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刹那の破片  作者: 緑青・薄浅黄
第三章 : ブルーポピー
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『 風の友人 : 中編 』

【 フレッド 】

 

 僕はサイラスと別れお茶会が開かれている部屋へと戻ると、

国王様に挨拶をしてから、自分のために用意された椅子へと座る。

事の顛末がどう落ち着いたのか知りたいと考えていたところへ、

戻ってきた僕への挨拶といった感じでシエルがやってきた。

そして、あの後のことを挨拶を交わしたあとに話してくれた。

ユージン様やキース様が、

セツナ君がいた頃のサイラスとセツナ君のやり取りを面白おかしく話し、

笑い話にしてしまいましたので、そんな重い雰囲気にはなりませんでしたと、

目を細めて教えてくれた彼女にも、どことなくほっとした感じが漂っていた。

セツナ君のかけた魔法で、このお茶会が委縮してしまうのは、

彼女の本意でもなかったのだろう。

その彼女に、もう一つ気にかかっているであろうサイラスのことを伝えると、

本当に落ち着いたといった感じで、ため息をついた。

これでセツナとサイラス様の関係が改善されればよいですねと最後に微笑むと、

シエルは、ゆっくりと自席へ戻っていった。


お茶会は、王妃様が中心となって進んでいるようだった。

しばらく黙って王妃様とシエルたちの会話を聞いていたが、

王妃様は好奇心の赴くままに、シエルに質問をぶつけているようだった。


そして誰もが気になっていただろうシエルとセツナの出会いを、

王妃様が尋ねると、シエルは微かに思案してから、

セツナは死にゆく自分を命を懸けて救ってくれたのだと告げ、

それ以上何も語ることはなかった。


王妃様はその時の彼女の瞳の色を見て、

それ以上踏み込むことはしなかった。

ノリスとエリーが彼女を心配するような視線を向けていることから、

もしかすると二人は何かを知っているのかもしれない。


少し重くなりかけた空気を振り払うかのように、

妹のソフィアが話題を変えるためか、リシアとはどんな国かとシエルに質問し、

ソフィアの話題にのるようにエリーも知りたいと口にした。


僕は勝手に、シエルがエリー達には自国の話をしているのだと思い込んでいた。

しかし、どうやらそれは違ったらしい。

色々忙しくてゆっくり話す時間がとれなかったのだと、

エリーがソフィアに話してる。その話を聞いて、

ノリスとエリーの結婚式の準備の大変さを改めて感じさせられた。


他国の話に目を輝かせている二人の様子に、

シエルはどことなく楽しそうな表情で、

鞄の中から何かを取り出し机の上へと置いた。

それは、魔導具のように思えた。

キース様が少し警戒を滲ませながら口を開いた。


「この部屋では魔法も魔道具も使えないようになっている」


キース様の何をするつもりだという視線と共に告げられた言葉に、

シエルが魔道具の説明を口にした。


「この魔道具は、リシアでお土産として売られている魔道具です。

 魔導具に記録されたものを映すだけの魔導具なのですが、

 他国の王侯貴族の方々のお土産物としてとても人気があります。

 そのためどこでも再生できるように、

 そういった類の魔法や魔導具に干渉することがないように、作られています」


「記録?」


「はい。魔導具に記録されたものが、

 映像として目の前に映される魔道具です」


「……それは、ジョルジュやノリスが

 セツナから貰ったという魔導具と同じようなものだろうか」


キース様の言葉に僕はソフィアとジョルジュの婚約式が記録された、

魔道具を思い出していた。


首を傾げるシエルに、ソフィアとエリーが嬉しそうに説明しているのを、

シエルは時折頷きながら話を聞いたあとで、同じような感じだと頷いた。


様々なモノを記録して、映像として残す魔道具はとても便利なものだが、

その反面値段も高価なものとなる。


「この魔道具は、どんなことが記録されているのですか?」


ソフィアが少し身を乗り出して、机上の魔道具を見ながら問いかける。

その姿をジョルジュが微笑ましそうに眺めていた。


シエルが机の上の魔道具を大切そうにそっと指で撫でてから、

ソフィアの質問の答えを口にする。


「これには、リシアの街並みや施設が記録されています」


彼女のこの言葉に、ソフィアやエリーは他国の様子を見てみたいと、

少しはしゃいだ姿を見せていたが、王様は黙ってシエルを見つめていた。


ユージン様やキース様も信じられないといった表情を隠すことなく、

机の上にある魔道具を凝視している。


正直……。自国の街並みや施設を記録したものをお土産にするなどと、

正気の沙汰とは思えない。国防の観点からいって、危険極まりないではないか。


彼女にどんな意図があるのかと考えてみるが、僕には分からなかった。

多分……キース様達も分からないのだろう。

魔導具を起動させるのを止めたそうに王様を見ているが、

王様は隣に座る王妃様を一度見てから彼女に許可を出した。


ユージン様もキース様も苦笑を浮かべているところを見ると、

王妃様の目がソフィア達に負けず劣らず輝いていることに、

気が付いているのだろう。


王様もユージン様達も、王妃様のために魔導具の起動を許されたのだ。

このお茶会は、王妃様のためのお茶会だから。


シエルが魔道具を起動させる瞬間、

王様の騎士が王様と王妃様の一歩前に進み出ていたが、

机の中央辺りの空中に草原と思われる風景が映し出されると、

王様が危険はないと判断されたのだろう、騎士達を後ろへと下げた。


魔導具から映し出されるその映像は、どの位置から見ても同じように見えた。

映し出された風景の余りにも鮮明なその映像に、

周りからため息のような音がこぼれる。


魔導具に記録している魔導師の目線なのだろうか?

さくっと草を踏む音と同時に、風景がゆっくりと流れるように変化していった。

魔導師が歩くのに合わせて、ゆっくりと進んでいく映像に、

シエルが簡単な説明を加えていってくれている。

まるで、シエルに案内されているかのような気持ちになっていた。

リシアの首都であるハルを守る結界の説明を聞き、

その結界を越えた先の映像が映し出された瞬間、

僕は、全身が粟立つほどの衝撃を受けた……。


思わず息をのむが、それは僕だけではなかった。

魔導具から映し出される映像だというのに、

こちらを圧倒するような熱気を肌に感じたんだ。

街自体が何かの力を持っているような……。

心の奥底が騒めく様な感覚を味わったが、それがなぜなのかは分からなかった。


ちなみに首都というのは、王のいないリシアで作られた言葉で、リシアの長たる総帥がいる町をいう言葉だということだ。

その首都であるハルの道は整備され広く美しく、悠々と馬車がいきかっている。

街並みも建築様式が統一されているようだ……。

沢山の人間や獣人がいるのに、道にはゴミ一つ落ちてはいない。

路地裏の隅で寝ている人間など居らず、映像の中にいる人達は、

希望にあふれた表情を見せていた。


一瞬、魔導具に記録するために準備したものかもしれないと考え、

内心で首を横に振る。

映像に映し出される人々の表情が、そうではないと物語っていたから。

希望にあふれた表情など……命令されたとしても、つくれるものではない。


リペイドにはない大きな建築物に驚きながらも、

楽しそうに会話を弾ませているソフィアとエリーを横目に、

僕は魔導具に記録されている映像が、建築物の中まで映していくことに、

信じられない想いでいた。


言葉にできないほどの衝撃のため余裕もなく、

唯々……僕は目の前に映される映像を見つめ、

その映像とともに届くシエルの説明に耳を傾けていた。


一生かけても読み切れないほどの本が収められた図書館。

何千人という人間が、研鑽し己を磨く場所である学院。

広大な大地に、米や麦や野菜といった作物を育てる田畑。

ギルド本部では、多くの獣人や人間が依頼掲示板の前で活気に沸いていた。


何もかもが、リペイドにある町とは異なっている。

これが、リシアの町なのか……。


そして、場面が一瞬にして変わり、

そこに映し出されたモノは……。


ひしめきあうほどの人を収容して、歓声に沸いている巨大な闘技場だった。

おびただしい人の数に、一瞬めまいを覚えた。


「この大会は4年に一度開かれる、

 冒険者のみが参加し観戦できる武闘大会です」


「すごい……人だね」


エリーの呟きに、ノリスが静かに頷いている。


「すごいですね……」


そう声を出したのはソフィアだった。

今、目の前に映し出されているのは大会後の催しだった。


老いも若きも、平民も冒険者も、男も女も……。

ここに映るすべての人間が……生を謳歌しているようだった。


映像に映る屋台を見て、王妃様やソフィアやエリーが何を売っているのかと、

見たことのないモノや食べ物に目を輝かせながら、シエルに聞いていた。


だが、王様やキース様達はじっとシエルを見つめているし、

将軍そしてジョルジュまでもが緊張を身に纏い……、

そういう僕も無意識に拳を握っていた……。


王妃様が微かに王様の方へと視線を向けたが、

何かを告げることなく、シエル達の会話へと戻っていった。


僕の背中に、冷たい汗が伝わっているのが分かる。

なぜ、リシアがこの映像を土産として売っているのか。

その理由がはっきりと理解できた。


リシアは、自国の国力を誇示しているのだ。

民だけではなく、各国から留学生や冒険者までも集めそれでもなお、

衣食住を行き渡らせることができる国力があるのだと。

さらにシエルがいうには、先程紹介した結界は、

有事の際は魔物を締め出すだけではなく、

人間の往来すら止めてしまうことができるのだそうだ。

こんな現実を突きつけられてしまえば、

リシアと事を構えようと考える国は皆無だろう。



ソフィア達は、映像に映る様々な新しいモノに興味を惹かれ、

話すことに夢中のようだ。


そんな中、シエルだけが王様へと真っ直ぐに視線を向けた。

王様はそんなシエルを目を細めて見つめてから、

軽く視線だけで頷いたように見えた……。


王妃様達の話が一段落したところで、

王様がシエルを呼び、王様は彼女に次々に質問を投げかけ、

シエルはそれに答えていく。


王様の質問は、簡単なことから始まり……。

段々と高度な話題へと変化していった。


彼女の話を聞いて冗談だろう? と思う。

偽りを話しているのではないかと思わなくもないが、

偽りを話したところでセツナに手紙を送り、

調べてもらえばすぐにわかる嘘などつく意味がないことに気が付く。

だとしたら……彼女が語ることはすべて真実なのだという結論が、

容易に出てしまうのだ。


王妃様が心配そうに、シエルにそんな内情を話してもいいのかと問う。

シエルは王妃様の問いに、、

リシアの民は誰でも知っていて隠す必要のないことで、

リシアに留学している人間も知っている情報だと、口にした。


王様とシエルの話を聞いていて僕が一番驚いたのは、

ハルの国民は、そのほとんどが学院へ通うのだということだ。

そのため優秀な人間は星の数ほどいるのだと、

シエルは微笑みを浮かべながら口にした。

僕はこの国がここまで発展した理由を、垣間見た気がしたのだった。


そういえいばリシアは、学問、魔法の国ともいわれている。

各国から学ぶために優秀な人間が集まるのだと、

聞いたことがあったのを思い出した。

先ほど魔導具で映し出された学院という場所で、

優秀な人間が……切磋琢磨している姿が脳裏に浮かんだ。


そんな僕の想像を掻き消すように、

ユージン様が呟くように言葉を落とし、ため息をついた。

そして、どこか疲れたように椅子にもたれて目を閉じる。

ユージン様のその姿に、ゆっくりと気持ちが沈んでいるようだと感じる。


ユージン様が気落ちしている理由は、僕にも理解できた。

どうしても、我が国の現状と比べてしまうのだ。

理想形ともいえる国が存在することに、何も感じないわけが無いのだ。


目を伏せ黙り込んだユージン様の姿を、シエルがじっと見つめていた。

彼女のその視線にユージン様が気がつき、彼女と目を合わせた。


「いいたいことがあるならいえ」


声音に不機嫌さを交えて告げたユージン様の言葉に答えるように、

シエルがゆっくりと言葉を紡いでいった。


「我が国の初代総帥も、ユージン殿下と同じように、

 悩まれたのかもしれないと愚考しておりました」


「……」


「我が国リシアは、4500年以上前の建国時、

 南の大陸には数千年前から存在した強国が多数あり、

 それらの国からの侵攻を防ぐために、心を砕いていたのだろうと」


「4500年以上……?」


ユージン様が驚きに目を丸め、キース様も少し肩を揺らしている。


「南の大陸のガーディルは建国7000年以上、

 その隣に位置するクットは、建国6000年程。

 そして、エラーナは公表されていませんが……。

 それ以上の歴史を持つ国家です」


「そうか……。リシアだけではないのだな……豊かな国は」


ユージン様の遥か先を眺めるような眼差しに、僕も想像を巡らせてみたが、

何千年にもわたる国の統治というものに、めまいを覚えるような気がした。


「我が国は……建国されてどれぐらいになるのだろうな」


ユージン様は何気なく呟かれただけだと思う。

その呟きを聞き逃さず掬い上げたのは……シエルだった。


そこから、シエルが僕達が生きているこの大陸の話をしはじめる。

様々な理由で南の大陸から北の大陸へと人が移動し、

魔物がひしめきあい何もないこの大地を、

人が住めるような場所へと開拓され始めたのが大凡……2500年前だそうだ。


おおまかな、北の大陸の始まりを語り終え、

次に彼女が口にしたのは……リペイドの建国の歴史だった。

彼女の言葉に、ユージン様だけではなく王様も目を見張りシエルを凝視した。


建国以前に起こった出来事から話し始め、

そこから、どのような理由でこの国が建国されるに至ったのか、

そして……初代のリペイド国王の名前が彼女の口から紡がれた。


「それが正しい歴史だと仮定したとして……。

 どうして……シエルがこの国の歴史を知っている?」


ユージン様が衝撃に近い驚きを声にのせて言葉を発した。

この大陸の歴史もそうだが、この国の歴史も失われて久しいといわれている。


「リシアの学院に収められている様々な文献を読みました」


「学者にでもなるつもりだったのか?」


「いいえ……」


言葉を濁した彼女に、キース様がその瞳に警戒を滲ませたが、

王様の方に視線を向け、王様が目を閉じ動かないのを見ると、

すぐにその感情を静めていた。


「ではなぜ、リシアがそこまで我が国の歴史を知っている?

 リシアは他国の記録を取り続けているのか?」


ユージン様の疑問に、シエルは少し思案した表情をみせたあと口を開いた。


「記録を取り続けているというより……。

 学者や研究者達の研究成果が有用なものならば、

 国が論文を買い上げリシアの図書館に収めているのです」


「何のために?」


「今、生きている人のためでもあり、

 遥か先の未来の人のためでもあるのではないでしょうか」


シエルは真っ直ぐにユージン様を見ながら、

私の考えになりますがと前置きをしたうえで話し出す。

ユージン様もまた、そんなシエルから視線を逸らすことはなかった。


「例えば魔物を研究している学者がいたとします。その研究成果が、

 今まで倒すことが困難だった魔物の弱点に関することだったとしたら……」


「騎士達が魔物を討伐するときに役立つな」


シエルがユージン様の言葉に深く頷いた。


「魔物という脅威がそばにあり、魔物と共存できる道はありません。

 ならば……私達は魔物との闘いを生涯にわたって、

 続けていかなければなりません」


「そうだな」


「それならば……有用な知識を蓄え、広めることこそが、

 国を存続させ、人々の生き残る可能性が、

 高くなるのではないでしょうか。

 過去よりも今、今よりも未来へと道が続くように摸索しながら、

 リシアだけではなく、エラーナやガーディルも同じように、

 日々努力しているように思えました」


学者や研究者達の研究論文を買っているのは、リシアだけではないらしい。

シエルも詳しい話は知らないらしいが、

エラーナは神の遺産に関する論文を、ガーディルは魔法に関する論文を、

買い取ってくれると学者や研究者達が話しているのを耳にしたと告げた。


「例えとして魔物の話を上げましたが、

 あらゆることでも同じことがいえるのだと思います」


彼女が淡々と話すのを、ユージン様は相槌を打ちながら静かに聞き、

彼女が話し終えてから、自分の意見を口にした。


「そなたが例えとして話した、魔物の研究や薬草の研究……。

 そういったものは誰かが動かねば得られないものだ。

 じっと待つだけでは、決して手に入れることができないものだな」


「はい」


「手探りの状態から、一つ一つ積み重ねていくものであろう。

 一足飛びに手に入ることもあるかもしれないが……。

 そんな奇跡は簡単には起こりえないだろうな」


ユージン様の言葉にシエルが頷き肯定した。

積み重ねていかなければならないからこそ、膨大な時間と資金が必要となる。

研究論文を買うというのは、

そんな学者や研究者達を支えるためのものであり……。

国益に結び付けるものであり……そして、今生きている人のため、

遥か先の未来の人のために残すものであると思うとシエルが締めくくる。


「人が生き残るために……。己が国を存続させるために、

 より多くの有用な知識を蓄え広めるか……」


ユージン様が深く思案するように黙りこんだ。

そして、呟くように静かな声を響かせた。


「私は間違っていたのだな。

 比較して嘆くのではなく、私も今生きている民のため、

 そして未来の民のため、この国の時を重ねていけるように、

 努力する決意を抱かなければならなかった」


ユージン様がだした答えに、シエルは何もいわなかった。

ユージン様が、苦笑を浮かべ軽く息を吐いたあと、

お茶に口をつけてから意識を切り替えるように、

先ほどよりは比較的明るい声で問いかけた。


「シエルは、なぜそこまでの知識を身に付けたんだ?」


ユージン様の問いに、今度はシエルの方が苦笑を浮かべる。

そして、どこか懐かし気に目を細めながら口を開いた。


「幼い頃、冒険者になるのが私の夢だったのです。

 そのために色々と学びました。

 その夢が叶うことは決してないのだと、

 成長するにつれ知ることになりましたが……」


「そうか」


シエルの話に同情したのか、ユージン様の目元が少し下がる。

ユージン様も幼い頃は、別の夢を持たれていたことがあったと聞く。

その夢が、どの様なものだったのかは知らないが。


「それでも、私はこの世界のことを知りたかったのです。

 リシアから見える海の先にあるものを……自分の目で見てみたかった。

 だから……私が望む情報を望んだだけ、私に与えてくれる人に甘えて、

 私は様々なことをその人から学び、そして学院でも授業を受けながら、

 図書館に寄贈されている文献や論文などにも目を通していました」


「……」


「私の夢が……違うものへと変わったあとも……」


シエルはそこで小さく吐息をこぼした。


「ずっと、学び続けていたのか?」


シエルは、頷く。


「リシアの学院とは、ずっと在籍できるのか?」


「学院への入学は15歳からですが、卒業資格は科目ごとに定められており、

 一度入学資格を手に入れておけば、いつでも復学が可能となります。

 あまりにも期間が開きすぎると、復学前に簡単な審査が入りますが、

 基本、受講料を支払えば学びたい科目を受講することができます」


シエルは、昔を思いだすように顔を上げ、さらに話し続ける。


「私は働くことになっても、学院には通い続けました。

 学院は働きながら学ぶ人のために、

 早朝と夜間にも授業枠がとられていますので」


「ずっと……?」


「はい」


シエルの貪欲ともいえる学ぶ姿勢に、皆が息をのんだ音が聞こえた。


「リシアではさほど珍しいことではないのです。

 私の父も母も……そして私の親族も、

 同じような生活をしていましたし、

 学ぶ意思がある人達は、似たような生活をしていましたから」


「民を満たすことのできる環境か……。

 我が国も……そうありたいが……」


ユージン様がその目に微かに怒気を宿らせた。

その理由を探る必要はない……。


その一歩を……輝く未来へのその一歩を……ガイロンドに潰された怒りだ。

疲弊しきっていた国が回復に向かい始めこれからというときに、

ガイロンドの周辺諸国が次々と征服されていった。

今……リペイドは、国の存亡をかけて戦っている最中だ。

ガイロンドに侵略を許してしまえば……。

リペイドとしての未来は閉ざされてしまうのだ……。

決して、決して……負けられない戦いの中にいる。


「儘ならないものだな……」


哀し気に落とされたため息とともにはきだされた言葉が、

僕達の胸に深く刺さる……。


「それでも……」


音のない部屋の中に、意志を持ったシエルの声が耳を通る。


「今が苦難の道にあろうとも、ユージン様がそうありたいと願い、

 その方向性をリペイドの民に示し、行動されるのなら……。

 その願いは、必ず民の中に息づき受け継がれていくはずです。

 そして、それは……国を守ろうとする力となり、

 生きていく原動力となっていく……私はそう思います」


彼女の言葉に、ユージン様が一度目を閉じてから深く頷いた。


「そうか。そうだな。私もそう思う。

 私の身はこの国のため、民のためにある。

 苦難の中にあろうとも、いつかそなたの国と並び立つ国となるように、

 私も……この身を惜しまず民に尽くすと誓おう」


ユージン様の覚悟を示す言葉に……未来の若き王を見る。

シエルが……ユージン様に頭を下げると同時に、

キース様やジョルジュ、僕やソフィア達……そして将軍さえも

自然とユージン様に頭を下げていた。


王妃様はそんなユージン様の姿に少し目を潤ませ、

王様と視線を交わし、満たされた笑みを浮かべていたのだった。



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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2024年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景5 : 68番目の元勇者と晩夏の宴 』が刊行されます。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
+注意+

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