??巡目 ??日目
「んぁ……?」
夢……か。昨日偶然昔の写真見つけたからか。あの時の夢とは、あんまり良い気分ではないな。
「あなたー? 起きた?」
リビングから美咲の声がする。俺は若干寝ぼけながらリビングへと向かう。すると守魂が先に朝食を食べていた。俺と美咲の子供。俺の過ちと共に手に入れた希望。
「あ、おとうさん。おはよ」
「あぁ、おはよう。守魂」
夢のせいか、単なる偶然かは知らないが、今日の俺は色々な事を思い出した。六年前、高三の時の出来事についてなど。全ての始まりである指の傷、この傷は今でも俺の指に残っている。ファネッサ曰くこの傷は一生残るらしい。まぁ痛い訳じゃないから大した事はないんだが。俺はこの傷が普段見えないように手袋をしている。この傷を見る度に嫌な事を思い出すし、こんな汚れきった手じゃ息子には触れないからな。
「ほーら、あなたも早くご飯食べちゃって! 今日は一日守魂の相手してもらうんですからね!」
そういって美咲が偉そうに反り返る。何故お前が偉そうなんだ。
「あぁ、わかってるよ。じゃあ守魂、お父さんがご飯食べ終わるまでテレビでも見て待っててくれ」
「うん!」
そういって守魂はテレビの前を陣取った。見るのはいつもこの時間からやるアニメだ。
「……ふぅ……」
台所から小さな溜め息が聞える。出来るだけ声を抑えて気づかれないようにして出した溜め息。最近美咲はそれが多くなってきた。体力が無くなって来たとも言える。美咲はそれをなんとか隠そうとしている。俺達の前では元気な姿を見せ続けてくれている。でも俺は美咲が影で辛そうにしているのを知っている。もしかしたら守魂もわかってるかもしれないな。
食事の後、俺達は公園へと出かけた。公園に行くと、近所に住んでいる守魂の友達が居た。
「あ、守魂くーん!」
「一緒に遊ぼー!」
少し離れた所で友達が手を振る。それを見て守魂が俺の顔を覗き込む。ったく、俺はそんな器の小さい男じゃないっての。
「ほれ、友達が呼んでるぞ? 行って来い」
「うん!」
守魂は元気良く友達の所へと走って行った。さてと、珈琲でも買ってくるかな。
「……とりあえずブラックだな」
「僕は微糖が好きです」
思わず俺の身体に力が入る。背後に感じる嫌な感覚。買った缶珈琲を取り出し、振り返る。そこには、いつ見ても暑苦しい格好をしたエルネリアが薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。
「相変わらず暑そうだな……今何月だと思ってやがる」
「今は八月ですね。まぁ、これが僕達のスタイルですから」
そう言ってエルネリアは自販機で微糖の缶珈琲を買った。道化師が自販機で珈琲買ってるってのはまた変てこな状況だな。
「で、なんの用だ? お前ら道化が俺なんかに用も無く会いに来る訳ないだろう? 道化の王様さんよ」
いつだってこいつ等はそうだ。俺の目の前で道化が笑えば何かがある。何か面倒な事に巻き込まれる。また俺の人生弄りにでも着やがったのか。
「……残念ながら今の王は僕ではなくファネッサ君なんですよ。ちょっとした勝負に負けまして」
あの時見た光の大きさじゃどうやってもファネッサじゃコイツには勝てなさそうだったんだがな。
「そうかい。じゃあお前はファネッサと入れ替わりで俺の担当って事になったと」
俺達は守魂が見える位置のベンチで話をしている。こいつの隣に居て俺まで変な奴に思われないだろうか。いや、この暑い中手袋してる俺も似たようなものか。
「えぇ、そうなります。そして僕は君に伝えなければならない」
エルネリアが真剣な表情をする。いつもニコニコとしているこいつがこんな表情をするのを見たのは初めてで、言い知れぬ不安感が俺の中で渦巻く。
「わかっているかもしれないが、美咲さんの命はもう長くない」
「…………」
薄々気がついてはいた。美咲が辛そうにしているのを俺は見てみぬ振りをしていた。俺では美咲を助ける事はもうできない。だから必死に隠そうとする美咲の願い通りに知らない振りをしてきたんだ。
「美咲さんは後一年持たずに亡くなるでしょう。貴方の目の前で……」
「そうか……」
俺は報いを受けるのか。汚した手の報いを。今度は、助けられないんだな。
「……また、会いに来ます」
そういって静かにエルネリアは姿を消した。俺は手に持っていた珈琲を一口も飲むことはなく、ゴミ箱へ放った。
「おとうさんだいじょうぶ?」
気がつくと目の前に守魂の顔があった。俺の事を心配して来たのかと思ったが、回りを良く見ると陽が沈みかけており、既に皆帰ったようだった。
「……あぁ、大丈夫だ。悪い悪い、帰って飯食うか」
「うん!」
その後、家に帰って夕飯を食べ、風呂に入った。その間にも美咲の溜め息が何回か聞えた。その度に俺は聞えない、知らない振りをする。
そして俺は再び長い長い夢を見た。見たくもない、忌まわしき過去の物語。




