『 疑問は師匠に 』
* アルト視点
師匠が、王妃様とソフィアさんに連れられていってしまった。
王妃様とソフィアさんに、城を勝手に抜け出した事を謝ろうと
思っていたのに……。
誰も、王妃様とソフィアさんを止めることが出来なかった。
俺もそのうちの一人だけど……師匠大丈夫かな……。
師匠の事を心配していると
後ろでサイラスさんが、ジョルジュさんに話しかけている。
「おい、ジョルジュ……。
ソフィアの王子様はセツナだといってるぞ」
「……」
「お前、結婚を目前にして破局か?」
「……黙れ」
ジョルジュさんが、うっすらと殺意をサイラスさんに向ける。
フレッドさんが、ジョルジュさんを軽く叩いた。
「サイラス、ソフィアの言う王子様は
一般的にいう、恋愛対象ではないんだよ」
「女が言う王子様って、結婚したい男って事だろう?」
「まぁ、普通はそうなんだけど……。
ソフィアの場合、結婚相手はジョルジュと決めていたから
ソフィアの王子様は、鑑賞して楽しむ人?」
「なんだそれは……」
「特にセツナ君は、あの物語の王子様に似ているしね」
「あの物語?」
フレッドさんの、あのという言葉にサイラスさんだけではなく
ユージンさんも、キースさんもジョルジュさんもフレッドさんを見ている。
「数年前に、発売された……闇に抱かれた王子っていう話」
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が口を噤んだ。俺はその話を知らない。
「まてよ、あの本は発禁になっていただろう」
「発禁になる前に、読んだんだよソフィアは
知ってるって事は、サイラスも読んだことがあるってことだね?」
「ああ……興味本位で、処分される前のものを読んだ。
ユージンやキースも読んでるぜ?」
「それはどうかと思うけど……。
その王子様の姿絵が、セツナ君に似ていなかった?」
「確かに似ていると言えば、似ているな」
キースさんが、フレッドさんの言葉を肯定した。
師匠に似ている、王子様の物語ってどんな話なんだろうかと
とても興味がわいた。
ジョルジュさんは、終始無言でユージンさんは楽しそうに目を細めている。
「だけど、あの王子ってきち……」
「あの王子は、どえ……」
ユージンさんとサイラスさんが、同時に何かを言いかけるが
途中から話が聞こえなくなる。誰かが俺の耳をふさいでいた。
顔を上に向けると、ジョルジュさんと目があう。
真面目な顔で、俺の耳をふさいでいるジョルジュさん。
耳をふさがれながら、首をかしげるとジョルジュさんが少し困った顔をした。
サイラスさん達の話が、加熱しているところに
ジョルジュさんが、何かを話すと全員が俺のほう見て
ジョルジュさん同様、困った顔をしていた。
やっと、ジョルジュさんが耳から手を離してくれる。
少しふにゃけた耳を動かして、耳を立てる。
「とりあえず……教育に悪い事は言うな」
「確かに、アルト君にはまだ早いかな?」
ジョルジュさんの言葉に、ユージンさんが頷きながら答えた。
「とりあえず、その王子の性格がどうであれ
一途に愛を貫いたってところが、女性に人気があったみたい」
俺の耳の動きを、フレッドさんが追いながらそう締めくくり
「女性の感性は、たまに理解できないな……」
キースさんが、ため息をつきながらそう呟いた。
結局俺には、その物語がどういう話なのか全然分からなかった。
俺達が、部屋に向かって歩いていると
師匠が、王妃様とソフィアさんと一緒に歩いてくる。
「師匠」
俺は、師匠を呼んで師匠のそばまで行って
気になっていたことを聞いた。
「師匠、闇に抱かれた王子って師匠に似てるんだって
どんなお話、なんですか?」
俺のこの言葉に、その場の空気が凍った気がした。
特に、師匠からとても冷たい何かが流れている気がする……。
俺の後ろからは、息を呑む音が聞こえた。
俺は、師匠の後ろのソフィアさんに目を向けると
ソフィアさんは、どこか一点をじっと見ている。
「アルト? そのお話は誰から聞いたのかな?」
師匠が何時も通り、優しく俺に声をかけ俺は正直に後ろを振り向いた。
みんなの顔色が少し悪い……。首をかしげて見ているとソフィアさんが
「お兄様、少しお話がありますの……」
「僕は、今仕事中だから……無理……かな?」
フレッドさんの額に、汗が浮いている……。
「……キース様、少々兄をお借りしたいのですが?」
ソフィアさんは、笑顔なのに……なぜか口を挟んではいけない
雰囲気を纏っている。
「……あー……フレッド、こちらは気にしなくて言い」
キースさんが、フレッドさんにそういうとソフィアさんは
フレッドさんの腕を取って、あっという間にどこかに消えてしまった。
師匠が軽くため息をつき、俺を見て俺の後ろを見る。
「アルト、そのお話はね、この国では発売禁止になった本なんだ。
だから、読むことが出来ないんだよ。だから、忘れようね?
それに、僕とは全然似てないからね?」
とてもキラキラした、笑顔で俺に告げる師匠の目は俺ではなく
後ろの人達に向けていた。師匠に笑顔を向けられているというのに
サイラスさん達は、蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
王妃様は、俺を見て首を傾げ
俺も、王妃様を見て首を傾げる。
俺と王妃様の疑問をよそに
その、冷たい空気は暫くの間続いたのだった。
読んでいただき有難うございます。