2、違和感
ヒロと微妙な再会をした一日を終え家に帰ってくると、お母さんがリビングから飛び出してきて、私は何事だと靴を脱いで玄関で固まる。
「ナツ!!ヒー君が帰ってきたわよ!?」
お母さんはヒロのことを昔からの呼び方で呼んでいて、私はそんなことか…と普通に返す。
「……知ってるけど。」
「え!?なんで!?」
お母さんは重大ニュースを私が知っていたことにショックを受けたようで、見るからにガーンと顔に浮かべながら詰め寄ってきた。
私はそれに若干圧されながら答える。
「ヒロ、同じクラスに転校してきたの。」
「あら、そうだったの。驚かそうと思ったのに残念。」
「………。」
私はお母さんがリビングから飛び出してきたことの方がビックリだと思いながら、自室に足を向ける。
「あ、ナツ!今日、健ちゃんとヒー君がウチにご飯食べにくるから早めに支度して下りてくるのよ?」
「おじさんとヒロだけ?おばさ…、奈美さんはどうしたの?」
私は過去にヒロのお母さんを『おばさん』と呼んで怒られたことを思い出して、慌てて言い直した。
お母さんは一瞬顔を強張らせたかと思うと、すぐ笑顔に戻って説明してくれる。
「奈美ちゃんはまだ向こうにいるそうよ。だから健ちゃんとヒー君だけ。久しぶりだから会うの楽しみね。」
「……そうだね。じゃあ、着替えるから。」
「はいはい。早くね~。」
お母さんは分かりやすいぐらい奈美さんの事を隠してきて、私はバカじゃなかったので何かあったんだろうというのを理解した。
それを追及するほど子供でもないので話してくれるのを待つことにして、とりあえず着替えに自室へ戻る。
そうして自室でとりあえず手早く着替えを済ますと、ふと久しぶりに窓の向こうのヒロの部屋が気になってカーテンを開けた。
ヒロの部屋は相変わらず真っ暗で、本当にこっちに戻ってきたなんて信じられない。
ヒロ…、変わってたな…
私は昔の爽やかだったヒロを思い返しながら、どうしても今のヒロが別人みたいで全部を受け入れることができないでいた。
『ナツ』と名前を呼ばれたときだけは、ちょっと昔みたいでドキッとしたけど、あんなに挑戦的な笑みを向けてくるヒロは初めてだった。
昔は女子に囲まれてよくオロオロしていたのに、今は平然と話すヒロも変な感じだ。
明るくて活発だったから男友達も多かったはずなのに、今日の感じだと男子とはあまり話もしてなかった。
小、中の同級生だった元樹でさえ、匙を投げたぐらいだ。
微妙に距離を感じる空気に、昔のヒロの姿が全くかぶらない。
それが一番の違和感だと思って、私は久しぶりにヒロと話して緊張したことを思い返した。
ヒロと話して疲れるなんて…今までなかったのにな…
私は晩御飯まで少しぐらい時間があるだろうとスマホで目覚ましをかけると、そのままベッドに寝転んでゆっくり目を閉じた。
***
「……………かった…。」
かった…?
私が眠りから覚めて耳に聞こえたのが中途半端な一部分で、私は何のことだと目を開けかけたら、首元にゾワッと気持ち悪い感触が伝わってきて、暴れるように飛び起きた。
「なに!?!?」
私が気持ち悪かった首元を押さえて飛び起きると、そのときに腕に何かが当たったようで、目の前で誰かが顔を押さえていた。
私がまだぼやける視界で目を擦ってからピントを合わせると、その人物がヒロだと分かり胸を撫で下ろした。
「なにやってるの?」
私は日が暮れて暗い室内にヒロが顔を押さえて小さくなってるのが不思議で尋ねたら、ヒロがこっちを睨んできた。
「てめぇ…、起こしにきた人間を肘で殴るとかあり得ねぇだろ。」
「え!?私!?ごめん!!どこ殴っちゃった!?」
私は飛び起きたときの腕への衝撃はそれかと、このときは素直に謝ってヒロの顔を触った。
するとヒロが私から逃げるように後ろに仰け反って、そのまま後ろ向けに倒れ、置いてあったテーブルで後頭部を打つ音が聞こえた。
「いっつ!!」
ヒロは手をついて起き上がると今度は後頭部を押さえ出して、私は何やってるんだと笑いがこみ上げてくる。
「あははっ!!なに今の!ピンポイントでぶつけるとか!」
「……わ、笑うなよ!もとはと言えばナツが!!」
「はいはい。私が悪かったです。で、どこぶつけたの?」
私はヒロの前に膝立ちすると、ヒロの頭を前に倒させて後頭部を触ってみた。
するとポッコリと膨らんでる所を見つけて優しく撫でてあげた。
「たんこぶになってるよ?結構強くぶつけたんだね?」
「…………うん。」
ヒロは撫でてあげただけで急に大人しくなって、まるで暴れ犬を手なずけた気分だった。
それが面白くてしばらくそうしていたら、ヒロがグイグイと私の方へ頭を突き出してくっついてきて、急にじゃれてこられたことに少し押し返した。
「ヒロ、そんなにこっち来られたら苦しいよ。もう痛くないの?」
「痛い。すげー痛いから責任取れよ。」
「責任って…、頭は自分でぶつけたクセに。」
「顔殴ったのはナツだろ。」
うぐ…
私は自分がしてしまったことに引け目を感じて、このまま言い争ってても平行線だと、もう自分が罪をかぶることにした。
「はいはい。こんなんで責任取れるんならさせていただきますよ。」
「分かればいいんだよ。」
上からだなー…
やっぱり変わったな…と思いながらも、こうして二人でいると昔のようで少し懐かしくなる。
私たちのどっちかが怪我をしたら、してない方がこうして相手を思いやる。
これは昔から変わらない暗黙の流れになっていて、こんなところでやっぱりヒロなんだと分かって嬉しくなってしまう。
するとそんな空気を打ち破るように私のスマホがけたたましく鳴り始めて、私は目覚ましの存在を思い出した。
「なに?電話?」
ここでヒロが不機嫌そうに顔を上げてきて、私はベッドに乗ると置いてあったスマホを触って目覚ましを止めた。
そのとき元樹からメッセージがきているのに気付いて、それを読みながら説明する。
「アラームだよ。お母さんに晩御飯までに下りてきなさいって言われてたから、寝る前にセットしてたの。」
「ふ~ん…。」
私が元樹からのただの世間話に目を通してスタンプを押して返事を送っていたら、ヒロがその画面を覗き込んできて慌てて隠した。
「なに?」
「誰から?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「知りたいから。」
ヒロはまっすぐ私を見つめてきて、私は隠すほどのものでもないな…と思って画面をヒロに見せた。
「元樹だよ。ヒロも知ってるでしょ?」
「知ってるけど…、ナツそんなに元樹と仲良かったっけ?」
ヒロからの問いに私はヒロと別れた頃を思い返してみた。
あの頃は男子はヒロぐらいしか仲良くなかったはずだけど…
元樹と話すようになったのは…
私は元樹との最初の接点を思い出して、あるワンシーンに辿りつき不覚にも顔が熱くなった。
その顔をヒロに見られたくなくてすぐ立ち上がると、早足で部屋の扉に向かって返した。
「中二の終わりぐらいかな…。なんか元樹が絡んでくるから自然と仲良くなって、今に至るって感じだよ。元樹、あーいうキャラだから話しやすいしね。」
私はヒロに背を向けたまま経緯を大まかに話して扉を開けると、その手を上から掴まれて扉をヒロの手によって閉められてしまった。
私はそれにビックリしてヒロに振り返ると、ヒロが扉に手をついて鋭い瞳で私を見下ろしてきた。
「ナツ、元樹となんかあんの?」
「な……、なんかって…何の話?」
私はヒロに見下ろされている自分が変で仕方なくて、逃げ出したい気持ちから動かないドアノブに力を入れる。
「どう見ても不自然だろ。元樹のこと聞いたら、顔変わるし。何かあるようにしか見えねーんだけど。」
鋭いな…
私は見られないようにしたつもりがバッチリ見られてたと分かり、隠してもいずれ元樹の態度を見てれば分かるだろうと話すことにした。
「ヒロがそんな気にするようなことじゃないと思うんだけど…。」
「現に気になってるから。」
「うん…。まぁ、隠してもすぐ分かるだろうし…言うけど…。」
「うん。何?」
「私、中二のときに元樹に告白されてるんだよね。」
私はこんなこと口にするのもな…と思いながら、事の経緯を説明する。
「そのとき元樹にはちゃんと断ってるんだけど、あいつ鋼のハートっていうか…。今も無駄に好意を振りまいてきてて…。まぁ、どこまで本気か分かんないんだけどさ…。早い話が元樹が絡んでくるから友達になったってだけのことだよ。」
私は一番最初に元樹に『好きだ』と言われたときを思い出して、また少し照れる。
あのときだけは元樹は本気だと伝わってきた。
その後はどこかおちゃらけているから、本気かどうか判断し辛いけど…
今の状況は、元樹のあの打たれ強いハートがあるからこそできていると言ってもいい。
それを元樹とのことを知らないヒロに分かってもらえたかと目を合わせると、ヒロが鋭い視線のまま言った。
「ナツは?」
「ん?」
「ナツは元樹のことどう思ってんの?」
「どうって…。良い友達だって思ってるけど?」
私はそれ以上も以下もないとハッキリ分かっているので、キッパリと言い切った。
でもヒロはどこか不満気で眉間に皺を寄せるとまだ聞いてくる。
「元樹のこと好きなのかよ?」
「好きって…、それは恋愛?友情?どっちで答えればいいの?」
「そんなの決まってるだろ。」
私はこの手の色恋の質問は中学の頃嫌というほどされて嫌悪感を抱いているので、ヒロを足蹴にして押し返すと告げた。
「ヒロのくせに生意気。ヒロは昔っから明日香だけなんだから、私が誰をどう思おうと気にしないでよ。」
「は!?明日香!?って何の話だよ!?」
私は後ろに下がって足を滑らせかけたヒロを見て、扉を開けると廊下に出た。
ヒロは私を追いかけてくると真後ろから「明日香とか今日会ったばっかだろ!?」と、何故か言い訳を並べ立ててくる。
私はずっと胸の奥に押し込んでいたヒロへの不満を、嫌な事を思い出した八つ当たりで引き合いに出してしまったことに、ちょっと大人げなかったかと反省した。
でもこのときは素直に謝ってまた追及されるのが嫌だったので、結局ヒロとは口をきかないまま食事を共にすることになったのだった。
二人の微妙な絡みが続きます。