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魔王物語 一片のエピローグ

 魔王の城が築かれる前、そこはとある宗教の隠れた研究施設だった。

 不老不死、そんな夢物語を叶えるために多くの学者や研究者がそこに集まっていた。正しく言うならば多額のお金を無理やり渡されて監禁されていた。

「細胞を圧縮させて差し替えてみてはどうだろうか?」

一人の研究者が提案した。もう随分長いこと監禁され、頭がおかしくなっているようだった。しかし、その提案は試されることになった。提案は何でもやってみるが施設のもっとうだったからだ。故に多くの賢明な人たちは発言を慎んでいた。にもかかわらず……

 研究はすぐに始められた。新鮮な遺体から細胞を抜き出し、圧縮させた後に生きている人間に差し替えを行った。新鮮な遺体がないときはその場で調達することも多々あった。そんないかれた実験だった。

 差し替えられた人間のほとんどは拒絶反応を起こした。多くの人が死に、何も成果が上がらなかった。

 いつものことだと笑う幹部に一人の研究者が異議を唱えた。名はウィズと言った。

 ウィズはすぐに研究を止めるように申し出た。この研究だけでなく、他の多くの研究も止めるように強く言った。もっと慎重に審議すべきだと。

 幹部は彼を異端だと憤った。彼の身を拘束し、同じ研究者である恋人もまた捕らえられた。ウィズは何度も脅迫され、考えを改めるように言われた。そうまでして手元に置いておきたいほどに彼は有能だった。しかし、彼は屈しなかった。こうなることはわかっていたが、殺されても応じないことを彼女と約束していた。

「彼女の腹には君の子がいるようだが、構わないのだね?」

ある時、幹部一人がそう囁いた。ウィズは生まれて初めて大きな声を上げ、汚い言葉で喚き散らした。

 ウィズは抵抗を止めた。そして、細胞圧縮実験に参加することになった。

 大きな水槽のようなものに人を入れ、細胞を注入しつつ電気を流す実験と聞かされた。研究者への配慮として水槽へはシーツが被せられていた。それはさながら死刑を執り行う執行官のようだった。

 機械で注射針を刺し、手元のモニターを見ながらウィズは電圧を調整していった。

 珍しく細胞が適合しそうになったとき、被験者の反応が変わった。突然大きく痙攣を始めた。ウィズは電圧を下げようとしたが、その手は幹部に抑えられた。それどころか、あと少し、あと少しと電圧を上げていった。ウィズは戸惑った。しかし、電圧を上げるほどに細胞が体に適合し始めたので、研究者としての業が顔を覗かせていた。

 どうせいつものこと、実験を繰り返すうちに人の死をそう扱うようになっていた。

 ウィズは自らの手で電圧を上げた。すると、幹部は満足したように頷き、手を放した。

 その時、どこから入ったかわからない強い風が研究所内を吹き通った。それは黒い風だった。

 風に煽られ、想定以上に電圧を上げてしまったウィズは水槽に目を遣った。

 シーツは風に飛ばされた。

 その中に入っていたのはお腹の膨らんだ恋人だった。

 恋人は痙攣しながらもはっきりとこちらを見ていた。ウィズは慌てて電圧を切ったが、なぜかいつまでも電気は流れ続けた。急いで駆け寄り、水槽を割ろうと椅子で叩くが強化ガラスにひび一つ入らなかった。

(なんで? どうして? 信じていたのに……)

恋人の声が頭に響いた。恋人は血の涙を流すと、口につなげたチューブが外れて沈んでいった。その姿をウィズはただ見ていることしかできなかった。

ウワアアアア

大きな叫び声を上げるとともに、施設は停電した。

 怒りに気がふれ、憎しみに包まれた。それを包み込むように風が何度も体を通り抜けた。

「その心を大事にすると良い。それは君の源だ」

どこからか声が聞こえた。

 いつの間に目を閉じたのか、視界は真っ黒だった。彼は目をゆっくり開けた。初めて世界を見るような感覚だった。

 体中に力がみなぎるのを感じた。

 ソレはガラスに触れた。すると、ガラスは飴細工のように吹き飛んだ。ソレは中に横たわる女性を抱えると、歩き始めた。

「おい、何のつもりだ?」

声をかけた幹部の首は一瞬にして消えてなくなった。どうやったかは自身にもわからなかった。ただ、うるさいと思っただけのことだった。

(人間なんて消えてしまえ)

そう思った。次の瞬間にはその施設から人が消えていた。若干人の形をしたものが残っていたが、それは瞬く間に形を変えた。

(私は何がしたいのだろう?)

腕に抱えた亡骸を見て、ソレは首を傾げた。自分がなぜこれを抱えているのかもよくわからなかった。ただ、それはとても大事なもので、愛おしいものだった。

 これを守ろうと思った時には堅牢な城ができていた。ソレは手術台のようなところに亡骸を置いた。そして、まるで儀式でも執り行うかのように祈りを捧げた。

 亡骸はいつまでも腐敗しなかった。体の中で特別な細胞でも働いているのか、まるで生きているかのようだった。

(動かす方法はないのだろうか?)

そう思うと黒い影はニンマリと笑った。

「無理だね。だって、それには魂がないもの」

影は形を成すとソレの周りを回り始めた。

(タマシイ?)

「そう、それはただの器。動かすには魂が必要なんだよ」

(どうすれば手に入る?)

「そうだねぇ……」

影は亡骸を覗きこむようにすると、ソレに顔を向けた。

「とりあえず細胞の数だけ魂を集めてみよう。随分と圧縮された細胞もあるみたいだからかなりの数が必要だね。大丈夫、集めてくれたら僕がそれをこの器に入れてあげるよ」

話しているうちに屈強な体躯の生き物が三体部屋に入ってきた。それらはソレの前で膝まづいた。

 ソレは次第に意識をはっきりとさせていった。

「細胞の数?」

「そう」

「世界人口でも足りないな。しかし、物は試しだ。そうやって生きてきた気がする」

ソレは膝まづく三体に目を向けた。

「お前たち、同胞を集めて人間を殺して来い。一人残さずだ」

ソレが指示を出すと、三体はすぐに動き始めた。

「影、お前は魂をかき集めて来い。それと、私以外の者がこの部屋に入ることを固く禁ずる」

「かしこまりました、魔の王よ」

影は嬉しそうに笑うと、忙しくなると揺れながら消えていった。

 魔王は亡骸に触れた。壊さない様に慎重に頬を撫で、膨らんだお腹に手を当てた。その時、不意に涙が零れた。

「必ずもう一度……」

魔王は手をかざすと闇で亡骸を包んだ。

 世界中で光の粒子が空に舞った。魔王は闇の力でそれらを引き寄せた。そして、丁寧に憎しみと絶望を植え込んだ。心が最も力強く維持される方法だと悟っていた。鮮度を保つように闇で包んでは影に渡した。

 影は何度もそれを亡骸に注いだが、それが亡骸に適合することはなかった。それは亡骸が拒んでいるようにも感じられた。

 もう一度、もう一度、そう繰り返しているうちに多くを殺した。多くの叫び声を聞いた。

 次第に魂が集まらなくなり始めた。それどころか知性を持った魔者は人間と暮らしているというではないか。

 魔王は考えた。そして、影に命じた。

「人間の闇を膨らませ、互いに争わせろ」

都合よく王国からの遠征軍がやってきた。試験的に影を使って人間を操った。そして、多くを殺し、多くを殺された。

 魔王はその魂のすべてをかき集め、それを影は亡骸に注いだ。

 何度も、何度も。

 何日も、何日も。

 しかし、亡骸が目を覚ますことがなかった。

 しばらくの月日が過ぎたころ、勇者候補と呼ばれるものが城を目指していると影から聞いた。

(以前来た者たちであろうか? 三騎士を討った人間、あれは良い魂を持っていた)

魔王は影を偵察に向かわせた。

 影からの連絡は次第に途絶えた。

 勇者候補が門前に現れた。魔王が上からのぞき込むと、薄気味の悪い影がこちらを見て笑っていた。

 魔王は寝返ったと直感した。

 魔王は亡骸のある部屋に行き、数年ぶりに闇を解いた。

 その亡骸はすでに朽ち果てていた。

 魔王は絶望した。

 自分は何をしていたのだろうか? そう思いを巡らせると、擦り込みのような影との会話が思い返された。

(そうか、我々は闇の世界の玩具にすぎなかったのか)

ウィズはその部屋に火をつけた。恋人とお腹の子に最後の別れを告げ、多くの犠牲になった者に懺悔した。

 そして、勇者候補と対峙するために玉座へ向かった。その姿には覚悟があった。奴だけは倒さねばならない。あの影はこの世界に残してはいけない。

 ウィズの目には光が宿り、玉座に現れた影とそれに憑りつかれた男に対面した。

 影への憎悪で万全の力を発揮できた魔王だった。あと一歩のところまで勇者一行を追いつめた。しかし、最後の一手が届くことはなかった。最後の最後に邪魔をしたのは優しさだった。

 それはまた別のお話し。

 そして、思念となってその場に残った魔王の力を受け継ぐ者が、影を討伐する使命に呪われた男が城に現れるのもまた随分先の別のお話し。

『魔王物語』

『魔王ベルジュと異世界の王』

と物語を続けていこうと思いますが、『魔王スライム』として書きたかった内容は以上になります。

最後までご愛読下さいました方、本当にありがとうございました。

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