『 花見 』
【セツナ】
オウカさん達にお願いされていたこともあり、
ハルに刻まれている魔法を教えにいった。
僕が教えられることだけでもかなりの量があったのだが、
伝えるべきことは全部伝えられたはずだ。
あとは、わからないことがあれば、
その都度聞いて欲しいといっておいた。
魔法を訓練する場所から、黒の間に移動し、
オウカさんとオウルさんそしてヤトさんが、
色々と話し合っているのを見ていた。
さっきまでは、リオウさんとエリアスさん、
マリアさんもいたのだけど、用事があるらしく、
黒の間にくることはなかった。
真剣な顔で話し合っている3人から視線を外し、
ふと、視界の中に入ってきた桜に視線を向けた。
散ることのない桜は、今日も美しく咲き誇っている。
「……。セツナ君」
オウルさんに呼びかけられたことで、
僕は桜から視線を外して彼を見た。
「はい。何かわからないことがありましたか?」
「そうなんだけど、
それよりも、大丈夫かい?」
彼の大丈夫の意味がわからなくて、
首をかしげると、オウルさんだけではなく、
オウカさんもヤトさんも、
心配そうに僕を見ていた。
「何回か呼んだんだけど、
心ここにあらずという感じだったから」
なるほどと思いながらも、
話せることでもなかったので「大丈夫」だというと、
オウルさんは苦笑して、オウカさんはため息をつき、
ヤトさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた……。
何かいいたそうな視線を、
曖昧に笑うことで躱し、僕は彼らの質問に答えるのだった。
話が一段落して、次の話にいく前に、
一息入れることになった。
お茶を飲みながら他愛ない話をしていたのだが、
話が途切れ、部屋の中に静寂が訪れた。
無理に話を続けることなく、
各々がのんびりしていたのだが、
何かを思い出したのか、
オウカさんの「ふっ」と笑った声が耳に届いた。
その声に皆の視線が彼に向かう。
僕達の視線に、
オウカさんが軽く咳払いをしてから口を開いた。
「そういえば、そろそろ花見の季節なのだなと、
ふと、思ってしまってね」
オウカさんはそういって、
少し寂しそうに笑い、そのあと小さな声で、
「花見のことを思い出したのは、
本当に久しぶりのことだ」といった。
彼の言葉に、オウルさんも彼と同じ想い出があるのか、
懐かしそうに目を細めて笑っている。
ヤトさんはなぜか眉間にしわを寄せている……。
「花見ですか?」
元の世界での花見は知っているけれど、
この世界の花見が、どういうものかは知らないので、
二人に尋ねると、彼らは顔を見合わせて苦笑した。
「毎年ではなかったが、
ジャックは、シルキスになると『花見』だといって、
黒の間を占領して酒を飲んでいたのを思い出したのだよ」
「ああ、その日は仕事にならなかったな……」
オウルさんが笑って頷く。
「どこから仕入れてきたのかわからない、
大量の酒と食べたことのない料理を、
重箱というものに詰めてくるのだ」
「子供の頃は純粋に楽しみにしていたね。
だが、大人になってからは、
せめて計画を立てて欲しいと、
思わずにはいられなかったけれど……」
「忙しいときでも、お構いなしだったからな……。
リオウとサクラは、無邪気に喜んでいたが」
「大人になって、僕達の両親が、
なんともいえない顔で、笑っていた理由が理解できたよ。
子供が喜んでいるのは嬉しいけど、
仕事が増えるのは悲しいという気持ちが……」
2人の想い出語りに、
ヤトさんの眉間の皺が深くなっているような気がするけど、
気のせいだろうか……。
「花見というのなら、黒の間ではなく、
外に咲く花を愛でながら、飲めばいいものをと、
思っていた」
「そうだね。私達や娘達が外で飲もうと誘っても、
『あとでな』といって、機嫌よく飲んでいたね。
彼がこの部屋の絵を気に入っていたのは、
私達家族全員が知っていたけれど……」
オウルさんがそこで軽く息をついた。
「……私の娘に同じ名前をつけるほど、
この花を、サクラを大切にしているとは夢にも思わなかった」
「……」
かなでは何を思いながら……、
ここで花見をしていたのだろう。
「セツナ君と出会えたから、
ジャックの想いの深さを、私達は改めて知ることができた」
「そうだな。
セツナとジャックに感謝を」
「……」
そういって、オウカさんとオウルさんが
穏やかに笑ったあと、
返事ができない僕から、
二人はそっと視線を外してくれた。
そして、その視線を天井に向けて、
しばらく桜を愛でていたのだった……。
オウカさんとオウルさんが退室し、
黒の間には僕とヤトさんが残っていた。
僕もそろそろお暇しようと思っていたのだけど、
一つ気になったことがあって、ヤトさんに聞いてみる。
彼はハルでかなでにあったことはないと話していたから、
オウカさん達と同じ想い出を持っていないはずだ。
なのに「花見」と聞いて眉間にしわを寄せていたのが気になった。
「ヤトさんもカイルと一緒に、
花見をしたことがあるんですか?」
「花見には、碌な想い出がない」
「……」
本当に嫌そうに、忌々しそうにヤトさんがそう告げる。
「……聞きたいか?」
「遠慮しておきます」
彼の言動から、
聞かない方がいいと判断し、
間髪をいれずに答えた。
すると、ヤトさんは深く頷き真顔で、
「しらふで話せることでもないしな」といって、
それ以上、話を広げることをしなかった……。
黒の間……『 セツナと黒 』にでてくる部屋。
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