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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第四章 : カンガルーポー
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『 ウサギの名前 』

【 リヴァイル 】


両親にユグレウスの血を届けた数日後、母達のことが気になり様子を見にいった。

母は想像していたよりも元気に過ごしているようで、安堵する。

食後に暖炉のある居間で、カイル(・・・)が置いていった将棋を指しながら、

母とセツナの使い魔を横目で見ていた……。


勝負に集中できていないのだが、父も同じようにため息をつきながら、

母を見ていることから、注意されることはないだろう……。

父が何かいいたそうに私を見たが、答えられないからやめてくれ。


母は居間の絨毯に綺麗な布を引いて、常備薬の調合をしているわけだが、

「これはもう少し乾燥させようかしら?」と言葉にした瞬間、

ウサギが水の魔法を使い薬草を乾燥させている……。

最初は母も驚いていたようだが、そのうちになれたのか、

ウサギが魔法を使う度に、

母は目を細めながら、優しくウサギを撫で褒めていた……。


どう考えても、使い魔の領域から逸脱しているのだが、

カイルの後継なら、さほど驚くことでもない……と思うしかない。

そういえば……カイルの奇行に一番順応していたのは、

母だったように思う……。


父が深くため息をつき、駒を持ち上げてから静かに口を開く。


「持ち駒の歩をここに指そうと思うんだが?」


「いや、それは都合が悪い。

 今回は持ち駒を使うのは遠慮してくれ」


父にそういうと、仕方ないという風に自分の駒台の賽の目を3にする。


「ところで、お前の契約者はどんな人間だ」


前にも同じことを聞かれたような気がするが、

そのときよりも父の口調は穏やかだ。

血はつながっていないようだが、

あのカイルが弟と認めた存在だと、知ったからかもしれない。


「どんな人間……。前も話したが知らん」


「……」


「だがこれまでのやり取りから、

 カイルと似たり寄ったりの価値観の持ち主だということは、

 理解できた」


「ああ……確かにそのようだな」


父がどこか遠い目をして、母を見ていた。

カイルとの日々を思い出しているのだろうか。

私が……二度と顔を見せるなといわなければと後悔が滲む。


「すまない……」


私の謝罪に父がこちらに顔を向けた。


「謝る必要はない。そして、気に病む必要もない。

 カイルのことだ何か考えがあったのだろう」


そういって穏やかに笑う父に、私は少し救われた気がした。


「手紙に恨み言でも書かれていたのか?」


「いや、『またな、それから、弟を頼む』としか、

 書かれていなかった」


「最後の最後まであの男らしい手紙だな」


クツクツと笑う父につられ、私も笑う。


「カイルがそこまで気にかけていた存在なら、

 リヴァイルも気にかけてやるといい」


「……」


父の言葉に素直に頷けない自分がいる。

きっと……セツナとトゥーリの関係を知れば、

私と同じ気持ちになるはずだ。


「不服そうだが、なにかあるのか?」


「いや……カイルと同じで、かなり生意気な男だからな」


私がため息と共にそう告げると、父が苦笑を浮かべていた。



「レウス」


母が柔らかい声が耳に届く。


「レウス?」


私が母の言葉を繰り返すと、

父がその意味を教えてくれる。


「ウサギの名前だ」


「ああ……やっと決まったのか」


私の言葉に父が同意するように小さく笑った。

かなり長い間、悩んでいたように思う。


「適当でいいだろう」という私に、

「個」を示す名前を適当につける人がいますか、と、

苦言を呈されたのは記憶に新しい。


しかし『レウス』か……。

確かあの男からの手紙で対となるウサギ……。

トゥーリのそばにいるそれの名前は、

『シルワ』だと書かれてあった……。

流石に親子というべきなのだろうか。

母と妹が好きな童話にでてくる2匹の小動物の名前が、

『レウス』と『シルワ』だったはずだ。


『シルワ』は母が好きだった動物で、

『レウス』は妹が好きだった動物だ。

母が『レウス』を可愛がっているように、

トゥーリも『シルワ』を可愛がっていることだろう。

二人の笑顔が増えるのは喜ばしいことだ。

ただ……その笑顔のもとがあの男だというのは、

腹正しいことこの上ないが……。


「リヴァイル、持ち駒の飛車をここに指そうと思うんだが?」


「いや、それも都合が悪い。今回は……」


「それでは、大駒分の対価2を払って……」


父は賽の目を1にして、

飛車を自分が思った所に強制的に指した。


「……」


盤面は惨憺たる状況になっている……。

うわの空で指していたのだから仕方がないといえるのだが、

いえるのだが……。


「腕が落ちたなリヴァイル」


どこか楽しそうに私を見る父の笑みが腹立たしい……。

そこから、対抗心が湧き上がり真剣に向き合う。

そして、その日は空が白むまで父と将棋を指していたのだった……。



「二人とも、今日がお休みだったからよかったものの。

 ほどほどにしてくださいね」


「きゅ」


「……」


「……」


母に小言をもらい、母を応援するように鳴いたレウスを忌々しく思いながらも、

私は父と共におとなしく用意された朝食を食べたのだった。




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