一巡目 一日目
【十二月一日 木曜日】
蔵の上部に付いている小さな窓。そこから漏れる小さな光が埃っぽい蔵の中を照らしている。俺はそれを頼りに作業するしかない。幸い外は明るいので、何とかならない事はない。と、ここに来るまではそう確信していて、ライトなどを持ってくる事をしなかった。
「うっわ……」
蔵に入って俺は愕然とした。俺の家の蔵はこんなに物で溢れていたのか……。中々辛いなと。整理整頓という言葉が日本にはあってだな……。
「まったく親父達は何をこんなに溜め込んでたんだか……」
俺、奏真 守仁は親父に押し付けられて蔵の片付けに来ている。親父よ、あえて一言言おう……明日じゃ駄目なのか?
こうなったのは学校から帰ってきた時の事だ。
いつもの様に帰ってきた俺を出迎えたのは他でもない親父だった。
「……ただいま」
なんで玄関で胡座かいてんだこの人は。
「おう! おかえり」
そう言って奇怪な笑顔を浮かべる親父。実に気持ち悪い。それよりも嫌な予感がしてならない。あぁ、気持ち悪い。
「ちょっくらアレの片付けやっといてくんねえか?」
親父の言う『アレ』とはこの家に古くからあると言われている蔵の事。蔵と言っても大したものがあるわけでもなく、何の変哲もないただの物置だ。
「……普通に嫌だが」
この時の親父の顔を俺は一生忘れはしないだろう。今まで様々な表情を見てきたが、ここまで度が過ぎたものは初めてかもしれない。 大きく目を見開き、外れているのではないかと思うほど開いた口、何よりこの表情をする時にニメートルほど後ろに跳ねた事に驚いた。人類はここまで進化したと言うのか……。
「まぁまぁ……」
気が付いたら親父の背後にはお袋が立っていた。いや、元々お袋はそこに居たのかもしれない。まぁきっとお約束だよねこの展開。
「たまにはお父さんの言う事も聞いてあげなさい」
そう言うお袋の背後には、般若が見えた気がした。気がしてしまった俺は断る事が出来ずに半強制的に蔵の片付けに狩り出される事になった。
まったく人使いの荒い両親だよ。特にお袋。あの人の威圧感に俺は敵わない。それ以外は優しくて評判の良い自慢の母なんだがな。まったく残念だよあんたって人は。
「っ……なんかで切ったな。紙か?」
余計な事を考えたせいなのか知らないが、俺はダンボールの中にある紙で指を切ってしまったらしい。ここにまでお袋の魔の手が迫って来てたとでも言うのだろうか。怖っ。
「お、やっぱり紙か……ん、なんだこれ……」
その紙は、和紙の様にも見えるが、とても硬く、いかにも高そうな紙だった。そして、紙に描かれているのは赤で描かれた何かの陣の様なもの。……これ昔描いた魔法陣に似てる。うわっ、もしかして俺の? 凄い恥ずかしいんだけど。やだ、凄いやだ。
「ま、いいか……戻しとこ」
蔵の中は暗く、周りが良く見えない。既に太陽は落ち、月明かりを頼りに片付けを続けなければならなかった。つまり何も見えない。
それから三時間、俺はひたすら片付けに没頭した。とりあえず、あのままでは作業にならないのでライトは持ってきた。俺はこの時ほどライトと言う存在にありがたみを感じた事はないだろうよ。きっとな。
「ん……これって……?」
なにかあったかと言われれば、紙で指を切った時。俺は傷は浅いだろう程度に思っていたのだが、翌々見たらどうやら血が出ていたらしい。
――その日の深夜、俺は誰かに呼ばれた気がしたんだ。