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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第四章 : カンガルーポー
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『 デスの機嫌が悪いのは…… 』

【ナキル】


今日あったことを嬉々として話すミッシェルに、

両親が笑って相槌を打っている。

弟は妹の隣りにいるデスをつつきながら、

同じように笑って話を聞いていた。


ただ、いつもならデスもミッシェルと同じように身振り手振りで、

意思を伝えようとしてくるのに、なぜか、今日は大人しい。

いや、大人しいというより、

ミッシェルの話が面白くないというように、時々そっぽを向いていた。


妹は話すことに夢中で、そんなデスの態度に気付いていないが、

妹以外は、デスの様子がおかしいことに気が付いている。


体調でも悪いのかと思い、ミッシェルの話を聞きながら、

観察するようにデスを見ていたが、どうやらそうではないようだ。

少し機嫌が悪い。そんな感じに思えた。


そう判断した理由は、ミッシェルが話しかけると、

嬉しそうに答えているからなのだが……。

デスが何に対して機嫌が悪くなっているのかまでは、わからなかった。


「デスと一緒に、薄パンに野菜とチーズがまかれているものを、

 食べたんだよ。ね? デス」


「ギャギャ!」


ミッシェルの呼びかけに機嫌良く答えて、デスが頭を揺らす。


「アルトの分も頼まれたから、

 お肉とチーズ多めにしてもらったら喜んでた」


「ギャ!」


「それでね、アルト達は唐揚げを買ったんだけど、

 セセラギがすごく美味しそうに、唐揚げを食べていたよ。

 でも、セセラギの食べ方がね……」


「……」


セセラギというのは、セツナさんの新しい使い魔のようだ。

生き物が好きなミッシェルは、その使い魔をとても気に入ったようで、

目を輝かせながら話してくれている。


そんな妹の熱意とは逆にデスは黙ったまま、顔をミッシェルから背けていた。

しかし、しばらくして、妹が話題を変えると、

デスはまた妹のほうを見て、律儀に相槌を打っていくのだ。

デスの機嫌の悪さが、妹の会話にあることに私達は気が付いた。


「それからね、物々交換の露店にいったの」


そういって、とても素敵なものを見つけたこと、

店主が触ってもいいといってくれたから触ろうとして、

ロイール君に止められたこと、その値段に驚いたこと、

その商品を諦めかけたところで、

セツナさんがきたことなどを。妹が勢いよく話していった。


「セツナさんがきて、すごく驚いたんだ!」


「ギャギャ!」


ミッシェルの話にデスが頷き、

声をだして葉っぱを振りながら同意している。

デスもかなり驚いたようだ。


「セセラギが、魚が食べたいからって、

 セツナさんを呼んだんだよ。すごいよね」


「……それはすごいな」


父が心底驚いたように返答する。

魚が食べたいという理由だけで、

セツナさんを呼ぶことができる使い魔が、すごいと私も思った。


ふと、デスを見るとまた大人しくなっている。

薄々、デスの機嫌がよくない理由がわかってきた気がする……。



「家族のために、鱗を諦めようとしていた、

 店主さんの姿が切なかったんだ」


店主が家族のために、

自分が欲しい物を諦めようとしていたというところで、

ミッシェルは悲しそうな顔をして、

その顔を見てデスもしょんぼりと項垂れていた。

そして、ことの顛末を、少し話の勢いを落として妹が語った。


フェルドワイスの蜂蜜を対価にか。

それも精霊様に捧げるために作られた飴を、

子供達が差し出してきたことに、

店主は我が目を疑ったに違いない。


それでも、アルト君の機転で、店主は自分が欲しい物を諦めずにすんだ。

いや、違うのか。セツナさんが子供達のために、

フェルドワイスの飴が対価になることを、

遠回しに教えてくれたのかもしれないな。


「みんなで、飴を出し合ってペンダントと交換してもらったんだ。

 ちゃんと、アルトがセツナさんの許可をもらったんだよ。

 私はデスと一緒に選んだんだ、お揃いだよね、デス!」


「ギャギャギャ!」


ミッシェルとデスが自慢げにそのペンダントを見せてくれた。

私達が「とても素敵なものだね」と褒めると、

二人は顔を見合わせなが頷いて、幸せそうに笑ったのだった。

アルト君達と一緒に、とてもよい経験をしたようだ。


両親もそう思ったのか「守護者様に感謝を」と、

小さな声で呟いているのが私の耳に届いた。



「今日一日ずっと楽しかったんだけど、

 なぜか、セセラギが私のところにきてくれない……」


「……」


お茶を手に持ちながら、憂い顔でミッシェルがそんなことを話し、

デスは妹の横で、音を立てることなく歯を見せて威嚇していた。

デスのその豹変ぶりに、もう少しでお茶を吹き出すところだった。

危ない……。


「アルトに何か嫌われることをしたのかなって聞いても、

 嫌ってないから大丈夫っていってくれたんだけど、本当かな?」


「……」


ミッシェルがセセラギの名前を口にするたびに、

デスが歯をカチカチとさせるまねをして、怖い顔を作っている。

これでは、セセラギも近づこうとしないだろうな……。


基本、デスはミッシェルの頭の上にいるのだから。

セセラギも怖かったに違いない。


「デスはどう思う?」


そんなデスに全く気付かず、妹が顔を向けて話を振るが、

デスは一瞬で顔を元に戻し、

ミッシェルの話を真剣に聞いている振りをしていた。

その態度から、デスが機嫌が悪い理由を完全に理解した。


それは、私だけではなく両親も弟も気が付いたようだ。

弟は肩を振るわせて笑いを堪えているし、

父は苦笑している。

母は、少し手を伸ばしてデスを慰めるようになでていた。


デスの機嫌が悪い理由は、

ミッシェルの関心をひいている、セセラギが気に入らないのだろう。

ようは、セツナさんの使い魔に嫉妬しているのだとわかった。


妹は、いまだにセセラギがどれほど可愛いのかを機嫌良く語っている……。

デスは、隣でその話を聞いて歯噛みしている……。


二人の態度があまりにも両極端で、

笑いを堪えるのが正直、苦しくなってきた。


ミッシェルがセセラギのことを話し終えると同時に、

デスも怖い顔をやめた。


妹がいつ顔を向けても大丈夫なように、しているのかもしれない……。

それでも、体をゆっくりと揺らしているのは不満を現してのことだろう。


デスの嫉妬のことを伝えるべきだろうか。

妹の生き物好きは、今に始まったことではない。


こればかりはどうしようもないので、どうするべきかと悩んでいると、

ミッシェルがデスを見て、にっこりと笑って話を締めくくる。

「セセラギも可愛いけれど、でも、デスが1番可愛いよね!」と。


「ギャ!」


妹のこの言葉で、デスの機嫌がよくなった。

体を揺らさなくなり、ミッシェルのほっぺにピッタリと張り付き、

喜びを表現している。


この調子なら大丈夫だろう。

デスが嫉妬しても、ミッシェルがそれ以上にデスを大切にするから、

こじれることはないだろうと判断した。

まぁ、デスに威嚇される生き物は大変かもしれないが……。


父もそう思ったようで、呆れたように笑いながら軽く息をついた。


弟は、笑いを堪えすぎて苦しいのか机に突っ伏している。

それを見て、ミッシェルとデスが心配そうに声をかけているが、

頼むからやめてやれ。その行動は、弟の笑いのツボを刺激するだけだ。


父と母もそう思ったのだろう、妹とデスの関心を弟から引き剥がすように、

色々と話しかけていた。


両親とミッシェルの会話を聞きながら、私はデスのことを考えていた。

魔法生物は私が思う以上に、愛情深く、

感情が豊かな生き物なのかもしれないと、

今日のデスを見てそう思った。


姿形は違うけれども、感情の在り方は私達とそう変わらない。

共に生活を始めて、さほど日数は経っていないが、

この不思議な生き物に、妹だけではなく私達家族も、

興味をひかれてやまない。


私達家族の笑顔が増えたのは、

まぎれもなく、デスが私達のところにきてくれたからだ。

そのことに感謝しつつ、二人がいつか旅立ってしまうという現実が、

ふと、頭をよぎる。

だが、私は、そのことに気付かない振りをし、

心の底にそっと沈めた。今はまだ、このままで。

楽しそうに語り合う家族を見て、この幸せを手放したくないと、

私は、そう願ってしまったから。今しばらくはこのままで……。




いつも、刹那の風景を応援していただきありがとうございます。


『次にくるライトノベル大賞2022』にノミネートされました。


お一人様一回、投票できるようになっておりますので、

ノミネート作品一覧のページから『刹那の風景』を、

投票していただけると、とても嬉しいです!


どうぞよろしくお願いいたします。


※ 次にくるライトノベル大賞2022

※ 投票期間:11月16日〜12月15日(17時59分)まで。


https://tsugirano.jp/


最後になりましたが、

昨年と今年、2年連続のノミネートとなりました。

「作品のエントリー」で投票して下さった読者様!

本当にありがとうございました。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
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