一巡目 五日目
【十二月二十一日 水曜日】
視界に広がる赤。鼻に付く特徴的な鉄臭さ。あぁ、これは血か。視界を覆うほどの血液を俺自身が出していると考えるのは少し違う気がした。状況がつかめていない俺を突然月明かりが照らした。先ほどまで俺の目の前に合ったものが居なくなったからだ。
「美咲っ!?」
俺の意思とはまったく関係なく、俺が声を発した。これは夢だ。今までの夢とは違い、声も音も聞くことができれば臭いまでわかる。これは夢にしてはリアリティがあり過ぎるものだ。しかし、俺の身体は俺の意思とは関係なく動き続ける。動かぬ証拠だ。俺は血を流して倒れている美咲を抱きかかえ、何度も呼びかける。
「お、おい! 美咲!」
俺の呼びかけに美咲の身体が小さく動く。美咲はまだ生きているようだ。美咲は俺の頬に手を添え、何かを言おうと口を動かした。けれど今の美咲にそんな体力は無かったらしく、声が出ない。
「…………」
「なんだよ……なんて言ったんだ……? なぁ、美咲? なぁ、なぁったら……」
夢の中の俺はわからなかったようだが、俺にははっきりわかった。美咲は俺に『ごめんね』と言ったんだ。何に対する言葉なのか、俺には理解できない。美咲は必死に声を出そうとする。しかし、口だけが動くだけで一向に声が出てこない。次第に美咲の身体は冷たくなっていく。いまやもう美咲は口さえも動かす事はできていない。夢の中の俺はそんな美咲に何もしてやることはできなかった。ただ涙を流す事しかできなかった。
最後に……頬に添えられた手がゆっくりと崩れ落ちた。