鏡の君
朝日が昇る、雲ひとつない青空が世界を覆う
小鳥の囀り真っ白な1日が始まろうとしている
『夜が明けたね、メルと失は休んでおいで』
気の抜けた返事のメルと眠そうに目をこする失は軸の定まらない足取りでゆっくりとした動きで門の奥に消えていった
『影姫ちゃん、手間取らせて悪いけど僕は君にとても興味があるんだ』
宙は両手を広げると柔らかな微笑みを浮かべ、続けてこう言った
『君の唄を聴きたいんだ…いいかい?』
影姫はこくんと頷くと胸に手を当てて唄を紡いだ
”かごめかごめ”
木々の影から文字達が現れ、宙の元へ集いだす
”籠の中の鳥は”
メルの時と同様につま先から脹脛、腿の順に文字が巻きつき始める
『素晴らしい、美しい唄声だね』
宙は満足そうに満面の笑みを浮かべる
やがて影姫が唄い終わると両手を広げた宙の全身は文字に巻きつかれ、身動きの取れない状態になっていた
『うん!僕が見込んだだけある、力も申し分ない。こんな素敵な唄になら縛られても構わない、そう思えるね…でも』
目を閉じた宙の体から文字が浮かびあがる
手の甲に”私”の文字
『”私”がそれを許してくれないのさ』
言い終わると同時に宙の体に巻き付いた文字の列が切断され、バラバラと音を立てて落ちていく
『影姫ちゃんが”唄”だとするならば僕は”私”といったところかな』
両手をゆっくりと下ろして目を開く
『さぁ!充分に見せてもらったし僕たちも行こうか』
自分の”唄”を見ても驚かない、それどころか対抗してしまう人間を短期間に二人も見て、呆気にとられている影姫は開いた口が塞がらなかった
『ほら!行くよ!今日はみんなでお昼寝大会だー』
宙はゆるゆると伸びをしながら門の中へと歩みを進めていった
先ほど昇った朝日が何かを言いたげなように燦々と光を降り注いでいた
ふぁぁと誰かの気の抜けた欠伸を合図に四人はのそのそと布団を手放す
失は私服であるTシャツと7分丈の紺色のズボンを着崩したまま洗面台に向かった
影姫はまだ眠いようで足を掛け布団に入れたまま半眼で夢と現を行ったり来たり
彼女が身につけているものは失のTシャツで
『これ…凄いですね!動きやすいです!』
と脱ぎ捨てた着物を畳んでいたのでよほど気に入ったようだった
失から何枚か譲り受けていたのが証拠にもなっていた
宙とメルは軍服の黒コートを着たまま二人抱き合って仲良く二度寝を満喫していた
そんな中失は鏡の前で眠い目をこすりながら歯を磨いていた
『おはよう、失』
何処から聞こえたのか、少女の声が失に呼びかける
失は歯ブラシを口にくわえたまま鏡に目線を向ける
『うん、今日も失は失だね』
失の瞳に映っていたのはシャツの右肩の方をはだけさせてだらしない印象を与える少女
失と同じ服装の少女が”鏡の中にいた”
『今日はお仕事あるの?』
にこやかに笑顔を絶やさずに少女が問う
失は少女と目を合わせるとそのまま何もなかったかのように顔を洗い始めた
『そっか、今日はオフなんだね。しっかり休みなよ!』
少女は失の心を読んだように一人で言葉を発していた




