一巡目 五日目 その3
さっきまで保健室のベッドの上に居たはずなのに、気がつくと俺は黒い空間に居た。
――こんにちは。奏真守仁君。
『……誰だ?』
恐らくこれは夢だ。俺の直前の記憶からして高確率でそのはずだ。
――あぁ、僕? 僕はファネッサ、ファネッサ・ピエルクリフって言うんだ。道化師やってます。
『……はぁ』
この声の主、ファネッサとやらは頭がちょっとあれな人なのだろうか。俺の頭の中にはこんな奴が居るのか。なんか凄い不安なんだが。
――安心していいよ。僕は君の中に元々居るんじゃなくて、外側から君の中に来ているんだ。だから自分の頭は心配しなくていい。
『人の心の中を読むとは失礼な奴だな』
――まぁまぁ、これは夢なんだ。それくらいはご愛嬌だよ?
そんな愛嬌捨ててしまえ。
――それにどうせ記憶には残らないんだ。楽しんだ方が吉だよ。僕は今とっても楽しいよ?
『知るか』
――酷いなぁ。ま、良いよ。近いうちにちゃんと会えるから、続きはその時だね。
よくはわからないが、俺は心底コイツには会いたくないと思った。
――じゃ、クリスマス。楽しみにしてるからね?
『は? ちょ、お前それどういう――』
言葉の途中、俺の足元の空間が歪む。それと同時に闇がどんどん迫ってきた。そして俺の体と意識はそのまま闇に包まれた。
「――ッ!!」
俺は勢い良く身体を起こした。一瞬自分が今どこに居るのかがわからなくなったが、保健室に居る先生を見て理解した。俺は走り疲れて保健室で寝ていたのだ。
「あら、起きた?」
俺の目が覚めた事に気がついた先生がこちらに歩いてくる。そして俺の顔を見て少し驚いた様な顔をした。
「ちょっと大丈夫? 汗凄いわよ、あなた」
「え?」
言われてから気がついたが、俺は額から凄い量の汗を掻いていた。もちろんシャツの下だって似たようなものだ。
「それに少しうなされてたみたいだし、本当に大丈夫?」
「え、えぇ。大丈夫だとは思います……」
うなされていた? 俺は何か怖い夢でも見ていたのか? いや、そもそも俺は夢を見ていたのか? あぁ、俺は確かに夢を見た。見たはずなんだ。だが内容は一切として覚えてはいないのは何故だ。
「うーん。どうする? もうちょっと寝てく?」
時刻は十時過ぎ。教室では二時間目の真っ最中って所だな。今戻って色々言われるのもあれだし、とりあえず授業が終るまで居るか。直終るだろうし。
「はい、二時間目が終るまで寝ていきます」
「はいはーい。ゆっくり寝ててねー」
そう言って先生は保健室を後にした。何故わざわざ保健室を出て行ったのかは考えないでおこう。逆にここに居られても若干困る。何話していいかわからんからな。いや、話さなくていいのか。
俺はそれから特に何かを考えたり、する事もなく、チャイムが鳴るまでただぼーっとしていた。チャイムが鳴る頃になって先生が戻ってきたので、一応お礼を言って保健室を後にした。そして俺はチャイムが鳴り、授業が終わり、教師が教室を出て行った事を確認してから教室に戻った。
「あ、守仁君お帰りー」
「おう、ただいま」
美咲が一番に反応する。しかし、一言も大丈夫、などといわないのだ。まぁ、流石にこれはアホでも俺がサボりだってわかるか。
「おう、奏真ー。よく寝れたかぁ?」
「あぁ! バッチリだ!」
皮肉交じりなのか知らんが、俺は全力で返した。するとどうだ、何も言えないのか、『お、おう……』と言って自分の席に戻ってしまった。よくわからん奴だ。
「まぁ、気にしたら負けじゃないかな?」
後ろから美咲がそう言う。なんか美咲にそういう事を言われると負けたような気がするんだよな。言い返せないんだけども。
「……ま、美咲がそう言うなら良いか」
俺は席に戻り、三時間目からの授業を受けた。それから、大したイベントも起きずに一日が過ぎていった。強いて言えば昼に美咲が突然『口移し~』とか言い出した位か。立花が頭引っ叩いて引きずってったっけな。まぁ、あったと言えばこれくらいだった。それ以外は、特に何事もなく時が過ぎていき、気がつけばもう放課後になっていた。
「しゅーじーんーくんっ! 帰ろっ?」
「あぁ、そうだな」
今日の美咲はどことなく嬉しそうだった。放課後に遊ぶ約束をしたからだろうか。そういや最近遊んでなかった気もするからな。実は言うと俺も結構楽しみだったりするんだなこれが。
「えへへっ。今日何して遊ぶ?」
「ん? あー、なにするかなぁ……」
いつもの様に手を繋いで歩く帰り道。俺達は帰ってから何をしようかをひたすら考えていた。しかし、特にこれと言った案は出ずに俺の家の前まで歩いてきてしまった。
「あ、家着いちゃったね?」
「結局決まらなかったな」
「ま、守仁君の部屋に行ってからまた考えようよ!」
「まぁそれでいいんじゃないか?」
『部屋行ってから考えよう』と美咲が言った時は九割の確立で部屋でまったりしている。しない日は大体学校の課題とかがあった日だ。今日は課題も出ていないし、部屋でまったりの日だろうな。
「わ! 守仁君の部屋久しぶり~!」
美咲は部屋に入るなりベッドにダイブした。そしてベッドの上でゴロゴロして挙句布団の匂いを嗅ぎだした。目の前でそういう事をされるのは中々恥ずかしい。
「んふふ~いい匂い~」
今の美咲に何を言っても無駄なのだ。最初の頃は何度か美咲に言ってみた事があったのだが、何も聞き入れてもらえなかった。最悪の場合駄々をこね始まる始末だ。挙句『今日ここで寝る』だの『ずっとぎゅーってしてなきゃやだ』だの色々言い出すのだ。普通にするのには抵抗はないが、縛りを作られるとどうもやりにくい。だから俺は美咲がそういう事をし始めたら見守ると決めている。これは今も昔も変わらない。
「ほーれ、美咲さんや。今日何をするのか決まったのかい?」
「えー? うーん……このままじゃだめー?」
美咲が布団から頭だけだしてそう言う。いくら可愛くてもこれは許容できまへんで。
「流石に俺を一人にしないでもらいたい」
「じゃあ守仁君も一緒にゴロゴロしようよ~いい匂いだよ~?」
「俺が俺の匂いを良い匂いとか言い出したら怖くね?」
それじゃ完全にナルシストではないか。おぞまし過ぎるぞそいつ。
「まぁ、一緒にゴロゴロするか」
「わぁ~い!」
俺がベッドに座ると美咲は嬉しそうにベッドの上で跳ねた。
「ほれ、跳ねるな跳ねるな」
「はぁーい」
それから美咲はゴロゴロしたかと思えば後ろから抱き付いてきたり、漫画読み出したりと、もうとにかくゴロゴロしていた。
「ふぁ……」
美咲が俺に抱きついてる上体で大きな欠伸をした。
「眠いのか?」
俺が聞くと美咲は小さく頷き、
「うん……でもねちゃったらもったいないからおきてる……」
そうは言っても完全に船漕いでるじゃないか。もう仕方ないなこいつは。
「ったく……悪いな、俺も中々に眠いんだよ。一緒に寝てもらっていいか?」
「……うん。ねるー……」
そして俺達は互いに抱き合ったまま眠りに落ちた。