路地を突っ切ろうとして。
「悪かったの間違いじゃないのかな?」
「さぁ、決めるのはあのおっさんだよ。そういえば、それ」
誰かが居た?
二人居た? 誰か?
記憶の糸を手繰る。だが、どれだけ引っ張ろうとも切れたものはそこで終わる。
誰かが居たのは確かだ。そして今思い返してみれば争っていた。ような、気がする。俺は、そのまま踵を返そうとした? それともさっさと横切ろうとした? わからない。まるで思い出せない。
そういえば鈍く光る棒状のものを見た。パイプで後頭部を強打でもされたのだろうか。とっさに頭に触れるがもちろん血が付くことはなかった。
体に異常もない。しいていえば全裸なことだけだろう。だからこそ、それと少女が指し示すものが何か俺には理解ができなかった。
「おっさんのでしょう? 大丈夫? 金なら、といちで貸してあげるよ」
「お金どころの騒ぎじゃないと僕は思うけどな」
鞄だ。俺の鞄。入社した時に買って今も見栄だけで使い続けているリクルート用の薄い黒い鞄。もう五年も愛用していたそれは見るも無残な姿をさらしていた。
穴だ。大きな黒い穴が真ん中に空いていた。きれいにくり抜かれた穴。思わず拾い上げてから、向こう側をのぞき込む。そういえば大事な書類が入っていたような。現実逃避よろしく中身を改める。真ん中にぽっかりと空く穴。契約書の向こうに佇む高校生二人はやけに落ち着いて見えた。
ここから始まらない冒頭。たぶん現代異能バトルもの。
異世界転生かと思った? 残念! がやりたかったのでやらかしました。続きません。