8、少し前進
ドクン…ドクン―――――
どっちの心臓の音か分からない大きな鼓動に耳を傾けながら、私はヒロに抱き締められている現状をやっと理解した。
――――――!?!?!
私は現状を理解するなり体温が5℃ほど上がったように、顔に熱が集中して思いっきり赤面する。
「ヒッ―――、ヒロ!?」
私はビックリしたことで涙なんかどこかへ飛んでいき、声が上擦り体が硬直する。
ヒロは戸惑う私に構わず力を強めてきて、その力強さに改めてヒロは男の子なんだと理解した。
もう同じ背丈で、子供だった私たちじゃない
ヒロは立派な男の子で…、私は力じゃ絶対敵わない
それだけに付き合ってるわけでもない男女が、こんな状況になってる意味が分からない。
私はドキマギしている自分の心臓の音を聞きながら、少し抵抗して軽くヒロを押し返すと、ヒロがやっと口を開いた。
「……ナツ、何がイヤなんだよ?」
「―――――へ?」
私は抱きしめられてる現状に自分の吐いた言葉がすっ飛んでいて、聞かれたことに反応が遅れる。
「……イヤって言っただろ?……そんなに俺に帰ってきて欲しくなかったのかよ…。」
帰ってきて欲しくない…?
私はヒロから出た言葉に、反射でぽろっと本音が零れ落ちる。
「そんなこと言ってない!なんで帰ってきてほしくないとか…、私がどれだけ寂しかったか――――」
私は言ってしまってから慌てて口を噤むと、ヒロから顔を背けた。
寂しいとか…!!!
なに子供みたいなこと告白してるの!?
この私があり得ない!
私は言ってしまったことを聞き流してほしくて、じっと黙って沈黙に耐えていたら、ヒロの力が更に強くなって体が密着したことに息をのみ込んだ。
「ナツ…っ…!!」
ヒロは少し掠れた声で私を呼んできて、熱い体温と力強さに私は何も言えない。
私の恥ずかしい本音に何も触れてこないヒロは、何か確かめるように私を抱きしめ続けていて、鼻をすする音までし出す現状に、ただされるがままで黙りつづける。
でも、男の子だと認識したヒロに抱き締められてる状況を放置するのは、少し…いやかなり心臓に良くない…
私は微妙に汗をかきながら少しでも早くヒロが放してくれるのを期待して、恥ずかしさを堪える。
すると少し力を緩めたヒロが小さく声を漏らした。
「―――俺もだ…。……ナツに…ずっと会いたかった…。」
え―――――??
ヒロの口から驚く言葉が出たことに、私は思わずヒロを引き離して顔を見た。
ヒロの眉間には険しい皺が刻まれていて、どこか辛そうな表情に声が出ない。
ヒロは顔を見られたくないのか私の肩に頭をのせると顔を見せないようにしてしまい、私はそこでなんとか声を絞り出した。
「あ、会いたかったって…、引っ越すときお別れも言わせてくれなかったのに…。」
「…面と向かってお別れとかできるわけねぇだろ…。俺がどれだけ引っ越すこと言い出すの苦労したと思ってんだよ…。」
「そ――――!そんなこと、知らないよ!!こっちは勝手にいなくなられて、ただショックで…ヒロがいなくても笑ってられるように必死だったのに…。――――!!」
私は本音を口にしてから恥ずかしい事を言ってることに気づいて、口を噤んで後悔した。
空気に流されて誰にも言わなかったことを言っちゃうなんて…
私のバカ…!!
私は全く引く気配のない顔の熱が気になりながら、ヒロの反応を待っていると、ヒロが急に息を吐き出して笑い声を漏らした。
「ふはっ!はははっ!!」
「わっ、笑わないでよ!!」
私のちょっとしたトラウマを笑われたことにムカッとしていたら、ヒロが急に私の顔を両手で包み込むなり嬉しそうに言った。
「やっぱりナツが大好きだ!!」
「―――――へっ!?!?」
私が突然の告白に心臓を縮み上げていると、ヒロはまたぎゅーっと私を抱きしめてきた。
「帰ってきて良かった。ナツに会えた…。すげー嬉しい…。」
えーーっと………、これは再会を喜んでのハグってこと??
深い意味はない『大好き』発言だよね…?
ならここで意識するのも変な話だな…
とりあえず流れに合わせておこう
私はヒロの変貌ぶりに若干パニックになりかけていたけど、ヒロの雰囲気に誤解してしまわないよう自分を戒めた。
「私も会えて良かったよ。ヒロ、おかえり。」
私は今まで投げかけた冷たい言葉の数々を謝罪する意味もこめて、優しく抱きしめ返した。
するとヒロは痛いぐらい力を強めてきて、嬉しいというのが直に伝わるぐらい高めの声で「ただいま。」と返してきた。
それが少し小学生の頃のヒロを思わせて、私はもしかしたら何も変わってないのかもしれない…と少し考えが変わったのだった。
***
「ナツ、本当に元樹とは付き合わないんだよな?あいつとはただの友達なんだよな?」
教室に戻る道すがら、ヒロはしつこくこのことばかり聞いてきて、私はそこまで元樹のことが気に入らないんだろうか…とヒロを横目で見つめた。
「ヒロ。何回も言ってるけど、元樹は友達だから。さっきは…ちょっと変なところ見られちゃったけど、あれは元樹が勝手にしたことで私に全くその気はないから。大体付き合うとか…、そんなの想像もできないよ。」
「それ本当だろうな?急に元樹のこと好きになったとかナシだからな!?」
「……ヒロ、私にばっかり口出ししないでさ。自分はどうなの?私とばっかりいたら明日香に誤解されるよ?」
「……??」
私がまるで保護者のように口出ししてくるヒロが鬱陶しくて言い返していたら、ヒロが急に立ち止まって険しい表情を見せた。
「前から思ってたけどさ…、なんで明日香、明日香って俺と明日香をくっつけようとすんだよ。」
「え?」
ヒロの不機嫌そうな声に振り返ると、ヒロがムスッとした顔で仁王立ちしていた。
「確かに中学の頃から人気あったみたいだけど、明日香とはこっち戻ってきてから初めて話したし、関わりもそこまでねぇのになんなんだよ。」
「え…、え!?だってヒロ。中学の時、明日香のこと好きだったでしょ?」
私が確かにこの耳で聞いた事実を口にすると、ヒロは大きく目を見開いた後大きな声を発した。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?どっからそんなデマ聞いたんだよ!!!!」
廊下に響き渡る大声に怯んで、肩を縮み上げていたら、すぐ傍の教室の扉が開いて授業中の男性教諭が姿を見せた。
「お前ら何やってる!!!今授業中だろうが!!何年何組だ!?名前を言いなさい!!!」
少し年のいった先生は私とヒロを睨んでメモ帳を取り出した。
その姿に私は言い逃れできないだろうと諦めて言われた通りにした。
「二年七組の天野菜摘です。体調が悪くて保健室に行っていて、授業に戻るところでした。」
「あー、天野か。お前が授業休むとか珍しいな。体調は大丈夫か?」
「あ、はい。だいぶ楽になったので…、もう大丈夫です。」
私の名前を言っただけで先生の表情が柔らかくなり、私は何の教科担当の先生だろうか…と背の高い先生を見上げた。
でも覚えがなくて、どうして自分を知ってるのか不思議で仕方ない。
「そっちは同じクラスの奴か?見ない顔だな。」
先生はヒロを見るなり眉をひそめて、じろっとヒロを観察し始める。
ヒロはそんな視線屁でもないのか、微妙に面倒くさそうな雰囲気を出している。
「同じ二年七組の花﨑大翔……君です。この二学期に転校してきたばかりで…。」
「あぁ、例の転校生か。お前は体操服でなんでこんなところにいるんだ?」
「…………、授業中に貧血を起こしかけたので保健室に行ってました。天野さんがちょうどいたので、一緒に授業に戻る所でした。」
!?!?
ヒロは飄々と嘘をついていて、さも自分がサボってるわけではないと言いたげな態度をとった。
先生はそれをまるっと信じたのか、「転校で疲れが出たのか?」と心配そうに尋ねている。
ヒロは「もう大丈夫です。」と答えていて、私はしれっと嘘をついたヒロの姿から目が離せない。
「二人共、体調が悪かったなら仕方ないが、今はどのクラスも授業中だ。大声で話しながら教室に戻るのはやめなさい。いいね?」
「はい。今後気をつけます。」
「なら、今回は大目にみる。早く授業に戻りなさい。」
先生は見逃してくれるようで、それだけ言い残すと授業へと戻っていってしまった。
残された私は、ヒロをじとっと見つめてから教室へ向かう足を速めた。
そこでヒロが楽しそうに話しかけてくる。
「間一髪だったな。まぬけな先生で助かったよ。」
「信じらんない。あんなに堂々と嘘つくなんて。」
「転校早々目ぇつけられるの嫌じゃん?嘘も学校生活を上手く送る秘訣だよ。」
「ただのサボりのくせに。ああいうのずる賢いって言うんだよ。」
「上手く切り抜けられたんだからいいだろ?細かいんだからなぁ~…。」
細かいって…
私はサボりを何とも思ってない様子のヒロを見て、離れていた間どういう学校生活を送ってきたのだろうか…と気になった。
なんとなく向こうでも授業をサボってた気がしてならない。
昔のヒロからは想像もつかないけど…
「それよかさっきの続きだけどさ。俺が明日香を好きとかデマだからな!?俺のいない間に何を聞いたか知らねぇけど、中学の時なんか接点すらねぇのにあり得ねぇだろ。」
ヒロはとりあえず否定したかったのか話を戻してきて、私はこっちに戻ってきてから仲の良い二人を見てるだけにすんなりと納得できない。
まぁ…誰が誰を好きかなんて、知られたくない話題ではあるもんね…
ここはヒロの言う事を信じてあげるフリしとこうかな
「そっか。まぁ、ヒロがいいならいいんだけど。私には関係ないことだし。」
「は!?―――――かっ、関係ない!?!?」
私はヒロと明日香がどうなろうと、もう気にするのはやめようと思っていたので、思ったままを口にしたら、ヒロが怒ったようで目を吊り上げてきた。
「なに?なんで怒ってるの?」
「怒ってねぇよ!!関係ねぇなら、俺の事なんかほっとけ!!!」
「えぇ??」
ヒロは急に不機嫌になるなり、一人でどこかに向かって歩いて行ってしまい、私はその背中を見ながら意味が分からない…とため息をついた。
少し二人の距離が戻りました。