影と陰と蔭
夜道、月光を頼りに歩く三人の”影”
官帽を深く被った二人組に付き添われた和服の少女は初めて見た月に純黒の瞳を奪われていた
『私が必要…と…?』
はい、とメルは人差し指を立て、目を閉じ天を仰ぐ様に顔を天井に向けている
『私達も貴女の様な”文字”を扱う術を携えておりまして、それを生業としているんです』
メルは尚も意味を含んだ様に天井に顔を向けたまま、ピンと伸ばした人差し指をクルクルと回し話を続ける
口の端が釣りあがっているためその表情はどこか不敵な様にも見えた
『私の”唄”と同じ様なもの…ですか?』
『その通りッ!』
急に声を張り上げ刮目したメルに影姫は身を強張らせて両手を縮こませ驚く
メルはクルクルと空をかき混ぜていた人差し指を失礼など御構い無しに影姫に向ける
影姫を指差したままゆっくりと影姫に向かい歩み出し、口を開く
『貴女のその美しい”唄”が我々には必要なのです』
やがて影姫とメルの距離が0になるとメルは指差していた人差し指を影姫の喉から顎にかけてなぞる様にゆっくりと撫でた
『姫様…どうか我々哀れな民達に慈愛の手を…差し伸べてはいただけませんか?』
影姫の耳元でニヤリとした表情のままメルはそう囁いた
影姫は鼻先でくすぐる黄金の髪から香る椿の香りを吹く様に小さく口を開いた
『どーよ失!今回は私のお手柄ね!』
失は無表情のまま影姫の肩を抱き寄せてメルから影姫を離すようにしてメモを見せる
(あんな毒牙で刺すような手は好ましくない影姫だって怯えている)
上機嫌なメルは負け惜しみか?と高らかに笑っている
影姫は怯えているというより初めてみた外の世界に見惚れていた
彼女の目の前に広がる”世界”は彼女の”小さな世界”とは比べ物にならないほど輝いて見えて、ただの夜道の筈がレッドカーペットの上を踏みしめるような緊張感、高揚感を彼女は感じていた
『やっと着いたわね!』
三人が足を止めた眼前に建っていたのは洋風の二階建て住居、しかしただの洋風建築物ではない、豪邸だ。それも群を抜く
メルの高身長など優に超える門が入り口を飾る
影姫はすぐ巨大な門の前に一つの人影があることに気がついた
顔をフードで隠して身体もメルや失と同じ純黒のコートで隠していた
腕組みをして門に背を預けるようにして佇んでいる
ただ、フードに黒い猫耳が付いていて、腕組みしている袖からは手がかろうじて見えるくらいの小柄な体格、その上目を閉じ鼻ちょうちんを作っているのがなんとも間抜けでお世辞にも格好良いとは言えなかった
『宙、帰ったわよ…』
メルが呆れたように猫耳を引っ張りながらその少女に語りかける
失も宙の腹部を指でつついて起こそうとしている
フードが取られた瞬間に鼻ちょうちんは音を立て割れとじられていた眼をゆっくりと開く
『あれ、メル、失、影姫ちゃんお帰りなさい』
よだれを体格に合っていない明らかにオーバーサイズな袖で拭い取る
(宙、どうして外で待ってたの?)
『ん?あぁ、いや、影姫ちゃんに早く会いたかっただけだよー』
寝ちゃ元も子もないけどね、と小さな手で自分の頭を撫で、舌を出す
『気を取り直して、さて!ようこそ影姫ちゃん!我々は貴女を歓迎します!』
腕組みをしてフフンと聞こえてきそうなしたり顔で宙が声を張り上げた
その横で失は
(宙、ボタンかけ間違えてるよ…)
と思っていたが伝えることはしなかった




