プロローグ《十六夜の初まり》
鮮やかな夕焼け
昼頃に降り出した集中豪雨が作り出した水溜りに反射し、まるで大地を焦がす豪炎の如き美しさを残しやがて月が昇る
畳を敷き詰めた大部屋に少女が一人
宴会部屋のような広さの中、置いてあるものは灯りの蝋燭と手毬のみ
障子は締め切っており外の世界から遮断された完全な”孤独”
少女の召しものは黒い生地に金の蝶々の柄をあしらった着物で透き通ったような黒髪の長髪によく似合う
長い髪に緋色の風車の簪が差しており和服美人という言葉を体現したような容姿をしている
今夜は十六夜
月はこれから欠ける運命を知ってかどこか哀しそうに見える
満月を名残惜しく思っているようだ
しかし少女はその月を拝むことすらできず蝋燭の灯りに近づくと
ふぅ
と一息で暗闇の中に溶けていった
刹那、蝋燭から立ち上った少量の煙が少女の孤独を哀れむように微かな香りを残していった
彼女は知らない
昼間のバケツをひっくり返したような大雨も
夕焼けの綺麗な朱色も
十六夜の月の神々しい白色も
彼女は何重もの襖の奥、更に障子1枚隔てた和室の世界しか知らないのだ…
『今夜は綺麗な満月だな』
夜道を歩く二つの影
その一つである女の影はもう一つの影、もとい青年に向かい大和人であれば赤面するような一言を放つ
しかし青年は顔色を変えずにメモ帳に筆を走らせる
銀の持ち手に金のペン先、かなり使い込まれている万年筆だ
やがてペン先の走る音が止まるとメモ帳のそのページを指でつまみ、千切り
それを隣に歩く女に渡した
『なになに…今夜は十六夜、満月じゃない…って…相変わらず失は細かい…』
失と呼ばれた青年は万年筆を胸のポケットにしまうと急に足を止めた
『お…ここか』
女も足を止め目の前の木造の豪邸を見上げる
失は天然パーマの紅色の髪を隠すように将校が身につけてるような黒い帽子を深くかぶりなおし黒い厚手のコートの襟を曲げ直す
女も目を焼くような金色の長髪の上から失と同じ帽子をかぶり、豊かな胸を押さえるように黒いコートの金のボタンをしめる
『さてと、いきますか』
”字”の物語は十六夜の唄と共に…幕を開けた




