5、苦しい
私は学校からなんとか帰ってくると、フラフラと自室へと向かいベッドに倒れ込んだ。
そうしてさっき見た光景を何度も思い返しては、変な気持ちになって顔をしかめて目を瞑る。
ヒロと明日香…
いったいどこに行ったんだろう…?
私はヒロが明日香の腕を掴んでいたのが目に焼き付いてしまっていて、普通のクラスメイトっぽくない光景に胸の奥がグリグリと疼いてくる。
私はそれが嫌でなんとか考えないようにしようと思うものの、頭の中から消えてくれなくて苦しい。
『誰がこんな寸胴女!!告るならスタイルの良い明日香とかだろ!?』
私は急にあのときのヒロの言葉が耳に響いて、ガバッとベッドから飛び起きた。
そしてこんなにハッキリと頭の中でリピートされたことに驚いて、嫌な汗をかく。
ビックリした…
なんで今、あのときのこと思い出すの…?
私は汗の滲む額を押さえると、こんなにもヒロに振り回されてる自分が自分じゃないみたいで、切り替えようと鼻から大きく息を吸った。
ヒロと明日香がどうなろうと私には関係ないんだから…
もう考えるな…
私は普通に毎日が送れればそれでいいの
それが一番なんだから…
もう考えるのはやめ!!
私はなんとか気分を持ち直してすくっと立ち上がると、制服から着替えようとクローゼットを開けた。
そこに丁度良くお母さんが部屋に乱入してくる。
「ナツ~、ヒー君呼んできてくれない?」
「へ?」
私は部屋着のパーカーを手に入ってきたお母さんに振り返ると、お母さんがヒロの部屋が見える窓のカーテンを開けながら言った。
「どうせ一緒に帰ってきたんでしょ?今日、晩ご飯一緒に食べるから、呼んできて?」
「…………。」
お母さんは私とヒロが昔同様ニコイチだと思っているようで、良い笑顔を浮かべていた。
私はその笑顔に一瞬絶句したけど、とりあえず誤解を否定することにした。
「お母さん…、私、昔みたいにヒロと仲良くないから一緒に帰ってないんだけど。」
「え!?そうなの!?どうして!?ケンカしてるの!?」
「いや…、そういうわけじゃないけど…。高校生の男女が昔みたいに始終一緒の方がおかしいでしょ?」
「そう?ナツとヒー君ならおじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒にいそうだけど?」
「………。いや、ないから。」
私はきょとんとするお母さんに言葉を失いかけたけど、なんとか答えた。
するとお母さんは顔をしかめながら、不服そうに言う。
「ナツ。あんなにヒー君のこと大好きだったじゃないの。どうしちゃったの?」
お母さんが私の何を見てそう思ったのか分からないけど、私はストレートに『大好き』と言われて照れてしまう。
「だ……、大好きとか…そんな風にヒロを見てたことないと思うんだけど……。」
「何言ってるのよ?ヒー君が引っ越してあんなに落ち込んでたクセに。」
「あれは!!ヒロが私にお別れも言わせてくれなかったから!!」
「そうだったとしても、ヒー君はナツの一番だったでしょ?だからお別れ云々がなくてもどっちにしろ落ち込んでたわよ。あなたが意地っ張りだから、そう言い訳してるだけ。」
「そっ…!!!れは………。」
私はズバッとお母さんに切り込まれて、二の句が次げなくなる。
確かにお母さんの言う通り、お別れさせてもらえなかったってのは置いておいても、きっと落ち込んだと思う…
あの頃は本当にヒロが大事だったから…
でも…、それは私の一方通行だったし…
ヒロは私のことをそれほど大事とも思ってなかった…
それはあのときと、再会した今も…悲しいぐらい感じてることだ…
だからこそ、何も知らなかったバカな自分には戻れない
私は自分よがりな意地だったとしても、昔とは違うというのをお母さんに分かってもらおうと口を開いた。
「もう意地っ張りでもなんでもいいけど、今は本当にヒロとほとんど関わりないから。ヒロのことを私に言われても知らないし、呼びたきゃお母さんが呼んでよ。」
「イヤよ!!ヒー君を呼ぶのはナツじゃなきゃダメ!」
「………なんで?」
私は頑ななお母さんに呆れてじとっとお母さんを見つめると、お母さんは私の持っていたパーカーを奪って言った。
「ヒー君が喜ぶからに決まってるでしょ!?ほら!!呼びに行ってきて!」
「はぁ?ヒロが喜ぶわけ―――って押さないでよ!」
お母さんは問答無用と言わんばかりに私の背を押してきて、私は行くものかと抵抗するけど、お母さんに部屋を押し出されながら睨まれた。
「呼びに行かなきゃご飯ナシよ!?健ちゃん、仕事で遅いらしいから、ヒー君を一人にするなんてダメ!!さ、呼びに行ってきて!!」
「ちょっ!?えぇ!?!?」
お母さんは強引に私を玄関まで連れ出すと、そこに仁王立ちして私が行くまで折れない姿勢をとった。
私はそんなお母さんを見つめて大きくため息をつくと、晩御飯のためだと自分を納得させて、渋々隣のヒロの家へと向かったのだった。
そうして面倒くさいな…と思いながら自宅の門から出てヒロの家に目を向けると、ちょうどヒロの家から明日香が出てきて、私はその姿に目を剥いて固まった。
明日香は私に気づくなり、パァッと顔を輝かせて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「菜摘!!」
私は明日香の態度と正反対で顔が引きつり、「明日香…。」と名前を呼ぶのが精一杯だ。
なんでヒロの家に…
というか、平然としてるけど何してたの!?
私はつい明日香の胸に目がいきかけて軌道修正すると、変な想像をしてしまい背筋が冷えてくる。
ま…、まさか…
明日香はきょとんと私を見ると、何も聞かない私を不思議に思ったのか自ら話をし始める。
「ちょっと花崎君と話がしたくてお邪魔してたんだけど、花崎君って見た目と違って素はすごく可愛いね。」
「へっ…!?」
素が可愛い!?!?
私は明日香がヒロのどんな素の部分を見たのかと心臓が跳び上がる。
そして変な想像に拍車がかかり、目の前がグルグルとしてくる。
「私、あんなに可愛い男の子見たことなかったから、ちょっとお姉さんっぽく振る舞っちゃった。」
お姉さんっぽく振る舞う!?!?
私は明日香の手練れそうな言葉の数々に、もう許容オーバーで変な想像が爆発した。
今日一日でそんな仲に発展するなんて…!!!
というか、私の前で言うことかな!?それ!!!
私は何の経験もない自分がどうしてこんな話を聞かなければならないのかと、いっぱいいっぱい過ぎて明日香に怒りが湧いてくる。
明日香はそんな私に気づきもせず続ける。
「私、花崎君とはこれからも仲良くやっていけそうだよ。菜摘も早く花崎君と―――」
「そっか!!良かったね!!まさか、そこまでの仲に発展するとは、ビックリだよ~!!」
私はこれ以上は聞いてたくないと、明日香の言葉を遮ると早く会話を終わらせようと早口で捲し立てる。
「私、ただ晩御飯をヒロも一緒にってお母さんに言われて呼びに行くだけだから!!お母さん待たせてるし、ヒロ呼ばないと!明日香の話はまた明日聞かせて?」
「あ、うん。急いでるって知らなくて、引き留めてごめんね。また明日話すね。」
「うん!!じゃ、また明日!」
「うん。バイバイ。」
明日香は私の作り笑顔に気づきもせず、いつものようににこやかに手を振って帰っていった。
私はそれを見送ってから、大きく深呼吸してヒロの家へと上がり込む。
そして懐かしさに浸りもせず、何度も訪れたヒロの部屋へまっすぐ向かうと、ヒロがベッドの上に寝転んで眠っていて、私は健やかな寝顔のヒロにイラついて思いっきり息を吸いこんだ。
でもそこでヒロの寝言が耳に聞こえ、息を吸いこんだまま固まる。
「………、あ………か……。」
あか?
それって…もしかして…『明日香』って呼んでるの?
私はそう理解すると、怒りの絶頂で声もかけずに寝こけているヒロを思いっきり蹴とばした。
「いっ――――!!?!?な、は!?!?!何!?!?」
ヒロは蹴とばされたことで目が覚めたのか、私が蹴とばした脇腹を押さえてきょろきょろしながら私に目を向ける。
私はそんなヒロをギッと睨み付けると、飲み込んだ言葉を思いっきりぶつけた。
「ヒロのバカッ!!!ムカつく!!!」
「へ!?な!?急になんだよ!?なんで怒ってんだよ。」
「自分の胸に手を当てて考えれば!?あと、ご飯ウチで食べるって!!お母さんが呼んでたから!それだけ!!」
私は呆けたヒロの顔に更にムカついて、言うだけ言うと同じ部屋にいるのが嫌だったのですぐに出た。
そうして階段を駆け下りていると、慌てて追いかけてきたヒロに肩を掴まれた。
「待てって!!俺、寝てる間になにかしたのか!?」
私はヒロに掴まれた肩を見て、ヒロの大きな手にいらぬ想像が脳裏を過り、逃げるようにその手を振り払った。
「きっ!!!汚い手で触んないで!!!!」
私は振り払った勢いで階段を落ちかけたけど、なんとか手すりを持って堪えると、ヒロの顔も見ないままにその場から逃げ出した。
気持ち悪い…
気持ち悪いっ!!!!
私は変な想像が頭からグルグルと離れなくて、今にも吐きそうに嫌な気分に口を押えた。
そうして自宅に戻ってくると、自室に立て籠もり私が嫌悪感を抱く昔のことを、これをきっかけに思い出してしまったのだった。