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REスタート  作者: 桜庭 呉羽
――FactorⅠ
4/18

一巡目 三日目

 【十二月十九日 月曜日】


 目の前に倒れている見慣れた女性。そしてそれを何もせずにただ見ているしかできない俺。そしてもう一人――――


 「ッ!……」

 最後の一人の顔を見る前に俺は夢から覚めた。時刻は六時三十分。時間としては普段通りだ。しかしいつ見ても目覚めの悪い夢だよまったく。

「倒れていたのは……恐らく……」

 思わず俺は生唾を飲み込んだ。夢にしては(たち)が悪い。こんな悪夢は初めてかもしれない。そんな事を思いながら、俺は珈琲を飲む。俺は朝はブラック派なんだ。目が冴えるからな。うん、旨い。

「あ、起きたわね。朝食できてるわよ」

 リビングには既にお袋が居た。テーブルを見る限り、父は朝食を共しないようだ。そういや親父居ないんだっけか。

「お父さんなら居ないわよ?」

「心を読まないでもらいたい。で、また出張?」

「今回はフランスだってさ。昨日の夜中に行っちゃった」

 父は出張で家を空ける事が多い。何の仕事をしているのか詳しくは教えて貰えなかったが、自分では

「普通のサラリーマンだよ」

 などと言い出すのだ。お父さん、普通のサラリーマンはそんな頻繁に出張で海外には行きません。まぁ海外営業部的とかだったりするとまた別なんだがな。

「そう……頂きます」

 今日の朝食はトーストとスクランブルエッグか。妥当だな。と、そんな事を思いながら朝のニュースに目を向ける。

 『昨夜未明、都立――高校に勤める教員、小関学(おぜきまなぶ)さんが肩をナイフで切りつけられる。と言う事件がありました。犯人は捕まっておらず、どこかに潜伏してる模様で――』

 昨日の殺人といい今度は担任か……恐らく犯人は同じだろうな。ここから距離はそう遠くないし、昨日の殺人で使われたのもナイフだって言ってたしな。ま、担任ならいいか。

「あら、この人守仁のクラスの先生じゃないの?」

「あぁ、そうだね。お気の毒に」

「ま、肩切られただけならまだ安心ね」

 ……ん? なぜお袋は昨日は美咲の心配をしたのに今日はしないんだ? 近くに潜伏している可能性があるなら昨日よりも危険性は遥かに高いはずだろう。何よりお隣なんだ。昨日みたいに心配してもいいはずなんだ。昨日のと似た違和感。何かが変だ。直らない指の傷、お袋の発言。まだ何かあるはずだ。というか、俺も人の事言えないけど少しは心配してやらないのか。教師と保護者ってそういうものなの、え?

 それから、俺が違和感について思考を巡らせていると、不意に家のチャイムが鳴った。時計の針は七時三十分を指しており、いつも美咲が俺を向かえに来る時間だった。

「ほら、美咲ちゃん来たよ。さっさと行って来な!」

 そう言って俺の背中を何度も叩くお袋。地味と言うか普通に痛いからやめて欲しい。ほんとわかってほしい。

「わかってるよ。じゃ、行ってきます」

「あいよ! 美咲ちゃんによろしくねー」

 俺が扉を閉めると、ひゅーひゅー。と古い冷やかしの声が扉の向こう側から聞えた気がした。だが既に扉は閉めたので、確認のしようがなかった。別に確認するつもりもない。扉に背を向け、道路の方へ目をやるとポニーテールをぶら下げた俺の幼馴染兼彼女が立っていた。今日も今日とて可愛いものだ。

「おはよう! 守仁君!」

「おはよう、美咲」

 俺達は挨拶を交わし、学校に向け歩き出す。周りには同じ制服を着た学生が何人か歩いている。決して人が少ない訳ではない。むしろどちらかと言えば多い方。そんな中何故か俺達は腕を組んで歩いていた。……ホントマジ勘弁してください。ホントずっとこれだけは変わんないんだよ。

「……メチャクチャ恥ずかしいんだが」

「えへへっ」

 俺がそう言うと小悪魔が笑顔で俺の顔を覗き込む。それで下からそんな笑顔で見つめられたらなにもいえない。強く反抗する事ができなくなった俺は、羞恥を必死に我慢しながら学校へと急いだ。もちろん急いだのは俺の心の中だけだ。美咲は頑として歩く速度を変えてはくれなかった。もしかしたら遅くなっていたのかもしれない。

「や、やっとついたのか」

 下駄箱に着いた時、俺の体力は既に限界だった。周りの人間に生暖かい目で見守られ、時には笑われ、それでも尚歩く速度は変わらずにゆっくりと道を進む俺達。毒沼を歩く主人公ってこんな気分なのかな。

「どうしたの? いこ?」

 俺がいくら精神を削ろうと美咲は無邪気な笑顔を向けてくる。この笑顔で俺の精神が回復すればいいんだけどな。残念ながら俺はそこまで単純な人間じゃない。悪いな美咲。お前の笑顔はある意味体力を削るんだよ。今でもな。

「あぁ、なんでもない。さぁ、行こう」

 何事も無かったように装い、歩き出す。顔には出てないよな? ニヤけてないよな? あぁ、にやけてなかったはずだ。

「ニヤけてるよ? にししっ」

「ま、マジか……隠す練習するか」

 やっべ、にやけてたのかよ。凄いダサいじゃん俺。こういうときってなんていうの? つらたん? いや、俺が使う様な言葉じゃないか。

「えー? 隠さなくていいよー面白いじゃーん!」

 俺はこの一件から本気で隠す事を決めたんだ。恥ずかしいから。

「はいはい。さっさと行こうぜ? ホームルーム始まっちまう」

 今の時間はホームルームギリギリ。これ以上のタイムロスをすると確実に間に合わない。それだけは何としても避けたい。まぁ、目の前にあるのにどうロスするんだ、と言う話なんだが。美咲はなぁ、ちょっとなぁ……?

「きゃっ」

 などと思っていたら美咲が突然転んだ。足元には特になにもない。何かに躓いたわけではないらしい。何も無いところでこけるというのもどうかと思うんだがな。どうだい、美咲さんよ……

「っ――――!?」

 転んだ美咲を見ていた時、一瞬ある光景が目の前に広がった。倒れている女性とそれをただ見ている俺、それと……。

「あれ、どうかした?」

 気が付くと目の前に美咲の顔があった。心底驚いたが、必死に隠した。恐らく俺は凄い顔をしていただろうしな。あれ、これ隠せてないって言うんだっけ。

「ん、何でなにも無い所で転べるんだろうなーって思っただけだ」

「え!? なにそれ酷い!」

 美咲は俺の表情の事を気にはしていないみたいだ。何とか隠せたみたいでよかった。あれ、やっぱ隠せてたんじゃん俺。まぁこれからも隠す努力はしないといけないよな。余計な心配をかけるのも悪いしな。

「一時間目なにー?」

 ホームルームにも無事間に合い、何事も無く終った後、美咲がそんな事を聞いてきた。よく見ろ、俺の後ろに書いてあるぞ。

「そのまま俺の後ろの黒板を見な」

 その指摘に美咲は頬を膨らませる。はいはい、可愛い可愛い。じゃなくて、なんかしたのか? 俺。

「どうかしたか?」

「私は守仁君と会話がしたかったんですー。一時間目を聞いたのは話の種なんですー」

 ……なんと。それは流石に気が付かなかったな。こういうのは中々慣れないものだよ。今だにわかんないもん。

「そうか、それは悪かったよ。一時間目は現代文だよ」

 美咲は少し嬉しそうにして喋りだす。数分話した所でチャイムが鳴り、担当の教師が入ってきた。美咲は少し残念そうに前を向いた。

「…………」

 目の前の美咲は真剣に授業を受けている。と思う。まぁそれは美咲以外の人も同様に授業を受けている。少なくとも俺からはそう見える。黒板に何かを書けば()ぐノートに書く。問題を出して生徒が解く。極々普通の授業風景。その中で俺は授業とは一切関係ない事で頭がいっぱいだった。朝見た夢、お袋の発言、消えない傷……今月に入ってからおかしな事ばかり続く。中でも一番謎なのが指の傷だ。血こそ止まってはいるが、傷口が一切として塞がる気配がないのだ。瘡蓋(かさぶた)すらできずに血は止まり、傷痕だけが指に残されているこの状況。それからだ、ニュースを見たお袋の発言と今朝の夢。どちらも違和感がずっと残っている。かといってお袋の発言は最悪”偶然”で済ます事ができる。殺人と言う言葉に反応して咄嗟に美咲の名前が出てきてしまった。が、今朝の事件は担任が被害者だと言う事に意識が向いて美咲の名前が出なかった。などと幾つか考えられない訳ではない。納得はできなかったのだが。

「ここテスト出るから覚えておけよー」

 問題は今朝の夢だ。倒れていた女性と立ち尽くす俺ともう一人。倒れていたのは恐らく美咲だ。ポニーテールだったしな。見慣れたポニーテールなんて美咲以外に知らん。そして俺。ただ呆然と立ち尽くしていた俺。相当情けない顔をしていたっけ。って言ってもここまでなら別に只の悪夢で済む話だ。本当の問題は最後。そう、あの光景の中に俺と美咲以外にもう一人居たんだ。気崩したスーツとハットを着た俺位の身長の男。その男が俺の中でどうも引っ掛かる。理由こそわからないが、傷や発言のと同じかそれ以上の違和感を感じたんだ。もしかしたら俺はこの男に会った事があるのではないのだろうか? とまで考え出す始末だ。ここは一回落ち着こう。深呼吸だ深呼吸。

「すぅ……はぁー」

 俺が深呼吸を終えた所で授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。俺はこんなにも考えを巡らせていたのか。もしかしたら今まで生活していて一番早く感じたかもしれない。

 授業が終わり、教師が教室を出た途端に美咲がこちらに顔を向けてきた。考え事はまた授業中までお預けだ。少しは構ってやらんとな。つーかあれ、さっき誰か重要な事言ってなかったか? え?

「守仁君さ、授業中何か考え事でもしてたでしょ?」

 ちょーっとまて、お前一回もこっち向いてないよな? あれか、お前はエスパーか何かですか。

「……なんでわかった」

 きょとんとした表情で美咲がこう言ったんだ。

「だって一回そっち向いた時私の事見もしなかったよ?」

「へ……?」

 俺は周りの事がわからなくなる位熟考していたのか。そりゃ俺が驚いたらおかしい訳だよ。顔合わせてるんだから。

「何かあったの?」

 美咲が顔を覗きこんできた。あぁ、俺はまた考え事で周りが見えなくなりかけてたのかよ。って今俺なんか考えてたっけ。

「んー……最近ちょっと寝不足でな。ボーっとしてた」

「そーなの? 寝なきゃダメだよー」

「あぁ、今日は早く寝るさ」

「そうしたほーがいいよー」

 一応誤魔化す事は出来たのだろうか。まぁ、美咲が気にしてない様だし大丈夫だろ。あまり美咲に心配はかけられないからな。本当に今日は早めに寝てすっきりしようかな。

「そう言えば次移動教室だよ! 守仁君!」

 なんだと……? どうやら本当のようだ。教室にはもう半分も残ってなかったし、次の授業を確認したら美術ときたもんだ。時計に目をやると授業開始まで後二分ほどだった。これ以上ゆっくりしていたら間に合わないな。急がねば。

「ま、行くか」

「守仁君はやくー!」

 扉の所で美咲が俺を呼んでいる。また俺は美咲の動向を感じ取る事ができなかった。今日の俺は何かおかしい。違和感に踊らされている気がする。

「守仁くーん?」

「あぁ、直ぐ行く」

 ……あれ、こういうのってナンチャラ力が足りないとか言うんだっけこれ? ん、まったく思い出せないな。昨日テレビでみたはずなんだが。もしかしたら本当に寝不足だったりするかもしれんな。

 それからと言うもの、俺は授業に集中する事もできず、ひたすら違和感の問題を解決しようと考えていた。休み時間は美咲と話し、授業中は考え事。そんな事を繰り返しているうちに気が付けば放課後になっていた。

「守仁君! 帰ろっ!」

「あいよ」

「……えへへっ」

 笑いながら俺の手を握り、歩いていく美咲。いつもの俺なら恥ずかしくて堪らないのだが、今日の俺は良い意味でこそないが一味違う。

「あれ、守仁君恥ずかしくなさそうだね? 遂に慣れちゃった?」

「慣れる訳ないさ。それに朝はメチャクチャ恥かしかったんだぜ?」

 美咲は登下校の時、必ずと言って良いほど手を握ってきたり、腕を組んできたりする。俺はその度に衆目に晒されているのだ。いい加減勘弁して欲しいよね。本当に慣れないんだよな。幾つになってもさ。

「仲良いなぁあいつら」

「うらやましいよねー」

 だが別に悪い気はしない。多少の優越感やら、腕を組んだ時に当たる柔らかいものやら。これに嫌悪感を感じる男は居ないだろう。うん、居ないに決まってる。

「……ふ」

「ぜ、全部出てるよ? 顔も声も」

「で、でてないですヨ?」

「またまた~超ドヤってたからねー!」

「……むぅ」

 流石にこれは誤魔化せないか。思わず漏れたドヤ顔と声。一瞬だったが、凄まじい優越感に浸った。指摘されればとてつもなく恥かしいが、バレずに成功させれば異常とも言える達成感やら優越感やらに浸る事ができるだろう……が、普段近くにずっと美咲が居るので無理に等しい。というか無理か。とそんな事を考えている内に美咲はなにやら話を進めていた。俺は無意識に相槌でも打っていたのだろうか。まぁ、美咲はとりあえず話し進める時あるしな。どっちあだろ。

「でさ~、今日奈緒美(なおみ)ちゃんがさー? バケツにお尻填まっちゃってさ! それが面白くってね!?」

「どうやったらバケツに填まれるんだそれ……」

 バケツに尻が填まる状況になるのかがまずわからんが、この頃の女子高生はバケツに尻を填めるのが流行ってたのか? まったく知らなかった情報だ。忘れよう。

「だ、だって奈緒美ちゃん直前まで『私はバケツになんて填まらない! そういう女だっ!!』って意気込んでバケツの所座ってたんだよ!? あの時の奈緒美ちゃんの顔と来たら凄かったんだよ!」

「そ、それはヤバイな。立花(たちばな)も恥ずかしくて堪らなかっただろうな」

 それだけの事を言って填まるとは……ご愁傷様だな。あいつはいつもそうだし、仕方ないんだがな。

「顔真っ赤にして『……もうこれで生活する』って言い出した時は凄かったなぁ……お腹痛くなる位笑ったもん」

 話しながら、その光景を思い出したのか美咲が笑いを堪え始める。そんなにその時の立花が面白かったのか。是非俺も見てみたいものだ。うん、凄い気になる。

「そりゃ俺も――っ!」

 男とすれ違う。すれ違うまで俺は何も感じなかった。しかし、すれ違った瞬間……夢の光景が薄っすらと目の前に浮かび上がった。ノイズが頭に響く。壊れかけのテレビに映し出されたかのような映像。だがこれだけははっきりわかる――あの男だと。俺はすれ違った直後に後ろを振り返ったが、そこに男は居らず、道には俺と美咲の影だけがただポツンと浮かび上がっているだけだった。

「どうかしたの? 知り合いでも居た?」

「え、いや……俺の勘違いだったみたいだ」

「そう? 残念だったね? 知り合いじゃなくて」

「あ、あぁ……」

 ……俺はこの会話の後の記憶が曖昧で、意識がはっきりとした時は既に家の前に居た。

「あ、もう着いちゃったね」

 俺の家の前で立ち止まり、美咲は名残惜しそうに繋いでいた手を離した。美咲は時々別れ際に名残惜しそうな顔をする。家が遠く、普段は簡単に会えないかの様な、そんな表情を。だが現実は別だ。

「そんな顔したって家は隣じゃないか。会いたかったら直ぐ会えるさ」

 そう言って俺は美咲の頭を撫でる。これもいつもの事だ。こうするといつも美咲は幸せそうな表情で家に帰っていくのだ。

「んっ……そうだね! 直ぐに会えるもんね!」

「あぁ」

「そだね! じゃーまたね守仁君! ばいばーい!」

 大きく腕を降る美咲。まるで遠くの人間に話しかけているかの様に。しかし俺達の距離は人一人寝かした位の距離しかない。もしかしたら俺の後ろに誰か居たりしてな。やだなにそれそれ怖い。

「また明日な」

「うん!」

 そして俺は家の中へ入る。今日は時間の流れがいつもより早く感じたな……それもそうか。今日の俺は何かと考え事をしていて周りが見えてなかったからな。

「ただいま」

「ふふっ、おかえりなさーい」

 家に帰るとお袋が満足そうな顔で出迎えてくる。あぁ、この顔も毎回だな。絶対この顔で出迎えるんだよこの人。また見てたな。

「はぁ……いい加減覗きは卒業してくれよ」

「ふぁーい」

 やる気の無いお袋の反応に俺は溜め息をつき、自室へと向かう。諦めるのもあれだが、ここで噛み付くのはそれはそれで面倒だ。その上今俺はとても疲れている。どうも頭を使いすぎたみたいだからな。パフェ食べたい。

「ふぅ……」

 荷物を置き、着替えを済ましてベッドへ横になる。すると一気に瞼が重くなり、視界が徐々に狭くなっていき、俺の意識はプツンと途切れた。


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