もちもち
授業中のもっちーを詳細に書く。
というテーマで書いた短編です。
もっちーが何かは指定がなかったので、適当に書かせていただきました。
五限目は魔の時限だ。
昼に食べた弁当が消化されていく時間と被り、睡魔が妖しく微笑んで脳を痺れさせていく。
その時間が倫理とだと、これ以上ない最悪な組み合わせだ。
センター試験の必須科目でないからか、先生もまるでやる気が無い。
カリキュラムに組み込まれているから仕方なくやっているというのが、その表情からありありと伝わってくる。
普段居眠りをしようものならチョークが飛んでくるだろうに、クラスの三分の二がうたた寝をしていても全く無関心だ。
いつもなら爆睡確定の俺が起きているのは、隣の席の女子のせいだ。
百地真理子。
緩やかなウエーブのかかった髪をお下げにし、丸みを帯びた目を仄かに細めた物静かな雰囲気の女子。
催眠音波を発している現国の爺さん先生の授業ですら、背をピンと張って勉強に励む優等生だ。
実際成績も相当いい。
学年トップスリーの常連は伊達じゃない。
その百地も先生のやる気の無さから真面目に授業を受ける必要もないと思ったのだろうか?
膝の上に枕ぐらいの大きさの人形を乗せて、ブラブラとその手を遊ばせていた。
何やってんだよ?
俺は若干恥ずかしさ混じりの怪訝な表情で百地を見ていた。
知らないはずがない。
その人形は百地の誕生日プレゼントした物だ。
絵に描いたような優等生の百地と、適当に学生生活を過ごしている俺。
接点がないように見えて、実は趣味が同じという共通点がある。
友人達はドン引きしているが、人形集めという趣味だ。
ご当地限定物が特に好きで、今ブームになっているゆるキャラの人形ももちろん集めている。
百地も人形が大好きらしく、鞄に付けた人形に興味を持って話しかけてきた。
百地が特に気に入っているのが、地元の望月市のゆるキャラ、うさぎの『もっちー』である。
市名の望月が満月の意味から、うさぎのキャラになったという。
服は市を代表する伝統工芸である正藍染のワンピース。胸元には特産品の山桃。耳には同じく伝統工芸の和紙で出来たリボン。足には戦前から続く伝統工業の合成皮革の靴。
市の魅力をふんだんに盛り込んだ素晴らしい出来の人形だ。
今日の百地の誕生日のために、自信をもってプレゼントしたものだ。
のだが……。
表情の乏しい上に恐ろしくマイペースで、普段から何を考えているのか分からない奴だが……。
それを踏まえても、今回の行動は輪をかけて意味が分からん。
一体何を考えて、授業中に開封した人形を取り出したんだろうか。
眉をひそめていた俺の視線に百地が気づく。
小さな笑みを浮かべながら『もっちー』の手を持ち上げ、俺に向かってパタパタと手を振った。
百地の脳天気な挙動に、俺は顔が熱くなっていくのが分かった。
『何やってんだよ?』
流石に堪らなくなり、百地にラインを送る。
それから五、六分。
今更返信が来た。
『暇だからもっちーと戯れる事にした』
ラインを開くと、簡素な文章が並んでいた。
確かに、やる気の無さ全開の教科書の音読会だから、暇なのはよく分かる。
が、たったこれだけの文章に何分かかってるんだ?
むしろこっちに話したほうが早いだろ!
そんな突っ込みを思っていると、またラインが来た。
『素敵なプレゼントをありがとう』
渡した時に散々聞かされた言葉だ。
何度も言わなくていい、とでも返せばいいのか。
それとも適当に相槌の返信をすればいいのか。
百地のメールを深読みしながら頭を抱えていると、更にラインが届く。
『もう一つ誕生日プレゼントが欲しいな』
開いたメールは、俺の思考を遥か斜め上をいく内容だった。
……もう一つ?
『もっちー』の人形は、俺からしたら大枚を叩いて手に入れたシロモノだ。
さらにもう一つプレゼントが欲しい?
エルメスやルイ・ヴィトンのバックでも寄こせと言うのか?
思わず百地に顔を向ける。
人形を抱き抱えた状態でスマートフォンに視線を落とし、真剣な顔で何かを書いている。
十分ぐらい過ぎただろうか。
一体何を書いたんだよ?
おそるおそる隣の顔を見ると、人形に顔を埋めていた。
また随分と時間がかかったな……。
半ば呆れながらラインを開くと、画像だけが送られてきていた。
それを見た瞬間、
「――ぶはっ!」
思わず吹き出してしまった。
「……望月。どうした?」
先生が音読を止めて、ジロリと俺を睨む。
「いえ……何でもないっす」
消え入るような声で頭を下げた俺に、クラスメイト達が失笑する。
先生は再び教科書に目を落として朗読をはじめた。
一体なんなんだよ?
火照った顔を気にしながら、バクバクと跳ね上がる心臓を落ち着かせようと深呼吸をする。
クラス中から失笑を浴びたことなんてどうでもよかった。
そんなものを吹き飛ばす衝撃的な画像を送ってきていた。
あの奥手に見える百地が。
もう一度画像を見る。
そこには『もっちー』にキスをする百地の顔。
震える手で握りながら、隣の席にに目を向ける。
真っ赤な顔をした百地と目が合った。
パチっと視線が合った百地が弾かれるように顔を逸らし、再び『もっちー』の頭に口元を埋めた。
ええと……つまり。
そういう事、だよな?
そう思っていると、五回目のラインが届く。
慌てて開くと、そこにはこう記されていた。
『返事を待ってるからね、もっちー』