思春期恋愛
俺は、あなたに出逢って……
“恋”をしました──
俺は【榛名 龍都】。一十四歳。
どこにでも居る、ごく普通の中学二年生。
並大抵のことしか出来なくて、何かに抜きん出ている訳でも無く……
《恋愛》すら、あまり興味も無く“思春期”と呼ばれる期間に自然と実感も無く突入し、《大人でも無ければ、子どもでも無い》という何とも表現のしようがない、何だかもどかしい複雑な気持ちの中、俺は今日も学校へ通っている。
そして、夏休み──
俺は一人で少し、遠出をしようと空港内に居る。
《遠出》といっても、祖父母の所へ泊まりに行くだけなのだが。
「チケット、持った?荷物は?」
「チケット、ちゃんと持ってるし。荷物も預けてあるから……」
二泊三日。俺は家族の元を離れ、祖父母の所で自由にのんびり過ごす。
しかし、飛行機に一人で乗るのは初めてだ。
興奮と好奇心が入り混じりながらも座席の番号を確認し、座る。
じいちゃん、ばあちゃん…元気にしてっかなぁ……
と思いながら飛行機は離陸し、じいちゃん、ばあちゃんの待つ【和歌山】へ
そして、関西空港へ到着。
ゲートを出て、自分の荷物を確認し、受け取ると俺はじいちゃん、ばあちゃんを捜し始めた。
「あれ、龍都君?」
不意に自分の名前を呼ばれて驚きながら振り返ると、そこには可愛らしくて綺麗な空港のお姉さんが。
誰だろう…?と思っていると
「あ……あたしのこと、覚えてない?」
と、苦笑いしながら俺に言った。
ごめんなさい、全く覚えていません。
俺はこんなに可愛らしくて、綺麗なお姉さんとは知り合っていないハズだ。
すると、お姉さんは何とか俺に思い出してもらおうと、過去の話を持ってきた。
「ほら、龍都君が小さい頃によく、近所の公園で一緒に遊んでたやん!」
「近所の公園……」
あ、思い出した。
俺は元々、和歌山出身なのだが、小学校に上がる前に父親の仕事の都合で東京へ引っ越したのだ。
確か、俺が幼稚園の頃から近所のお姉さんがよく、遊んでくれていたなぁ……
ということは、もしかして──
「もしかして……紀伊ちゃん?」
「そうそう、久しぶり~!あたしな、関空でグランドスタッフやってんねん!」
「そうだったのか~。可愛くて綺麗だったから、分かんなかったよ」
「ほんまに!?嬉しいわ、ありがとう!」
そして、紀伊ちゃんがちょうど休憩に行く時だったので、一緒にじいちゃんとばあちゃんを捜してもらうことに。
「すっかり、東京の人になったんやね~!」
「え、そうかなぁ…」
「だって“標準語”やん!(笑)」
「あ、そっか(笑)」
九年ぶりの再会で喜びながら、他愛のない話をしていると……
「おお、龍都!こっちやど~」
と、じいちゃんが手を振っている。
「あ、おじちゃん!」
「あでぇ、紀伊ちゃんやない?」
「おばちゃんもお元気そうで!」
紀伊ちゃんとの再会をじいちゃん、ばあちゃんも喜んでいた。
「あ、私…休憩行かなあかんかってんや(笑)ほな、またね~!」
と、紀伊ちゃんが行こうとした。
「あ、紀伊ちゃん!」
「ん?どうしたん?」
実は、俺の“初恋”は……紀伊ちゃんだったりする。
せっかく“初恋”の人と再会したのに、ゆっくり話せないのは残念だけど……
連絡先ぐらい、聞いても良い…よな?
「あの……」
「龍都君?」
俺は告白する時のような息苦しい緊張感で、心臓の鼓動が早くなるのを体中で感じていた。
俺は、初恋の人に連絡先を……聞かないと一生、後悔すると思った。
「フ、FINE…聞いても良い…?」
よし、俺…言ったぞ……!
普段はこんなことしない俺が…言った、言えたぞ……!!
紀伊ちゃんはしばらく、沈黙して考えていたが
「ほんまは仕事上、教えたらあかんねんけど……龍都君やし、特別やで…?」
「あ、ありがとう!紀伊ちゃん!!」
俺は内心、ガッツポーズをしていた。
でかした、俺!よくやった、俺!!と──
「登録したから、また連絡するなぁ~!」
そう言って、紀伊ちゃんは足早に去って行った。
再会した初恋の紀伊ちゃんが空港のお姉さん……
そして、紀伊ちゃんの連絡先をゲット……
こんな奇跡が起こって良いのだろうか。
俺は、一生分の運を使い果たしてしまったのでは無いのだろうかと思ってしまった。
俺は口元をかなり緩ませ、喜びに浸りながらも俺はいつ、紀伊ちゃんから連絡が来るのだろうかとスマホが気になって、気になって仕方がなかった。
そして、深夜──
FINEの通知音が鳴った。
俺は飛び起きて、すぐさまFINEを開いた。
【夜遅くにごめんね!昨日、久々に会えて嬉しかったわ!龍都君、カッコ良くなっててビックリしたよ~!】
【俺も紀伊ちゃんに会えて良かった!紀伊ちゃん、可愛くて綺麗になっててビックリした…】
送信……と。
【ぇえ!可愛くとか、綺麗にはなってないよ~(笑)去年は家族と来てなかった?】
【今年は俺だけなんだ。親の都合とか下の奴らが体調、崩しちゃってさ…】
【そうやったんや!毎年、関空に来てるの見てたよ~!声、掛けたかったんやけど仕事中やって……】
紀伊ちゃんが俺のこと覚えてて、見てくれてた──!?
いや、違う。勘違いするな、俺。
見てたのは《俺》じゃない、《俺》を含めた“家族”だ。
まさか、空港で再会した“初恋”の紀伊ちゃんとFINEが出来るなんて、思っても見なかった……
精いっぱいの勇気、出して良かった……!
それからしばらく、紀伊ちゃんとFINEのやり取りをして俺は眠りについた。
翌日──
俺はじいちゃん、ばあちゃんの家の近くの海へ行った。
久々の和歌山の海──
すごく天気が良くて、海の水も冷たくて気持ち良い。
紀伊ちゃん今頃、仕事してるのかな……
気付いたら、俺は紀伊ちゃんにFINEをしていた。
【今、海に来てて泳いでる!】
すると、すぐに既読が付いた。
俺は何故か慌ててFINEを閉じた。
悪いことをしている訳では無いのに、何故か指が勝手に動いてしまった。
そして、通知音が鳴った。
【海行ってるん?良いなぁ!私も行きたい!!】
【じゃあ、来る?浜の宮だよ!】
【行きたいけど、仕事残ってるからなぁ~……】
【そっか、残念だね】
そうだ、紀伊ちゃんは仕事してるんだから、こっちに来るのは無理だよな……と思っていたのも束の間
【あ、でも明日はお休みだよ~!】
俺は二度見、いや三度見をしてしまった。
明日は……や、休み──!?
【でも紀伊ちゃんって彼氏、居ないの……?】
気付いたら、俺はそんなメッセージを送信していた。
何言ってんだ、俺!こんなに可愛くて綺麗なんだから、紀伊ちゃんに彼氏が居ることは当然……
しかし──
【あたし、彼氏なんて居れへんで?】
え──!?
嘘、だろ……?
ああ、神様ぁぁぁ!!!
【え、そうなの!?てっきり、彼氏居るのかと……】
【彼氏居ったらFINE、OKしてないやろ(笑)】
【あ、そっか(笑)】
俺は、周りの人から変人扱いされていないだろうか。
紀伊ちゃんに彼氏が居ないと知った瞬間から、俺の口元は緩みっぱなしなのだ。
まさか……いや、おかしいぐらいに今年の俺はツいている!!
そして、あれから俺は紀伊ちゃんと明日、会う約束をしている。
その日の俺は、上機嫌過ぎるほどに機嫌が良かった。
そして、その日の夜──
寝ようとして、布団に横たわるも……眠れない。
明日、紀伊ちゃんに会うにも関わらず、緊張して眠れない。
“恋”をすると、こうも自分は変わってしまうのか。
恋愛なんて興味無かったのに、“初恋”の人との再会で、また惚れてしまった。
俺は無理やりにでも寝ようとしたが、やはり、なかなか眠れない。
ドクン、ドクン……
と、心臓の音が聞こえるほどに俺は酷く緊張している。
次の日──
俺はあれから、なかなか寝付けず寝不足になってしまった。
早く支度して、出掛けないと。
紀伊ちゃんとの待ち合わせ時間は午前十一時。
そして、俺はただいま待ち合わせ場所の和歌山駅に来ている。
心臓の音が、とにかくうるさい。どうにかして心臓の音を落ち着かせようと思っていても、なかなか治まらない。逆に、もっと落ち着かなくなってしまったように思えた。
ああ、何だか逃げ出したいような感覚にも襲われた。
“恋”とは、自分自身の心も体をも変えてしまうのか。
「あ、龍都君!」
「あ、紀伊ちゃん」
紀伊ちゃんが来てしまった。俺は緊張が限界にまで達してしまい、自分はこんなにもヘタレだったのかと、今日のこの瞬間に発覚してしまった。
「ごめんなぁ、待った?」
「ううん、俺もついさっき来たとこ」
俺はなるべく、平然を装うことにした。
「せやけど、夏やから暑いなぁ!」
「だね」
「何か、アイス食べたいなぁ~」
「その前にお昼ご飯でしょ」
「あ、せやな(笑)」
表面上では普段通りに話せても、内心では緊張と嬉しさと暑さで脳内がパニックになっている。
「あ、電車乗ろう!」
「どこに行くの?」
「あぁ、え~っと……」
「まさか……決めてないの?」
「あはは、まだ決めてないねん。ごめん……」
「紀伊ちゃん……」
俺は笑ってしまった。紀伊ちゃんのことだから、しっかりと計画して来ているとばかり思っていたから、まさかノープランだったとは。
「え、なんで笑うん!?」
俺が笑っている姿を見て、紀伊ちゃんは目を丸くして不思議そうにしていたが、直に紀伊ちゃんも一緒になって笑っていた。
そして、紀伊ちゃんのノープランは大阪へ行くことに決定した。
「車内は涼しいねぇ~!」
「ああ、生き返る」
運良く人が少なかったので、俺と紀伊ちゃんは二人席に座った。
「ごめんな?ノープランで……」
「気にしないでよ。いきなりだったから、ノープランなのは仕方ないよ」
「龍都君……」
「ん?」
「大きくなっても、優しいとこは変わらへんねぇ……!」
「紀伊ちゃん…おばちゃんになってるよ」
「あたしはまだ、二十一!!」
「いや、言い方が……(笑)」
紀伊ちゃんとの会話は、とても心地良かった。
九年ぶりというのにも関わらず、昔と変わらずに接してくれる紀伊ちゃん。
自然というか、空気のような違和感の無さに安心感を抱いていた。
そして、目的地の駅に着くまでの間はお互いの近況報告をしたり、思い出話をしたりした。
「よーし、着いたでー!」
「あっという間だったね」
「ね!お腹空いたぁ!」
「どこが良いかなぁ」
紀伊ちゃんと一緒にどのお店に入るか探した。
今日は何の気分?とか、甘い物食べる?とか、お店をあちこち見ながら考えていた。
「あ、ここ!」
「バイキング……?」
「ご飯もあるし、デザートもある!ええなぁ、ここが良い!」
スイーツバイキング……ここって、見た目も雰囲気も“ザ・女子”だ。
男子である俺にはちょっと、いや……なかなか勇気の要ることだ。
今やスイーツ男子がいても当たり前なのは知っているが、現在でもスイーツは女子色がまだ強い。
「そうだね」
色々見て考えた結果が、紀伊ちゃんが決めたことだ。
意を決して、腹を括って俺は店に足を踏み入れようとした。
「あ、でも──」
「ん?」
「龍都君には、ちょっと入りづらい……やんね!他のお店にしよか!」
「え、良いよ。紀伊ちゃん、ずっとこの店見てたでしょ?」
「せやけど……」
「俺、平気だし。ほら、行こう」
俺は知っていた。紀伊ちゃんがずっと、スイーツバイキングのお店を見ていて入りたがっているのを。
普段から仕事で忙しくて、こうしてバイキングとかスイーツとかのお店でゆっくりする機会がなかなか無いと言っていたから。
紀伊ちゃんが楽しんでくれるなら、俺はなんだってする──!
店内に入ったは良いが、周りの女子に囲まれてる感……何か威圧感が、半端ない……
「ん~!美味しい!!」
紀伊ちゃんは満面の笑みで美味しそうにケーキを頬張っている。
「来れて良かったね、紀伊ちゃん」
「うん!でも、ごめんな……?」
「え?」
「だって、私のわがままで……」
「だから、気にしないでってば」
「うん……」
「ほら、このチョコケーキも美味しいよ」
と言って、自分の皿のチョコケーキを差し出した。
「ほんまや!後で取ってこよ~!」
紀伊ちゃんの笑顔は最高に可愛い。紀伊ちゃんの笑顔が見られるだけで、俺は幸せだ。
「あ、龍都君!何か欲しいもん、ある?」
「え……?」
「取って来たるから、何かある?」
「えっと……じゃあ」
俺は紀伊ちゃんの好きに取って来て、と言った。
分からへんやん、と笑いながらも紀伊ちゃんは取りに行ってくれた。
「美味しかったね~!」
「うん」
「また、来れたらええね~!」
「う、うん」
“また、来れたら”って──
期待しちゃうじゃんか。
そして、俺と紀伊ちゃんはぶらぶらし始めた。
すると、いきなり「あ!」と思い出したように紀伊ちゃんが声を上げたから
「どうしたの?」と、俺が驚きながら聞くと
「そうや、アイス!アイス、忘れてた!」
子どもかよ(笑)
俺はまた、笑ってしまった。紀伊ちゃん、外見はすごく大人でしっかりしてそうなのに、喋るとそうでも無くて寧ろ、喋ると子どもっぽさが容易に表れてしまうところのギャップが、何ともたまらない。
「ねぇ、なんで笑ってるん?」
俺が笑ってる隣で、紀伊ちゃんは頭上にハテナマークを浮かべているようで何故、俺が笑っているのかが理解出来ないという顔をしている。
「紀伊ちゃん……可愛いね」
「えっ……!?」
つい、本心を言ってしまってハッと我に返ったが、俺の見間違いだろうか。
紀伊ちゃんの頬が赤く染まっている。
「か、可愛くなんて……ないもん!」
「か、可愛いよ!すごく……」
「お、お姉さんをからかったらあかんのやで!?」
「からかってないよ!?俺は……」
「あ、遊んでもあかんよ!?」
「遊んでねぇよ!」
「……ごめん」
「俺こそ、ごめん……」
気まずい雰囲気になってしまい、何だかギスギスしてしまっている。
近くにカフェがあったので、とりあえず入ることにした。
「いや……あんな?」
「ん?」
「あたし……あんまし、そうやって面と向かって言われたこと、無かったから……」
「へ?」
「あ、いや……可愛いって……」
「ああ……え!?」
俺は驚きを隠せなかった。どうして、こんなにも可愛くて綺麗な紀伊ちゃんを「可愛い」と言う男が、今まで居なかったのか。
「学生時代はな、あんまし化粧せんかって……」
「すっぴんも可愛いかったよ?」
「え!?」
「あ、昔の……だけど」
「ああ!」
紀伊ちゃんは関空に就職して、初めてきちんとしたメイクを覚えたらしい。それまでは簡単なメイクしか出来ず、あまりやらなかったんだとか。
「だから、あんまり……モテたことなかってん(笑)」
「そう……だったんだ」
「だからな?就職して、化粧し出してから「可愛い」って言われるようになって……」
「良かったじゃん」
「でも……」
「でも……?」
「何か怖くて……(笑)普段、言われ慣れてないことを言われるって違和感やって……お世辞やとは思ってるけど──」
「でも、紀伊ちゃんは可愛いよ!……本当に、これはお世辞じゃない」
「龍都君……」
「他の誰かが紀伊ちゃんの可愛さを知らなくても、俺は知ってるから……」
「あ、ありがとう……!」
ハッ、しまった。
何をサラッと言っているんだ、俺は。今言ったことを思い出してしまったので、俺は下を向いてしまった。
今、俺の顔は真っ赤なハズ。紀伊ちゃんに見られたくない……やべぇ、すごく恥ずかしい──
「やっぱり、優しいな。龍都君は」
「い、いや……」
紀伊ちゃんが好きだからだよ、とは……ここでは言えない。
「あ!そういう龍都君は彼女、居てるん?」
紀伊ちゃんが興味津々にこっちを見ている。
「彼女なんて、居ないよ」
「うせやん!こんなに優しくてかっこええのに!?もったいない!」
「大袈裟だなぁ」と言いつつも、紀伊ちゃんに言われるとすごく嬉しい。
ここでも他愛のない話をした。
気付いたら、ついさっきまでギスギスしていたのが嘘みたいに無くなっていた。
あちこち歩き回ったり、店内に入ったりしているうちに知らぬ間にもう、夕方になっていた。
夕飯も済ませて、帰りの電車に乗る。
「今日は一日連れ回して、帰り遅なってごめんな?」
「ううん、楽しかったよ!」
「ほんまに?良かったぁ!」
明日、俺は飛行機に乗って東京へ帰る。
「明日、東京に帰るんだ」
「え!もう、明日なん!?もうちょっと、ゆっくり出来たらええのに……」
「二泊三日だからね。でも、良い思い出になったよ」
「なら、良かった!」
本当、もうちょっとだけ居たかったな。
「また何かあったら、FINEするよ」
「せやね、あたしもFINEするし!」
俺は今日しかないと思った。
紀伊ちゃんに、気持ちを伝えられるのは、今日しかない──
和歌山駅に着いた。
「今日はほんまにありがとう!ゆっくり休んでなぁ!」と、言って帰ろうとした紀伊ちゃんを
「紀伊ちゃん!」
俺は呼び止めた。
「ん?」
いつもと、昔と変わらずに笑顔で振り向いた紀伊ちゃんに、俺は──
「好きです、俺と付き合ってください」
駅のホームで、まだ人がちらほら居るにも関わらず、告白した。
「えっ……!?」
俺は真っ直ぐ、紀伊ちゃんの瞳を見て言った。
紀伊ちゃんが目を大きくして驚いているが、次第に顔が赤く染まっていくのが分かった。
と、同時に自分の顔も熱くなっているのが分かる。
紀伊ちゃんも俺も微動だにせず、ただお互いの瞳を見ているだけ。
「お願いします……!紀伊ちゃんは、俺の初恋なんです!!」
榛名 龍都、一十四歳。人生初の告白──
「あの……ちょっと、考えても……ええ?」
「え!あ、うん……!」
「明日には答え、出せるように考えとくから……」
「分かった」
紀伊ちゃんは帰って行き、俺もじいちゃん、ばあちゃんの家に帰った。
その日の夜──
ああ、俺はすごいことをしてしまったのだと、今になって気付いた。まだ人がちらほら居る、あの駅のホームで紀伊ちゃんに告白──
しかし、こんなにドキドキしたり、もっと話したい、もっと一緒に居たい、もっと紀伊ちゃんの傍に居たいとこれほど強く想ったのは初めてだ。
“初恋”の人だから、尚更のことなのだろうか。
紀伊ちゃんと帰りに別れてからは、紀伊ちゃんからFINEが来ることは無かった。
そして、俺が東京に帰る日──
「龍都に久々に会えて嬉しかったわ!」
「気ぃ付けるんやで!」
「ありがとう。じいちゃん、ばあちゃん」
「これお土産やさけ、みんなで食べや!」
「うん、みんな喜ぶよ」
「もっと、ゆっくり出来たらええのになぁ」
「俺が高校生とかもっと大人になったら、多分もうちょっとゆっくり出来るんじゃないかな」
「なら、わしら長生きせなな!」
「ほんまじゃねぇ!」
とじいちゃん、ばあちゃんは笑いながら、笑顔で空港まで見送ってくれた。
俺は時刻を確認し、紀伊ちゃんを目で捜す。
キョロキョロと辺りを見回して見ても、紀伊ちゃんが居ない。
今日も紀伊ちゃんは休みなのかと思っていると──
「龍都君!」
「紀伊ちゃん……」
私服姿の紀伊ちゃんが、小走りでこっちに来た。
「紀伊ちゃん、今日も仕事休み……?」
「あ、ちゃうねん!今日はこれから」
「あ、そっか」
「仕事までまだ時間あるから、見送りに!」
「ありがとう、紀伊ちゃん」
「そして、龍都君へ返事しないとね……」
「あっ……」
そうだ。俺は昨日、紀伊ちゃんに告白したばかりだった。
再び、心臓の心拍数が急激に上がり、胸が締め付けられて息苦しくなる。クーラーが効いているはずの空港内なのに、俺はだんだんと手や体中に汗をかいているのが分かった。
「昨日、龍都君の言ってくれた気持ち……すごく嬉しかった」
「うん」
「でもまさか、龍都君がそんなこと言うなんて……思ってなかったから、びっくりして」
「あの、公園で遊んでくれた時からずっと好きだった」
「龍都君の好きって、普通のお姉さんとして好──」
「違う、本気で好き」
「──っ」
この気持ちは本当。お姉さんだから好きって言う、あの好きじゃない。
“彼女”にしたい方の、付き合って欲しい方の、好きなんだ──
「色々考えたんやけどね……?」
「うん」
「年の差が七つもあるって言うのと龍都君は今、中学生であたしは成人してて……」
「恋愛に歳なんて、関係ないって言うじゃん」
「いや、分かるんやけどさ!いくらなんでも、こっちが気にするし……」
「俺は気にしない」
「あの、だからこっちが気にしてまうねんってば!それに、こんなに年の差があると……」
「ん……?」
「龍都君はまだまだ若いし、恋愛も人生もこれからや。私はもう成人してるから、あっという間に歳を取る……」
「だから?」
「だから、龍都君は私よりももっと良い人を見つけて、いっぱい恋愛していっぱい色んなことをして経験して、良い大人になって欲しいの!」
「俺が紀伊ちゃんを好きなのは変わらない。これからも、ずっと」
「私なんかよりも、もっと良い人はいくらでも居てるよ!?」
「……じゃあ、分かった」
「分かってくれた……!?」
「俺が二十歳になっても、まだ紀伊ちゃんのことが好きだったら……」
「えっ……!?」
「今度こそ、付き合ってよ?」
「それって……六年後?」
「まぁ、そうなるね」
「私、三十路手前のおばちゃん……」
「それまでに紀伊ちゃんに彼氏が居て、結婚するってなったら……俺は、潔く諦める」
「でも……」
「ん?」
「私に彼氏も結婚も無かったら……」
「その時はまた、堂々と告白するよ」
「──っ!?」
出発時間に近付いた。そろそろ俺は飛行機に乗ろうと、ゲートへ行く。
「じゃあ、またね。紀伊ちゃん」
「う、うん!」
最後まで、笑顔の紀伊ちゃん。でも頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俺を見送ってくれた。
機内で、自分の座席を確認して座った後に俺は顔を両手で覆い、全身の力が抜けるのと同時に恥ずかしさで頭と心臓がパンクしそうになった。
勇気を最大限に出して、俺は言い切った。我ながら、かっこいいことを言ったなぁとは思いながらも恥ずかしくてたまらず、隠れてしまいたくなる。
自分が如何にヘタレか、改めて思い知った瞬間だった。
でも、自分の気持ちは全て正直にはっきり言ったから、後悔はしていない。
もし、あそこで告白していなかったら……?その方が、ずっと後悔するだろう。
そして、俺は東京に帰った──
あれから、六年後──
紀伊ちゃんとのFINEは今でも続いているが、あれから告白のことは一切、触れていない。
それでも、紀伊ちゃんと普通に会話が出来ているのは……紀伊ちゃんの優しさと、人柄の良さだからだと思う。
そして、俺は今……関西空港に居る。
そう……あの“告白”をもう一度、彼女に伝えに。
運良く、空港内のカウンターはあまり人が居ない。
今、紀伊ちゃんが対応している。仕事をしている紀伊ちゃんを見たのは、今が初めてだ。
「お気を付けて、いってらっしゃいませ!」
客が居なくなったところを見計らって、俺は紀伊ちゃんのところへ向かった。
「お客様、いらっしゃいませ」
「紀伊ちゃん」
「……!?」
「久しぶり」
「えっ、あ、あの……」
紀伊ちゃんの驚いた顔が笑える。紀伊ちゃんは今、ちょっとパニックになってしまっているようだ。
「紀伊ちゃん、俺のこと……覚えてない?」
「いや、え、あの……」
「どうかしたの?」
紀伊ちゃんの顔があの時と同じように真っ赤に染まっている。
「お、お久しぶり……です」
「紀伊ちゃん。俺、やっと二十歳になったよ」
「私は三十路手間のおばちゃん……」
「紀伊ちゃんは今でも十分、若いよ」
「ちょっと待ってて!」と紀伊ちゃんに言われて、俺はしばらく待っていた。
すると、紀伊ちゃんがカウンターから出て来た。
「ちょっと早めに休憩、もらって来た……」
そして、空港内のカフェで久々の再会に「来るなら、連絡してや!心臓に悪い!」と俺は紀伊ちゃんに怒られている。
「いや……サプライズの方が喜ぶかなぁと……」
「ちゃうねん!嬉しいねんけどな、こう……連絡くれたら、心の準備も出来るというか……」
「あ、そうだ」
俺は紀伊ちゃんに小さい花束を差し出す。
「もう一度、言います。好きです、俺と付き合ってください」
「──っ」
あの時と同じ、紀伊ちゃんの瞳を真っ直ぐ見て、俺は言った。
「……はい」
紀伊ちゃんが俺の差し出した花束を受け取って、そう言った。
「……え!?」
俺は耳を疑った。あの時の紀伊ちゃんは年の差だとか、将来のことが不安で……とか言って一度、俺をフったのに。
「な、何……?」紀伊ちゃんが頬を真っ赤に染めて、俺に言った。
「いや、あの時は俺のことフったのになぁ……と思って」
「あ、いや……若い子ってすぐ浮気したり、付き合っても飽きたりするって聞いたから……」
「それって……若いヤツに限らず、するヤツはするだろうと思うけど」
「んまぁ、そうやけど……」
「だから、俺もその部類に入ると」
「……ごめんなさい」
「これで分かった?俺の本気」
「……うん、すごく分かった」
「俺、あれから誰にもなびいてないし、紀伊ちゃん以外に好きになったこともないよ?」
「えっ!?う、嘘やろ……!?」
「嘘ついてないし、本当だよ?」
「……龍都君、なかなかやるな」
「俺をナメないでよ」
「……負けた」
「え?」
「龍都君の強い気持ちに……負けた」
「ということは……」
「よろしくお願いします」と、紀伊ちゃんはかしこまって頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」俺も紀伊ちゃんと同じように頭を下げた。
そして、顔を上げた瞬間……お互い目が合って、笑ってしまった。
紀伊ちゃんから聞いた話だと、最初は本当に弟みたいな感覚で接していたんだけど、俺が告白してからは色々と意識してしまったらしい。
俺は紀伊ちゃんと付き合えることに、喜びと幸せを噛みしめている。
「紀伊ちゃん、本当に可愛い」
「えっ……!?」
「ずっと言いたかった、可愛いって」
「うわ、ズルい!ズルい!」
「なんでだよ(笑)」
「そんなん言われたら、キュンキュンするやんか~っ!」
いや……そっちの方が、だいぶ反則だと思うけど。
頬を真っ赤に染めて、可愛い顔でそんなこと言われたら──
「ますます、好きになるよ」
「龍都君!!」
「ん?」
「あ、あたしも……」
「うん」
「あたしも、龍都君が好き……です」
「知ってる」
「え!?」
「だって、俺も好きだから」
俺も顔が赤いのだろう、熱くなっているのが分かる。でも、それ以上に紀伊ちゃんの方が顔が赤いと思う。
九年と六年、合わせて一十五年越しの俺の片想いがようやく、実った──
諦めずに一途に想い続けて、本当に良かった……
紀伊ちゃんと交際し始めてから数年後──
俺は紀伊ちゃんと結婚します。
今までも、これからも。俺は一生、紀伊ちゃんを愛することを誓います──
作者の桜川 京華です。
初めて短編小説で完結まで書ききりました。
和歌山と関西空港がキーワードの恋愛小説。まだまだ上手く書けなくて悩むところもたくさんありますが、少しでもこの作品を楽しんでいただければ、少しでもこの作品を好きになっていただければ良いなぁと思うばかりです。
これからも、いろんな小説を書いていきたいと思っておりますので、温かく見守っていただけると幸いです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。