『 エリオの飴 』
【 アルト 】
こっそりと手招きしてエリオさんが俺を呼ぶ。
何だろうと思いながら近づいていくと、エリオさんが楽しそうに笑いながら、
俺に小瓶の中の飴玉を見せてくれた。
「俺にくれるの?」
「やるやる。そのためにこっそり作ったっしょ」
ニヤリと笑うエリオさんに、すごく嫌な予感がした。
こういった顔をしているときのエリオさんとカルロさんは、
大体、バルタスさんとニールさんに怒られているのを俺は気が付いていた。
「エリオさんが作ったの?」
「そうそう。親っち達に見つからないように作るのは骨が折れたけど、
中々上手くできたっしょ」
どうして、飴を作るのにアギトさん達に見つからないように、
注意しなければいけなかったんだろう?
どう考えても怪しいぃ……。
そんな俺の警戒に気付かずに、エリオさんは話し続ける。
「サフィさんと飴玉を作ったことがあったっしょ?」
「うん」
確か、フィーに飴をねだられて作っていたと思う。
フィーは最初、師匠の飴が欲しいといっていたみたいだけど、
多分、師匠の飴は俺が全部食べてしまっていたのだと思う。
「そのときにさ、俺がいったことを覚えているっしょ?」
確か……『口から、火の玉が出たらカッコいいと思うっしょ?』と、
いっていた気がする。そのあと、フリードさんにフライパンで殴られていた。
「もしかして、その飴を作ったの!?」
「そうそう、浪漫は追及するっしょ!」
「口から火の玉がでたらかっこいいもんね!」
「だよな!」
力強くエリオさんに頷く。
それから、口から火の玉をどうやって使うかとか、
魔物との戦闘でいつ使うかという話で盛り上がる。
エリオさんは魔物をひるませるために使うのがいいと話し、
俺は、必殺技みたいに止めをさすために使うほうがいいと話した。
「それで、どうやって口から火の玉がでるようにするの?」
「セツっちの作った飴は、食べたら体力が回復するっしょ?」
「うん」
「だとしたら、食べるしかないっしょ?」
「……」
エリオさんが早速、小瓶の中から飴を取りだそうとしている。
それを見て、いまさらだけど、攻撃魔法がかかった飴を口に入れても、
大丈夫なのだろうかと考えた。
「エリオさん。飴玉を吐き出すと火の玉になるの?
それとも口の中で火の玉になるの?」
もし、口の中で火の玉になったらどうなるんだろう……。
やけどだけですむのかな?
「さぁ、まだ試してないからわからない」
「……」
それは先に、試した方がいいんじゃないのかな……。
口の中で火の玉になったら、顔が燃えるような気がする。
師匠なら治してくれるかもしれないけど、髪の毛がなくなるのは嫌だ!
エリオさんも同じことを考えたのか、飴を小瓶の中に戻していた。
「ま、まずは……検証するのが大事っしょ」
「俺もそう思う」
それから、どうやって検証するかという話になって、
庭にある魔王で試してみることにした。
あの場所なら、死ぬこともないし怪我をすることもない……はずだ。
俺とエリオさんがパーティーを組んで挑戦することになったが、
酒肴のお店がお休みだったこともあって、暇な人達が見学にきている。
基本、俺もエリオさんもソロで挑戦することが多いから、
フリードさん達が驚いていた。
「俺っちが、敵の口に飴玉を放り込むっしょ」
「わかった。複数でてきたらどうする?」
「一体を残して殲滅でいいっしょ?」
「うん」
「とりあえず、飴が溶けないと効果がでないと思うんだよな。
だから、口から水を吐き出して攻撃してくる敵で検証しよう……」
苦手な敵との戦いを克服できる機能? を使って、
エリオさんがその敵を呼び出すようだ。
この敵は、近くにいるときは爪で攻撃してくるけれど、
一定の距離を取ると口から水を吐きだしてぶつけてくる。
時々、そっくりな敵で、火を吐いてくる奴や土をはいてくる奴もいた。
「アルっち準備はいいか?」
「うん」
敵は弱いから必要ないと思うけど、
俺は双剣を抜いて一応魔導師のエリオさんを守るように前に立つ。
『3、2、1、ごー』という合図で、
俺達の周りに結界が張られ、戦闘が始まる。
敵が複数でてきたため、エリオさんと手分けして倒していく。
そして、最後の一体になったところで、一度エリオさんのところへ戻った。
「それじゃぁ、アルっちは少し離れておいてくれ」
「うん。エリオさん、気を付けてね」
俺の言葉にエリオさんが頷くと、俺はその場から離れる。
エリオさんは俺が離れたことを確認し、
一度、敵から距離をとって水を吐かせてから、
敵に近づき素手で殴った……。
エリオさんが魔法ではなく素手で殴ったことで、
見学している人達が「正気か!」とか、
「なにやってんだあいつ!」と、いう声が上がっている。
「アルっち! いくぞ!」
エリオさんが大きな声で叫び、敵の口の中に飴玉を放り込み、
すぐに離れ俺のところへと移動してきた。
もしかしたら、
水の方が強くて効果がでないかもしれないと話していたけれど……、
その通りだったのかもしれない。
なぜなら、しばらく待っても何も起こらなかったから。
それ以前に敵も動かなくなった。どうして動かないんだろう?
動かないというより挙動がおかしい……。
「失敗か?」
エリオさんが首をかしげながらそう呟く。
敵が動くのを待っていたが、やはりその挙動がおかしくて、
元に戻る様子がない。
「完全に失敗っしょ……」
そういってため息をつく。
「とりあえず、この戦闘を終わらせて、やり直そう」
「うん」
俺がその言葉に頷くと、エリオさんが魔法の詠唱を始めた、その瞬間!
ものすごい轟音を立てて敵が爆発した! 爆発した!!
爆発する前に、エリオさんが俺を守るように抱きしめてくれていたので、
俺に怪我はない。だけど、その音と衝撃で、耳がちょっとおかしい……。
「びっくりしたっしょ」
「俺もびっくりした」
そんなことを二人でいいながら呆然としているうちに、
敵を全部倒したことで、結界がなくなる。
そして、それと同時に黒達が怖い顔をして、
俺とエリオさんを囲んでいた……。
それから、エリオさんと俺は黒達に連行されるように、
家へと連れ戻され、どうしてあんなことになったのかを話すこととなった。
俺に対しては「危険なことをするんじゃない」という注意で終わったけれど、
エリオさんはかなりきついことをいわれていた……。
とくにサフィさんに……。
「攻撃用の魔法を口に入れようとする馬鹿が、どこにいるわけ!?
それも、起動があやふやなものを食べようとか、
お前の頭は、どれほどおめでたいわけ!」
「……」
「使う前に考えるのではなく、作る前に考える癖をつけろ!
そもそも、お前は子供の頃から思いつきでの行動が多すぎるわけ!」
サフィさんの言葉をエリオさんが項垂れながら聞いている。
アギトさんやバルタスさん、エレノアさんからも散々注意され、
サーラさんは鬼のような形相でエリオさんを怒っていた。すごく怖い。
でも一番怖かったのは師匠だった。
安全が確認できないものを、俺に渡そうとするなと、
とても静かに淡々と怒っていた姿は……サーラさんより怖かった。
俺も多分エリオさんも、楽しそうという思いつきだけで、
行動したのが失敗だったのだと思う……。
口から火の玉をはけたら、かっこいいと思ったんだけどなぁ。
今度から気を付けようと心に決めた。
それから、エリオさんはサフィさんに、
魔物に飴を食べさせた場合の検証を命じられていた。
外から魔法がききにくい魔物、例えば、植物系で、
魔法の攻撃があまりきかない魔物がいるみたいで、
武器などで攻撃するのが主となるが、動いているものに噛みつくらしい。
リシアは結界に守られているから、
畑などに魔物が入ってくることはないようだけど、
他国ではその植物系の魔物に悩まされている農家の人がいると話していた。
ちなみに、俺はまだ見たことがない。
冒険者に討伐を頼むとお金がかかるし、
自分で討伐すると怪我をする可能性がある。
魔導具で倒すこともできるが、その魔導具もかなり高いようだ。
その点、飴玉なら魔力をそう必要とせずに大量に作れるから、
値段も抑えられると話していた。
魔導具みたいに、一つ一つに魔法を刻むわけではないから、
魔法の威力はあまりないようだけど、
その魔物には効果があるかもしれないというのが、サフィさんの見立てだった。
飴玉を投げるだけで食いつき、
体内で飴が溶けて魔法が発動し、燃えるみたいな?
その辺りは俺にはよくわからなかった。
「師匠」
エリオさんが、検証するための飴をフリードさんと作ろうとしていたが、
飴だと間違って子供が食べてしまうかもしれない、ということで、
違う物で作ろうという話を近くで聞きながら、
俺は疑問に思っていたことを師匠に聞いた。
「うん?」
「どうして、敵が爆発したの? その前に敵が変な動きをしてた」
「ああ、それは多分……。
口の中に食べ物を入れられるという行動に、
敵が対処できなかったからだと思うよ。
口の中に入れられた食べ物をどうするべきか、
という答えがなかったから、自爆することになったんだと思う」
「そうなんだ」
「流石に、ジャックも敵に食べ物を食べさせるなんてことを、
考えなかったんだろうね」
師匠が苦笑しながらそんなことをいった。
まぁ、俺も魔物に食べ物をやろうとは思わない。
もったいないし……。
疑問が解けたので、エリオさん達の方へと耳を向けると、
結局、飴で検証することにしたようだ。
魔物に効果があるようなら違う素材を考えるらしい。
時間がかかっても、簡単に魔物が倒せるような飴ができるといいと思う。
便利な物ができたら、助かる人が増えるから。
そんなことを考えていると、エリオさん達から少し離れたところで、
ルーシアさん達が食べることのできる飴を作り始め、
師匠に回復魔法を練り込んで欲しいと頼んでいるのを聞いて、
俺も飴を丸めるのを手伝うことにしたのだった。