一巡目 七日目
【十二月二十三日 金曜日】
「ん……?」
見慣れた天井だ。部屋は薄暗く、外では小鳥達が囀っていた。いや、ちょっとまて、もしかして俺達一日中寝てたのか?
「ま、まじか……うぐっ」
一日中寝ていたせいで身体は痛いし、頭痛も酷い。これは中々酷いな。
「お、おい美咲? 朝だ、ぞ……?」
そこには美咲の寝巻きだけが置いてあり、美咲の姿はそこに無かった。まぁ寝巻きがそこにあると言う事はまだ家には居るらしいな。なんか下着も一緒っぽいし。
「ったく朝から刺激的だな……色々と」
美咲が俺の家に泊まる時、美咲はパンツを持ってこない。別に露出狂とかそう言った類ではない。美咲は自分のではなく俺のトランクスを使うのだ。まぁ、これなら見えたところで物は俺のなのでなんの心配はないのだが、今は色々と状況が違ってくる。これは美咲がさっきまで穿いていたであろうトランクスだ。それはそれで中々……。
「……じゃなかった。美咲はいつこれを穿いたんだ? まったく気がつかなかったんだがな。それにわざわざ脱いでいく必要あるのか? まったく訳がわからない」
ぶつぶつと文句を言いながらも俺は美咲が脱ぎ捨てて行った服を畳む。その辺に転がしておくと美咲怒るんだもん。姑かお前は。
そしてそれから少しして、制服姿の美咲が部屋に戻ってきた。
「……というかお前寝巻きに着替えてなくね?」
今更ではあったが、俺達は一昨日制服のまま眠りに落ち、昨日も結局着替える間もなく二度目の眠りに落ちた。それでいつ着替える事ができただろうか。いやまぁ美咲が昨日一度起きていて、その時に着替えたって言われたら仕方ないのだが。
「私は昨日一回起きたからね。その時に着替えたんだ」
「あ、そうなの? ならその時に起こしてくれればよかったのに」
「起こそうとしたんだよ私! でも守仁君ぜんっぜん起きないの!」
なんでちょっと楽しそうに話すんだお前は。少しは心配をしなさい。それと意地でも起こしなさい。身体がとても痛いんですよ。はぁ……俺も軽くシャワー浴びてこないとな。
「うわっ、汗くさ……ちょっとシャワー浴びてくるわ」
流石に丸二日着っぱなしだもんな。そりゃ汗くさいわ。
「いってらっしゃーい」
そして俺はシャワーを浴びてから、そのままリビングへと向かった。何より腹減ったからだ。制服にも着替えてあるし、荷物も美咲に持ってくる様に言ってあるからな。完璧な策だろ。
「あ、やっと起きたのあんた」
リビングに行くと、お袋と美咲が先に朝食を食べていた。
「おう、体がメチャクチャ痛い」
「そりゃ丸一日寝てれば身体も痛くなるわよ! 馬鹿ねー」
「うっせ」
俺も食事につく。そしていつものようにテレビではニュースが流れていた。
『昨夜未明、今月二十一日に捕まった――氏が逃走した模様です。警視庁の話によると、昨日の台風の影響で、トラックが――氏の身柄を拘束していた留置場に衝突。そのトラックが開けた穴から――氏は逃走した模様です。当時、留置場内の職員は何が起こったが気がつかなかった様です。では、続いてのニュースです――』
――……これじゃ何か起こっても誰も気がつかないよね
このニュースを見た時、俺の頭の中でふと再生されたのは先日の朝の美咲の姿だ。現にニュースでの発表も今日が始めてらしいからな。昨日美咲が言ったとおりだ。何が起こっても気がつかない。職員も台風の音だと思い込み、特になにもしなかった。あの時は流したが、あの時の美咲の台詞……少し気になるな。
そしてもう一つ、こう言ったニュースを見た時、お袋は大体美咲の心配をする。そう思ってみていると、案の定お袋は美咲の心配を始めた。
「あら、美咲ちゃん気をつけてね? 脱走したなんて物騒だから」
この場合、お袋が美咲の心配をするのはなんらおかしい事ではない。しかし、そんな状況でさえ、お袋の台詞が、俺には違和感を感じてしまうのだ。ここ最近、朝以外にもお袋は美咲を心配した事がある。その時は一切として何も感じなかったのに。
「はい! 気をつけます!」
元気良く返事してるけどあんまり気にしないでしょ君。
「ほら、守仁は彼氏なんだから美咲ちゃんの事守ってあげなさいよ!」
「あ? あぁ……」
まぁ流れとしては当然だよね。
「あぁ、じゃあ俺は美咲を守らなければいけないので、明日は家の前集合で……」
「それはダメ」
即答だった。笑顔が怖いよ美咲サン。
「もう、あんたはホント乙女心がわかってないね!」
乙女と言うにはいささか歳を取りすぎなお袋までもが美咲の側に付き出した。どうやらどうやっても明日は待ち合わせをしなければいけないらしい。
俺が溜め息をつくと、それに被せ気味にお袋が「あ、そうそう」と話し始めた。
「明日私家空けるから、好きにしていいわよ」
「はぁ? なんかあんの」
「ちょっと同窓会で昔の友達と温泉に行くのよ~」
と、嬉しそうに話すお袋。まぁ明日お袋が居るか居ないかなどはどちらでも良いのだがな。あんまり家に居ないし。
「ま、楽しんできなよ。俺達は俺達で勝手にやるから」
と、まぁ悠長に世間話なんぞしていて気がつけば時刻は七時半になっていた。これ以上話していると遅刻しかねないので、俺達は学校へと向かう事にした。
「っつつ……」
今日はやけに頭痛が酷い。いくら寝すぎたと言っても、段々と弱くなって行っても良いはずだ。なのに今日に限って逆だった。段々と痛みが増していく頭痛。
「守仁君、大丈夫?」
美咲が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、あぁ。流石に一日は寝すぎたらしい……これからは気をつけないとな」
「つらかったら言ってね? 保健室に一緒に言って上げられる位は出来るからね」
「あぁ……」
それからと言うもの、痛みが引く事は無く、少しずつ痛みが増していった。そんな状態で授業が頭に入る訳もなく、痛みに耐えながら一日を過ごした。学校で何があったか、授業でなにをやったか、そんなものはまったく覚えていない。完全に痛みに意識が行っていたからだ。だから俺は、気がついた時には部屋に居た。
――大丈夫ですか?




