『 ウサギの名前 』
【 リヴァイル 】
両親にユグレウスの血を届けた数日後、母達のことが気になり様子を見にいった。
母は想像していたよりも元気に過ごしているようで、安堵する。
食後に暖炉のある居間で、カイルが置いていった将棋を指しながら、
母とセツナの使い魔を横目で見ていた……。
勝負に集中できていないのだが、父も同じようにため息をつきながら、
母を見ていることから、注意されることはないだろう……。
父が何かいいたそうに私を見たが、答えられないからやめてくれ。
母は居間の絨毯に綺麗な布を引いて、常備薬の調合をしているわけだが、
「これはもう少し乾燥させようかしら?」と言葉にした瞬間、
ウサギが水の魔法を使い薬草を乾燥させている……。
最初は母も驚いていたようだが、そのうちになれたのか、
ウサギが魔法を使う度に、
母は目を細めながら、優しくウサギを撫で褒めていた……。
どう考えても、使い魔の領域から逸脱しているのだが、
カイルの後継なら、さほど驚くことでもない……と思うしかない。
そういえば……カイルの奇行に一番順応していたのは、
母だったように思う……。
父が深くため息をつき、駒を持ち上げてから静かに口を開く。
「持ち駒の歩をここに指そうと思うんだが?」
「いや、それは都合が悪い。
今回は持ち駒を使うのは遠慮してくれ」
父にそういうと、仕方ないという風に自分の駒台の賽の目を3にする。
「ところで、お前の契約者はどんな人間だ」
前にも同じことを聞かれたような気がするが、
そのときよりも父の口調は穏やかだ。
血はつながっていないようだが、
あのカイルが弟と認めた存在だと、知ったからかもしれない。
「どんな人間……。前も話したが知らん」
「……」
「だがこれまでのやり取りから、
カイルと似たり寄ったりの価値観の持ち主だということは、
理解できた」
「ああ……確かにそのようだな」
父がどこか遠い目をして、母を見ていた。
カイルとの日々を思い出しているのだろうか。
私が……二度と顔を見せるなといわなければと後悔が滲む。
「すまない……」
私の謝罪に父がこちらに顔を向けた。
「謝る必要はない。そして、気に病む必要もない。
カイルのことだ何か考えがあったのだろう」
そういって穏やかに笑う父に、私は少し救われた気がした。
「手紙に恨み言でも書かれていたのか?」
「いや、『またな、それから、弟を頼む』としか、
書かれていなかった」
「最後の最後まであの男らしい手紙だな」
クツクツと笑う父につられ、私も笑う。
「カイルがそこまで気にかけていた存在なら、
リヴァイルも気にかけてやるといい」
「……」
父の言葉に素直に頷けない自分がいる。
きっと……セツナとトゥーリの関係を知れば、
私と同じ気持ちになるはずだ。
「不服そうだが、なにかあるのか?」
「いや……カイルと同じで、かなり生意気な男だからな」
私がため息と共にそう告げると、父が苦笑を浮かべていた。
「レウス」
母が柔らかい声が耳に届く。
「レウス?」
私が母の言葉を繰り返すと、
父がその意味を教えてくれる。
「ウサギの名前だ」
「ああ……やっと決まったのか」
私の言葉に父が同意するように小さく笑った。
かなり長い間、悩んでいたように思う。
「適当でいいだろう」という私に、
「個」を示す名前を適当につける人がいますか、と、
苦言を呈されたのは記憶に新しい。
しかし『レウス』か……。
確かあの男からの手紙で対となるウサギ……。
トゥーリのそばにいるそれの名前は、
『シルワ』だと書かれてあった……。
流石に親子というべきなのだろうか。
母と妹が好きな童話にでてくる2匹の小動物の名前が、
『レウス』と『シルワ』だったはずだ。
『シルワ』は母が好きだった動物で、
『レウス』は妹が好きだった動物だ。
母が『レウス』を可愛がっているように、
トゥーリも『シルワ』を可愛がっていることだろう。
二人の笑顔が増えるのは喜ばしいことだ。
ただ……その笑顔のもとがあの男だというのは、
腹正しいことこの上ないが……。
「リヴァイル、持ち駒の飛車をここに指そうと思うんだが?」
「いや、それも都合が悪い。今回は……」
「それでは、大駒分の対価2を払って……」
父は賽の目を1にして、
飛車を自分が思った所に強制的に指した。
「……」
盤面は惨憺たる状況になっている……。
うわの空で指していたのだから仕方がないといえるのだが、
いえるのだが……。
「腕が落ちたなリヴァイル」
どこか楽しそうに私を見る父の笑みが腹立たしい……。
そこから、対抗心が湧き上がり真剣に向き合う。
そして、その日は空が白むまで父と将棋を指していたのだった……。
「二人とも、今日がお休みだったからよかったものの。
ほどほどにしてくださいね」
「きゅ」
「……」
「……」
母に小言をもらい、母を応援するように鳴いたレウスを忌々しく思いながらも、
私は父と共におとなしく用意された朝食を食べたのだった。