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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第四章 : カンガルーポー
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『 花見 』

【セツナ】


オウカさん達にお願いされていたこともあり、

ハルに刻まれている魔法を教えにいった。


僕が教えられることだけでもかなりの量があったのだが、

伝えるべきことは全部伝えられたはずだ。


あとは、わからないことがあれば、

その都度聞いて欲しいといっておいた。



魔法を訓練する場所から、黒の間に移動し、

オウカさんとオウルさんそしてヤトさんが、

色々と話し合っているのを見ていた。


さっきまでは、リオウさんとエリアスさん、

マリアさんもいたのだけど、用事があるらしく、

黒の間にくることはなかった。


真剣な顔で話し合っている3人から視線を外し、

ふと、視界の中に入ってきた桜に視線を向けた。

散ることのない桜は、今日も美しく咲き誇っている。


「……。セツナ君」


オウルさんに呼びかけられたことで、

僕は桜から視線を外して彼を見た。


「はい。何かわからないことがありましたか?」


「そうなんだけど、

 それよりも、大丈夫かい?」


彼の大丈夫の意味がわからなくて、

首をかしげると、オウルさんだけではなく、

オウカさんもヤトさんも、

心配そうに僕を見ていた。


「何回か呼んだんだけど、

 心ここにあらずという感じだったから」


なるほどと思いながらも、

話せることでもなかったので「大丈夫」だというと、

オウルさんは苦笑して、オウカさんはため息をつき、

ヤトさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた……。


何かいいたそうな視線を、

曖昧に笑うことで躱し、僕は彼らの質問に答えるのだった。



話が一段落して、次の話にいく前に、

一息入れることになった。

お茶を飲みながら他愛ない話をしていたのだが、

話が途切れ、部屋の中に静寂が訪れた。


無理に話を続けることなく、

各々がのんびりしていたのだが、

何かを思い出したのか、

オウカさんの「ふっ」と笑った声が耳に届いた。

その声に皆の視線が彼に向かう。


僕達の視線に、

オウカさんが軽く咳払いをしてから口を開いた。


「そういえば、そろそろ花見の季節なのだなと、

 ふと、思ってしまってね」


オウカさんはそういって、

少し寂しそうに笑い、そのあと小さな声で、

「花見のことを思い出したのは、

 本当に久しぶりのことだ」といった。


彼の言葉に、オウルさんも彼と同じ想い出があるのか、

懐かしそうに目を細めて笑っている。

ヤトさんはなぜか眉間にしわを寄せている……。


「花見ですか?」


元の世界での花見は知っているけれど、

この世界の花見が、どういうものかは知らないので、

二人に尋ねると、彼らは顔を見合わせて苦笑した。


「毎年ではなかったが、

 ジャックは、シルキスになると『花見』だといって、

 黒の間を占領して酒を飲んでいたのを思い出したのだよ」


「ああ、その日は仕事にならなかったな……」


オウルさんが笑って頷く。


「どこから仕入れてきたのかわからない、

 大量の酒と食べたことのない料理を、

 重箱というものに詰めてくるのだ」


「子供の頃は純粋に楽しみにしていたね。

 だが、大人になってからは、

 せめて計画を立てて欲しいと、

 思わずにはいられなかったけれど……」


「忙しいときでも、お構いなしだったからな……。

 リオウとサクラは、無邪気に喜んでいたが」


「大人になって、僕達の両親が、

 なんともいえない顔で、笑っていた理由が理解できたよ。

 子供が喜んでいるのは嬉しいけど、

 仕事が増えるのは悲しいという気持ちが……」


2人の想い出語りに、

ヤトさんの眉間の皺が深くなっているような気がするけど、

気のせいだろうか……。


「花見というのなら、黒の間ではなく、

 外に咲く花を愛でながら、飲めばいいものをと、

 思っていた」


「そうだね。私達や娘達が外で飲もうと誘っても、

 『あとでな』といって、機嫌よく飲んでいたね。

 彼がこの部屋の絵を気に入っていたのは、

 私達家族全員が知っていたけれど……」


オウルさんがそこで軽く息をついた。


「……私の娘に同じ名前をつけるほど、

 この花を、サクラを大切にしているとは夢にも思わなかった」


「……」


かなでは何を思いながら……、

ここで花見をしていたのだろう。


「セツナ君と出会えたから、

 ジャックの想いの深さを、私達は改めて知ることができた」


「そうだな。

 セツナとジャックに感謝を」


「……」


そういって、オウカさんとオウルさんが

穏やかに笑ったあと、

返事ができない僕から、

二人はそっと視線を外してくれた。


そして、その視線を天井に向けて、

しばらく桜を愛でていたのだった……。



オウカさんとオウルさんが退室し、

黒の間には僕とヤトさんが残っていた。


僕もそろそろお暇しようと思っていたのだけど、

一つ気になったことがあって、ヤトさんに聞いてみる。

彼はハルでかなでにあったことはないと話していたから、

オウカさん達と同じ想い出を持っていないはずだ。


なのに「花見」と聞いて眉間にしわを寄せていたのが気になった。


「ヤトさんもカイルと一緒に、

 花見をしたことがあるんですか?」


「花見には、碌な想い出がない」


「……」


本当に嫌そうに、忌々しそうにヤトさんがそう告げる。


「……聞きたいか?」


「遠慮しておきます」


彼の言動から、

聞かない方がいいと判断し、

間髪をいれずに答えた。


すると、ヤトさんは深く頷き真顔で、

「しらふで話せることでもないしな」といって、

それ以上、話を広げることをしなかった……。




黒の間……『 セツナと黒 』にでてくる部屋。

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