『 殺虫剤 』
* アルト視点
師匠が青い顔をしながら、お腹の辺りを押さえている。
歩き方も、トボトボという感じでとても辛そうだった。
「師匠、大丈夫?」
「……もう暫くは、食べ物を見たくないかな……」
「王妃様とソフィアさん怖かったね」
「……そうだね……」
師匠がお風呂を上がって、みんなでご飯を食べる事になった。
その時に、師匠が軽くスープだけでいいですというと
王妃様とソフィアさんが、師匠のお皿に次々と料理を盛っていったのだ。
師匠のお皿に、料理を盛る2人の気迫……?
みたいなものに、俺も師匠もそして周りの人も誰も何も言えなかった。
「4日ぶりの食事だったから……軽くすませたかったんだけどね
とりあえず、僕は薬を飲んで少し横になるよ……アルトはどうするの?」
「俺は、何しようかな?」
勉強しようか、訓練場に行こうか迷っていると
中庭のあたりから、話し声が聞こえてきた。
師匠にも聞こえてるみたいだ。
「なぁ、あのソフィアって言う侍女可愛いよな」
「確かに」
「ちょっと、声かけてみようぜ」
「大人しそうだしな……」
「あいつらにも、声をかけてみるか?」
「また、あのゲームをするのかよ」
「それでもいいな。
ちょっと、ルールを変えようぜ。
手を握れたら、5点。口付けで、10点。やったら30点」
「王妃様つきの侍女だぞ、それはまずいんじゃないのか?」
「脅せば大丈夫だって」
「わかったよ、あいつらにはお前が話しとけよ」
「ああ」
そう言って、2人はどこかに行ってしまった。
話しの意味は、余りよく分からなかったけど
ソフィアさんが、危険かも知れないということはなんとなくわかった。
「師匠……」
師匠のほうを見ると、難しい顔をしながら何かを考えている。
そして、笑いながら俺に
「アルト……虫取りってしたことある?」
「虫取り?」
「そう。この場合は害虫駆除ともいうんだけどね?」
「ない」
「じゃぁ、やってみる? 面白いかもしれないよ?」
「うん、やる!
あ……でも、ソフィアさんどうしよう?」
「大丈夫、アルトが上手に出来たら
ソフィアさんを、守る事が出来るからね」
俺が、わからないという風に首を傾げると
「まぁ……人間の頭の中に入り込んで
悪い事を考える "虫 "を退治するって考えればいいよ」
「そんなのがいるの?」
「いるの。その虫は、可愛い女の人が大好きなんだよ。
それで、女の人に噛み付こうとするんだよ。
普通は、恋人や旦那さんが守るんだけど……ジョルジュさんは忙しそうだから
変わりにアルトが、虫を退治してあげるといい」
「わかった!」
師匠から、虫を退治する為の道具を渡される。
虫を殺す為の薬がはいった、どんぐりみたいなものと
スリングショットと呼ばれるもの。そして、黒い手袋。
「その手袋をして、この薬の入った弾を触るんだよ。
他の人には、絶対触らせないようにね?」
「はい」
「そして、この薬の入ったものをこの布を張ったところにおいて
引っ張る。するとこの紐が伸びるから……伸び切ったところで
指を離す!」
師匠が、説明しながらスリングショットというものの使い方を教えてくれた。
「この弾が頭に当たると、中の薬が頭にかかって
虫が退治できるからね」
「でも、誰に薬をつければいいの?」
「ソフィアさんの後をつけて
僕が悪い虫が頭に入った、人の頭の上に目印をつけておくからね」
「はい」
「アルト、この虫はとても臆病だから
周りに人がいると出てこないんだ。だから、気配を消して
誰にも見つからないようにしないといけない」
「ソフィアさんにも、見つかっちゃだめ?」
「うん、駄目。出来るかな?」
「出来る!」
俺が、自信満々に答えると
師匠は軽く笑って、頭を撫でてくれた。
「師匠、この薬をつけるとどうなるの?」
俺は少し気になったことを聞く。
「不能になる」
「不能?」
「うーん……半年間ぐらい、女の人に噛みつけなくなるんだよ。
薬が当たったら、その場で気を失うから、そのままにしておくといいよ」
「へー」
「強力な薬だから、悪戯に使わないようにね」
「はい」
「それじゃ、行ってらっしゃいアルト」
「行ってきます!」
俺は、師匠にそう言ってから
ソフィアさんの気配を探した。
すぐに、ソフィアさんを見つける事が出来た。
本を両手に抱えているから、本を返しに行くところかもしれない。
そこにそっと、誰かが近づいてくる気配がする。
気配を感じたほうへ視線を向けると、頭の上に鳥が乗っていた。
師匠の目印だ。
俺は、慎重に薬をスリングショットに置いて
紐をキリキリと引っ張り……その人物の頭にめがけて放った。
その薬が、当たった瞬間
男の人が倒れて動かなくなる。
ソフィアさんは、物音がしたほうを少し見て
何も無いとわかると、そのまま歩いて行った。
ソフィアさんが移動するたびに、師匠の目印をつけた人が現れる。
4人ぐらい退治したところで、俺は……ジョルジュさんとフレッドさんに
見つかってしまった。
ちゃんと気配を消していたはずなのに……。
少し悔しい。
ソフィアさんに、気がつかれちゃ駄目だと言われていたので
2人に隠れるように言う。
「ジョルジュさん、フレッドさん
隠れて! 隠れて! 気配消して!」
2人は俺をじっと見てから、気配を消して一緒に隠れてくれた。
「アルト君は何をしているの?」
「ソフィアの後をつけて遊んでいるのか?」
フレッドさんとジョルジュさんが
少し抑えた声で話しかけてくる。
「えっと、虫退治?」
「虫?」
「うん、ソフィアさんに噛み付こうとしている虫が
いるから、師匠が退治しておいでって」
俺が、師匠と聞いた会話と師匠の話をかいつまんで話すと
ジョルジュさんと、フレッドさんが少し怖い顔をして
ソフィアさんを見ていた。
「そうなんだ……。
それでどうやって、アルト君はその虫を退治してるの?」
「この薬を、この道具で頭にぶつけるの」
そこで、また別の気配がソフィアさんに近づいてくる。
ジョルジュさんが、飛び出そうとするのをフレッドさんが抑え
フレッドさんが、僕に目をやった。
俺は頷いて、今までと同じようにその薬を放った。
男が倒れる音がして、動かなくなる。
「確かにすごい薬だね……。
当たっただけで気絶させるのか」
フレッドさんが、僕の持っている薬を触ろうとする。
俺は慌てて、フレッドさんを止めた。
「触っちゃ駄目!」
「どうして?」
「危険な薬なんだって」
「危険なの?
薬に触れたら、気絶するんでしょ?」
「うん、薬が当たると気絶して
その後、半年間 "不能" になるんだって」
俺の薬の説明に、フレッドさんとジョルジュさんが固まった。
「……不能……?」
「……半年間……?」
「師匠が、そう言ってた」
フレッドさんと、ジョルジュさんが薬を凝視する。
「アルト君は、不能の意味を知っているの?」
「女の人に、噛みつけなくすることでしょ?」
「……そうだね」
「……」
フレッドさんの顔が引きつっていた。
ジョルジュさんは、無言だ。
「相変わらず……セツナ君のやる事は
えげつないよ……容赦がないよね……」
フレッドさんが、ジョルジュさんに向かって話している。
「ソフィアに手を出すのが悪い……が……」
2人はそこで、静かにため息をついていた。
その後は、誰にも見つからずに虫を退治することが出来た。
ソフィアさんが、王妃様の所に戻ったので虫退治も終了した。
ジョルジュさんとフレッドさんは、俺を部屋まで送ってくれている。
ジョルジュさんと、フレッドさんは最後まで俺と一緒に来て
俺が、薬を頭にぶつけるたびに、複雑そうな顔をしていた。
廊下を3人で歩いていると、フレッドさんがしみじみと呟いた。
「セツナ君が、敵でなくて本当によかったと思うよ……」
「……そうだな……」
ジョルジュさんの、視線はどこか遠くを見ていた。
不思議そうに、2人を見る俺にジョルジュさんもフレッドさんも
交代で頭を撫でてから、有難うと言ってくれた。
「アルト君、妹を守ってくれて有難う」
「アルト、ソフィアを守ってくれて感謝する」
2人の、騎士の礼と一緒に言われた言葉に
俺は、少し驚いてそして……すごく幸せな気持ちになった。
俺も、誰かの役に立てたという事がとても嬉しかった。
その事を、師匠に話すと師匠も俺に、お疲れ様といって褒めてくれたのだった。
後日、師匠から貰ったスリングショットで遊んでいると
サイラスさんが、何時もとは違う真面目な顔で俺に
「アルト、虫退治の薬……絶対俺にぶつけるなよ」と言った。
薬はもう、師匠に返していたし
サイラスさんに、ぶつける筈が無いのにと思いながら
俺が首をかしげていると、そばに居た師匠が口元を抑えて笑っていた。
読んでいただき有難うございます。




