『 デスの機嫌が悪いのは…… 』
【ナキル】
今日あったことを嬉々として話すミッシェルに、
両親が笑って相槌を打っている。
弟は妹の隣りにいるデスをつつきながら、
同じように笑って話を聞いていた。
ただ、いつもならデスもミッシェルと同じように身振り手振りで、
意思を伝えようとしてくるのに、なぜか、今日は大人しい。
いや、大人しいというより、
ミッシェルの話が面白くないというように、時々そっぽを向いていた。
妹は話すことに夢中で、そんなデスの態度に気付いていないが、
妹以外は、デスの様子がおかしいことに気が付いている。
体調でも悪いのかと思い、ミッシェルの話を聞きながら、
観察するようにデスを見ていたが、どうやらそうではないようだ。
少し機嫌が悪い。そんな感じに思えた。
そう判断した理由は、ミッシェルが話しかけると、
嬉しそうに答えているからなのだが……。
デスが何に対して機嫌が悪くなっているのかまでは、わからなかった。
「デスと一緒に、薄パンに野菜とチーズがまかれているものを、
食べたんだよ。ね? デス」
「ギャギャ!」
ミッシェルの呼びかけに機嫌良く答えて、デスが頭を揺らす。
「アルトの分も頼まれたから、
お肉とチーズ多めにしてもらったら喜んでた」
「ギャ!」
「それでね、アルト達は唐揚げを買ったんだけど、
セセラギがすごく美味しそうに、唐揚げを食べていたよ。
でも、セセラギの食べ方がね……」
「……」
セセラギというのは、セツナさんの新しい使い魔のようだ。
生き物が好きなミッシェルは、その使い魔をとても気に入ったようで、
目を輝かせながら話してくれている。
そんな妹の熱意とは逆にデスは黙ったまま、顔をミッシェルから背けていた。
しかし、しばらくして、妹が話題を変えると、
デスはまた妹のほうを見て、律儀に相槌を打っていくのだ。
デスの機嫌の悪さが、妹の会話にあることに私達は気が付いた。
「それからね、物々交換の露店にいったの」
そういって、とても素敵なものを見つけたこと、
店主が触ってもいいといってくれたから触ろうとして、
ロイール君に止められたこと、その値段に驚いたこと、
その商品を諦めかけたところで、
セツナさんがきたことなどを。妹が勢いよく話していった。
「セツナさんがきて、すごく驚いたんだ!」
「ギャギャ!」
ミッシェルの話にデスが頷き、
声をだして葉っぱを振りながら同意している。
デスもかなり驚いたようだ。
「セセラギが、魚が食べたいからって、
セツナさんを呼んだんだよ。すごいよね」
「……それはすごいな」
父が心底驚いたように返答する。
魚が食べたいという理由だけで、
セツナさんを呼ぶことができる使い魔が、すごいと私も思った。
ふと、デスを見るとまた大人しくなっている。
薄々、デスの機嫌がよくない理由がわかってきた気がする……。
「家族のために、鱗を諦めようとしていた、
店主さんの姿が切なかったんだ」
店主が家族のために、
自分が欲しい物を諦めようとしていたというところで、
ミッシェルは悲しそうな顔をして、
その顔を見てデスもしょんぼりと項垂れていた。
そして、ことの顛末を、少し話の勢いを落として妹が語った。
フェルドワイスの蜂蜜を対価にか。
それも精霊様に捧げるために作られた飴を、
子供達が差し出してきたことに、
店主は我が目を疑ったに違いない。
それでも、アルト君の機転で、店主は自分が欲しい物を諦めずにすんだ。
いや、違うのか。セツナさんが子供達のために、
フェルドワイスの飴が対価になることを、
遠回しに教えてくれたのかもしれないな。
「みんなで、飴を出し合ってペンダントと交換してもらったんだ。
ちゃんと、アルトがセツナさんの許可をもらったんだよ。
私はデスと一緒に選んだんだ、お揃いだよね、デス!」
「ギャギャギャ!」
ミッシェルとデスが自慢げにそのペンダントを見せてくれた。
私達が「とても素敵なものだね」と褒めると、
二人は顔を見合わせなが頷いて、幸せそうに笑ったのだった。
アルト君達と一緒に、とてもよい経験をしたようだ。
両親もそう思ったのか「守護者様に感謝を」と、
小さな声で呟いているのが私の耳に届いた。
「今日一日ずっと楽しかったんだけど、
なぜか、セセラギが私のところにきてくれない……」
「……」
お茶を手に持ちながら、憂い顔でミッシェルがそんなことを話し、
デスは妹の横で、音を立てることなく歯を見せて威嚇していた。
デスのその豹変ぶりに、もう少しでお茶を吹き出すところだった。
危ない……。
「アルトに何か嫌われることをしたのかなって聞いても、
嫌ってないから大丈夫っていってくれたんだけど、本当かな?」
「……」
ミッシェルがセセラギの名前を口にするたびに、
デスが歯をカチカチとさせるまねをして、怖い顔を作っている。
これでは、セセラギも近づこうとしないだろうな……。
基本、デスはミッシェルの頭の上にいるのだから。
セセラギも怖かったに違いない。
「デスはどう思う?」
そんなデスに全く気付かず、妹が顔を向けて話を振るが、
デスは一瞬で顔を元に戻し、
ミッシェルの話を真剣に聞いている振りをしていた。
その態度から、デスが機嫌が悪い理由を完全に理解した。
それは、私だけではなく両親も弟も気が付いたようだ。
弟は肩を振るわせて笑いを堪えているし、
父は苦笑している。
母は、少し手を伸ばしてデスを慰めるようになでていた。
デスの機嫌が悪い理由は、
ミッシェルの関心をひいている、セセラギが気に入らないのだろう。
ようは、セツナさんの使い魔に嫉妬しているのだとわかった。
妹は、いまだにセセラギがどれほど可愛いのかを機嫌良く語っている……。
デスは、隣でその話を聞いて歯噛みしている……。
二人の態度があまりにも両極端で、
笑いを堪えるのが正直、苦しくなってきた。
ミッシェルがセセラギのことを話し終えると同時に、
デスも怖い顔をやめた。
妹がいつ顔を向けても大丈夫なように、しているのかもしれない……。
それでも、体をゆっくりと揺らしているのは不満を現してのことだろう。
デスの嫉妬のことを伝えるべきだろうか。
妹の生き物好きは、今に始まったことではない。
こればかりはどうしようもないので、どうするべきかと悩んでいると、
ミッシェルがデスを見て、にっこりと笑って話を締めくくる。
「セセラギも可愛いけれど、でも、デスが1番可愛いよね!」と。
「ギャ!」
妹のこの言葉で、デスの機嫌がよくなった。
体を揺らさなくなり、ミッシェルのほっぺにピッタリと張り付き、
喜びを表現している。
この調子なら大丈夫だろう。
デスが嫉妬しても、ミッシェルがそれ以上にデスを大切にするから、
こじれることはないだろうと判断した。
まぁ、デスに威嚇される生き物は大変かもしれないが……。
父もそう思ったようで、呆れたように笑いながら軽く息をついた。
弟は、笑いを堪えすぎて苦しいのか机に突っ伏している。
それを見て、ミッシェルとデスが心配そうに声をかけているが、
頼むからやめてやれ。その行動は、弟の笑いのツボを刺激するだけだ。
父と母もそう思ったのだろう、妹とデスの関心を弟から引き剥がすように、
色々と話しかけていた。
両親とミッシェルの会話を聞きながら、私はデスのことを考えていた。
魔法生物は私が思う以上に、愛情深く、
感情が豊かな生き物なのかもしれないと、
今日のデスを見てそう思った。
姿形は違うけれども、感情の在り方は私達とそう変わらない。
共に生活を始めて、さほど日数は経っていないが、
この不思議な生き物に、妹だけではなく私達家族も、
興味をひかれてやまない。
私達家族の笑顔が増えたのは、
まぎれもなく、デスが私達のところにきてくれたからだ。
そのことに感謝しつつ、二人がいつか旅立ってしまうという現実が、
ふと、頭をよぎる。
だが、私は、そのことに気付かない振りをし、
心の底にそっと沈めた。今はまだ、このままで。
楽しそうに語り合う家族を見て、この幸せを手放したくないと、
私は、そう願ってしまったから。今しばらくはこのままで……。
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『次にくるライトノベル大賞2022』にノミネートされました。
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※ 次にくるライトノベル大賞2022
※ 投票期間:11月16日〜12月15日(17時59分)まで。
https://tsugirano.jp/
最後になりましたが、
昨年と今年、2年連続のノミネートとなりました。
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